第19話 最期


「倉増さん。もし、まだ大丈夫なら少し俺に付き合ってくれませんか?」


ミッションをクリアしたのに倉増はまだここにいる。


クリアすれば何かしら起こると思っていたのに何も起きないので不思議に思うも、丁度いいやとできればいいなと思っていたことをすることにした。


『ええ。多分大丈夫です』


倉増もクリアしても、できなくても何かしら起きると思っていた。


起きる気配もないのでダンジョンに連れ戻されるのはまだないだろう。


そう思って、多分と返事をする。


「なら、ついてきてください」


実は電車に乗り、バスにも乗り、30分程歩く。


倉増は実に「どこに行くのか」と尋ねたが「ついたらわかる」と言って教えてもらえなかった。


目的の場所に着く頃には空は暗くなり星が出始めていた。





『ここは……』


倉増は目的地をみて、なぜ実が自分をここに連れてきたのか察した。


自分の墓がここにあるからだ。


『どうしてここに連れてきたの?』


わざわざ自分のお墓を見せなくても死んだことくらいわかっている。


実のデリカシーの無さに少し腹が立ち口調がキツくなる。


「最後にもう一度会いたいかと思ったんです。 

倉増さん。あのとき『帰りたい』って何度も言ったでしょう。それって、大切な人達に会いたかったからですよね」


実がそう言うと雲に隠れていた月が顔を出し、辺り一体を照らす。


倉増は「まさか!」と思い、実の見ている方にゆっくりと視線を向ける。


『ああっ!』


倉増の目から大量の涙を流す。


『お母さん!佑樹(ゆうき)!』


そこには母親と婚約者の佑樹がいた。


倉増は二人の元へと駆け寄る。


倉増は二人に会えた喜びで、もう一度あったら言おうと思っていたことを全部言う。


もちろん、二人には倉増の姿は見えない。


倉増もそのことはわかっている。


それでもよかった。


もう一度会いたかったから。


それだけでよかった。


話すことはできなくても二度と目が合うことがなくても。



『お母さん。私を産んでくれてありがとう。私お母さんのところに産まれて幸せだったよ。本当はこんなに早く死ぬ予定じゃなかったんだけど、親不孝者でごめんね。お母さんはもう少しゆっくりこっちにきてね』


ニッ、と笑いかける。


母親への想いを伝え終わると今度は佑樹に向けて想いを伝える。


『佑樹。プロポーズしてくれたのに、こんな形で傷つけてごめんね。貴方に愛してもらえて私はすごく幸せだった。だから、私のことは忘れて幸せになって。でも、一年くらいは私のことだけを愛して欲しいな』


