第7話 ハンター協会

「申し訳ありませんが、先に我々の方を優先させてください」


凛とした男性の声が部屋に響く。


「待ってください!先に我々の方が……わかりました」


水谷は男性の圧に負け看護師達を連れ外に出る。




'一体誰がきたんだ?'


壁に隠れていて誰が入ってきたのかわからない。


ただ声を聞いただけで人を従わせることができる人物などそうそういない。


偉い人なのはわかる。


でも、そんな知り合い実にはいない。


そうなると考えらるのは一つ。


ダンジョンの中で何があったか確認するため協会の人が実に会いにきた。


それなら水谷達が言うことを聞いたのにも納得できる。


実の予想は当たっていて実の前に現れたのは協会のハンター達で黒いスーツを着た男女だった。


一人はダンジョンの日にハンター達に指示を出していた女性。


もう一人はオールバックにサングラスといういかにも強者のオーラを放つ男性。


実はその男性に見覚えがあった。


よくハンター協会の代表の近くにいるA級ハンター、若桜柚(わかさゆう)。


'なぜこの人がここに?'


A級の中でも上位にいる若桜に会うのは同等の強さを持った者かそれ以上ではないと中々会えない。


E級の中でも下の方の実が会うなど絶対にあり得ないことなのに……


それほど今回のダンジョンは危険だったということなのだろう。



「初めまして。私、ハンター協会のA級ハンターの若桜と申します」


名刺を実に渡す。


女性も若桜に続き名を名乗り名刺を渡す。


「初めまして。同じハンター協会のB級ハンターの石田と申します」


「俺はE級の花王です。それで、ハンター協会の人が俺にどういったご用件で……」


「先日のダンジョンの件で確認したいことが何個ありまして、ご協力をお願いできますか」


若桜の口調は丁寧だが断ることを許さない。


そんな圧を実は感じた。


ハンター協会を敵に回すことはしたくないし、聞きたいこともあったので「はい、もちろんです」と返事をする。


「ありがとうございます。さっそくですが、どうして花王ハンターは他のメンバーとはぐれたのですか?」


花王と同じメンバー達から話は聞いていたのだ知っているが、念のため花王からも話を聞く。


若桜は実の返答の仕方でどういう人間なのか判断しようとした。


「結論から言えば風間ハンターに攻撃され突き落とされたためはぐれてしまったのです」


「つまり風間ハンターは貴方を殺そうとしたと」


若狭の問いに「はい」と答える。


そして実はこう続ける。


「ですが、あのときの風間ハンターの選択は正しかったと思います。もし、俺が逆の立場だったら同じことをしたと思います。いや、するべきだっと思います」


実の言葉に二人は目を見開き言葉に詰まる。


「……ッ、花王ハンター自分が何を言っているのかわかっていますか?」


石田は信じられないといった顔で実を見る。


「もちろんです。あのときは全員死ぬか一人を殺して残りが助かるかの状況でした。リーダーとして風間ハンターは一人でも多く助けるため最善の判断をしたと思います」


これは嘘偽りのない実の本心だった。


「つまり死ぬのは仕方ないことだと言いたいのですか」


実に大して怒りが湧き冷たい口調で若桜は問う。


「いえ、そうではありません。死ぬのは嫌です。だから必死に脱出したんです。正直に言うと、生贄に選ばれたのも許せないですし腹も立ちます。でも、それは俺の立場だからです。逆の立場だったら俺も同じことをしたかもしれないって思うと憎めないんです。それに、俺はE級ですけどハンターです。死ぬ覚悟はできています」


「そうですか……」


若桜は実のことを怖いと思った。


自分より強いからではなく、何とも言えない不気味さを感じたからだ。


人間として何か大切なものを失っている気がした。


「貴方はそれでいいんですか?仲間に裏切られたんですよ」


石田は実の言葉に納得できずに尋ねる。


「仲間じゃありませんよ。たまたま同じグループになり共に戦うことになっただけです。それにあのダンジョンはD級で本来なら俺は入る資格もありません。この世界は弱肉強食。足手纏いを切り捨てるのは当然のことです」


貴方もそうするでしょう、と口にはしなかったが二人には実がそう言っているように感じた。


「確かにそうかもしれません」


若桜はそう答える。


その言葉がどっちの問いに大して答えたものか若桜に自身にもわからなかった。


「では、貴方は彼らに対し何の罰も求めないということですか?」


石田が尋ねる。


「はい、当然です。それは俺の仕事ではありません。それに俺の感情は必要ありません。これはハンターとしての仕事中に起きたことです。どうするかは協会が決めることでしょう」


そうこれは個人の感情で決めていいことではない。


どんな罰を与えるかは協会が決める。


協会に所属しているハンターに逆らう権利などない。


「その通りです。ご理解に感謝します」


若桜は頭を下げる。


「それともう一つ聞きたいことがあります」


「何でしょうか?」


「その話をする前にお伝えすることがあります。若桜ハンターが背負っていた女性のことなんですが……」


女性のこと言われ実は「そうだ。お礼を言わないと」と思う。


今も隣で一緒に話を聞いているし、二人共助けてもらったのだから感謝してもしきれない。


そう思って口を開いたのに若桜に遮られる。


「彼女は亡くなりました。正確に言えば花王ハンターが助ける三日前に死んでいたと判明しました」


「え……?」


ドクッ、ドクッ!


今にも心臓が飛び出しそうな程うるさい心音が響く。


頭の中ぎ真っ白になって上手く言葉が出てこない。


若桜が何を言っているのか理解できない。


今も何かを言っているが聞こえない。


あのとき確かに助けを求める声を聞いた。


現に今だってここにいる。


でも、よく考えればおかしいかった。


若桜達は自分にだけ名乗り彼女には話しかけなかった。


本当に死んだのかと彼女の方に視線を向ける。


『彼らの言っていることは本当よ。私は貴方に助けられる三日前にもう死んでいたわ』




「あああっ!」


実は大声で叫ぶ。


彼女が死んだのが嘘だと否定したくて叫び続ける。


すぐそこにいるのに!


助けられた。自分のような人間にも人を助けられる。


そう思ったのに!



今から十年前、実がハンターになる前のこと。


モンスターに襲われ死にそうになったとき、あるハンターに助けられた。


その人は実を守ったせいで左腕を失った。


実はそのハンターに泣きながら謝った。


ごめんなさい。


そう何度も口にした。


彼は実に怒ることなく腕をなくした直後で痛みも酷かったはずなのに、実を落ち着かせそうと頭を撫でながらこう言った。


「子供を守るのは大人の役目だ。未来ある若者を守れたのならそれでいい。君が謝る必要はない。だから泣くな。少年」


そう言うとハンターはニッと少年のように笑った。



あの日から実はそのハンターみたいになりたくて努力した。


自分を助けたことを間違いだっと後悔させないように、誇ってもらえるように沢山の人を守ろうと努力した。


でも、現実はそんなに甘くないと突きつけられた。


たった一人の家族、養父すら守れない。


助けを求めた女性すら助けられない。


自分の無力さに腹が立つ。


弱い自分が許せなくて、何も成し遂げられない自分が許せなくて、それを誤魔化すように叫び続けた。

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