倉増はそこまで言うと自分のお墓を見る。


綺麗な花が添えられてあり「ああ、本当に私は愛されていたんだな」と感じた。


倉増は二人を抱きしめこう言った。


『愛してる。心の底から愛してる。だから、私のことでこれ以上泣くのはやめて。幸せになって。今度会うときは笑顔で会おう』


倉増は二人から離れ実の元へと戻る。




「……?」


母親は急に右肩が熱くなり不思議に思う。


「……菜々子なのか?」


佑樹は左肩に触れながら、そう呟く。


何となく倉増が近くにいるような気がした。


「菜々子!俺は君のことを一生忘れない!ずっと君だけを愛している!俺は精一杯生きる!だから、そっちに行ったときはまた会ってくれるか?」


姿は見えない。


だが、いまこの瞬間この気持ちを伝えなければいけない気がした。


そうしなければ一生後悔すると。




『……もちろんよ。待ってる。ずっと待ってる』


倉増は佑樹の想いを聞いた瞬間、走って抱きつく。


触れることはできないがそれでもそうしたかった。


倉増は佑樹が母親とこの場から去るまでずっと抱きしめていた。





『花王さん。本当にありがとう。これで何も思い残すことなくいけます』


倉増はすっきりした表情で軽く微笑む。


「それならよかったです」


倉増の力になりたくてここまで頑張った。


最後にその言葉を聞けて実は自分でも人を助けることができるのだと嬉しくなる。


『向こうにいく前に一つだけ聞いていいですか?』


「はい。なんですか?」


『どうして二人がここにいるってわかったんですか?』


実はずっと白石の婚約者を探していた。


二人のことを探す時間はなかった。


それなのに、どうして居場所がわかったのか疑問だった。


「それはウィンドウのおかげです」


『ウィンドウ?何ですか、それ?』


実が何を言っているかわからず首を傾げる。


「俺にも詳しいよくわからないんですけど、あの日ダンジョンから出てこから見えるようになったんです」


『つまりウィンドウってのが二人の居場所を教えてくれたのね?』


「はい。そうなります」


実はなぜウィンドウが二人の居場所を教えたのかがわからない。


これはあくまで予想だが、実は声の主が善意でやってくれたのだと思っている。


倉増のために何かしたいと思っていた気持ちを汲み取って、そうしてくれたのだと。


だが、これは実が声の主と約束したため出てきたのだ。


実は忘れているが、あの日退院する前の最後の夜の夢の中で約束したのだ。



「もしミッションにクリアしたら白石の母親と婚約者の場所を教えてほしい」



声の主はシークレットミッションのために元々教えるつもりだったので、実に言われなくてもそうするつもりだった。


『そう。でも、連れてきてくれたのは花王さん。私の背中を押してくれたのも。だから、本当に心の底から感謝しています。ありがとう』


実に抱きつき涙を流す。


実の優しさに倉増は救われ、憎しみから解放された。


『もし、生きているときに会えたら私達友達になれたかもね』


「俺はもう友達のつもりでしたよ」


倉増と過ごした時間は一カ月にも満たないが、それでも実にとっては初めて一人の人間と長い時間を過ごした。


病院の中ではいろんな話をした。


実にとってそれは友達だと言える存在だと思っていた。


『……ええ、そうね。じゃあ、友達として最初で最後のお願いをしていいかしら』


「もちろんです。何でもしますので遠慮なく言ってください」


初めてできた友達。


そんな存在の頼みを断る理由がない。


例え、どんな無理難題でも叶えてみせる!


そう意気込み倉増の言葉をまつ。


『年に一度だけでいい。この日に私のことを思い出して欲しい。私のことを忘れないで欲しいの』


本当はお墓参りをして欲しい。


だが、実がこれから世界を救う存在になると傍にいた倉増は確信していた。


沢山の人を救う。


実の未来を予想できた。


そんな実を必ずこの日に来てくれと縛るわけにはいかない。


だから、せめて年に一度。


この日だけは自分のことを思い出して欲しかった。


一人でも多くの人に自分が生きていたことを覚えていて欲しかった。


「わかりました。でも、きっと俺は年に一度だけでなくもっと多く倉増さんのことを思い出しますよ。俺にとって倉増さんは初めてミッションをし共にクリアした存在であり、初めてできた友達なんですから。ミッションをするたび、友達ができるたび、きっと俺は倉増さんのことを思い出します。そうじゃなくても、何気ない日に思い出すこともあるはずです。だから、そんな顔しないでください。俺はきっと死ぬまで   のことを忘れませんよ」


実は倉増をを優しく抱きしめる。


唯一、倉増の姿を見れる実は触れることができる。


『ありがとう。貴方と出会えて本当によかった。もし私が生まれ変わって、貴方と出会えたらまた友達になってくれる?』


倉増は大量の涙を流しながら、実の左肩に顔を押し付ける。


「はい。もちろんです。なりましょう」


『ありがとう』


今日だけで何度この言葉を実に伝えただろうか。


何度伝えても足りないくらい実に感謝していた。


もう、本当に思い残すことはない。


そう思ったその時だった。


倉増の体が輝き出した。


「……倉増さん?」


実は何が起きたのか理解できず、倉増を見る。


『時間ね。もういくわ。さよならは言わない。これが最後の別れじゃないしね』


実から離れる。


「そうですね。その必要はないでしょう」


実も倉増の言葉に同意し、さよならは言わない事にした。



『またね。実』


「また会いましょう。倉増さん」



二人が同時にそう言い終わると倉増の体が更に輝く。


光が消えるともうそこに倉増の姿はなかった。


「……」


実は倉増がさっきまでいた場所をじっと見つめていると、ウィンドウが表示されるときの音が聞こえ顔を上げる。



ピロンッ!



[シークレットミッション達成!]


報酬:好きなスキルを何でも与えます!




この報酬はいわば最強になるために用意されたものだった。


例えば、不死身のスキルが欲しいと言えばそれが与えられる。


不死身のスキルを発動している間は、実より格上の相手と戦い攻撃されても無効化され死ぬことはなくなる。


他にも、絶対防御やモンスターを操るなど最強になれるスキルがある。


E級ハンターが一気にS級になれるほどのチートなスキルを手に入れることができる千載一遇のチャンス。


だが、実が望んだスキルはS級になるどころかD級にもなれないようなもの。


いや、それどころか戦いに使えないスキルを欲しがった。


これにはダンジョンの中で見ていた声の主もさすがに言葉を失った。


聞き間違いか?


そう思った声の主は確認のため、もう一度ウィンドウを出す。



ピロンッ!



[確認]


本当にそれでいいのですか?


はい/いいえ


実は迷う事なく「はい」を押す。


「ああ。これがいいんだ。これなら倉増さんは笑顔になれる」


実は満面の笑みを浮かべる。


近い未来この日なぜ他のスキルを欲しがらなかったのかと後悔する日がくるかもしれない。


でも、今の実はたった一人の友を見送る事だかけを考えていた。





「アハハッ!」


声の主は実の笑みを見て声を出して笑った。


お人好しにも程がある。


今までこんな願いをしたものは誰もいなかった。


馬鹿だ!馬鹿すぎる!


腹が立つのに、なぜか心が満たされていく。


もしかしたら、実なら本当に自分達が求める王になれるかもしれないと一筋の光が見えた。


涙が出そうになりグッと堪え、実の望むスキルを与える。




ピロンッ!


[報酬]


どんな場所にでも望めば花を出すことができるスキル。




実はたった一人の友人を笑顔にするためこのスキルを選んだ。

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