第6話 病院

「おい!本当にこいつを俺達のマスターにするつもりか?」


声の主とは別の声が尋ねる。


「そうだ。こいつは条件をクリアした」


「いや、でも……」


「嫌ならお前は認めなければいい。このダンジョンには俺しかいない。お前のところにきたときマスターにするかそのとき決めればいい。俺は決めた。こいつはあの状況で死人の声を聞きその願いを叶えるため、自らの命を危険に晒してでも助けた。少し前仲間に裏切られたというのに」


声の主が実の心の優しさに魅了されてそう言うともう一人は反論する。


「いや、こいつは女が死んだって思ってなかっただろ。生きてると勘違いしてただろ。どうみても……」


声の主は誤魔化すように咳払いしこう言った。


「だとしても、あの状況で他人を助けようとするのは誰にでもできるわけではない」


「そうかもしれんが……」


優しく強い心を持っているのは認めるが、それだけだ。


それ以外は何もない。


実はE級でハンター達の中でも最弱の部類になる。


自分達のマスターが最弱ハンターなのはどうしても嫌で納得できない。


「言いたいことはわかるが、関係ないだろ。どうせ、今から数え切れない程のスキルを手にすることになるんだ。強かろうが弱かろうが関係ない。それに、強いだけでは駄目だ。お前もわかってるだろ。また、同じことを繰り返すつもりか」


「……わかった。マスターを選ぶ権利はお前にある。俺達の中で最も人を見る目があるのはお前だ。こいつが王になれるよう頑張って指導しろ。アイツらを取り戻すためにもな。今回は失敗するなよ」


「……言われなくてもわかっている」


声の主は気を失いかけている実を見下ろしながら話しかける。



「我らの王に成り得る者よ。お前は見事壁に書かれたことを成し遂げた。俺のマスターとして認めよう。これは褒美だ。受け取るがいい」


自己治癒魔法が実に付与される。


実は声の主に与えられたその力で、自身の怪我を無意識に治療する。


あと少し遅ければ死んでいたかもしれないが、付与されたスキルのお陰で助かった。





「おい!あそこに誰か倒れてるぞ!」


協会の一人が実がいるのを発見し叫ぶ。


「本当だ!担架をもってこい!急げ!」


協会は急いで実のところに駆け寄り、体の状態を確認する。


実が背負っていた女性はお腹を刺されているのと両足が血だらけだった。


血を流し過ぎたせいかもう死んでいた。


女性を背負っていた実を確認しようと女性を退かすと運営は目を見開いて驚いた。


これはどういうことだ?


両腕と右足は血だらけなのにどこも怪我をしていない。


傷一つない。


女性の血なのかと思うも、腕に血がつくのはおかしいし何より背中と左足に血がつかないのはおかしい。


一体中で何があったというんだ!


協会の人達は実から詳しく話を聞く必要があると思った。


だがまずは治療のため病院に連れていがなければならない。


どこも怪我をしていないのはわかるが、もしかしたら精神をやられている可能性もあるので念のために。






'ここはどこだ……?'


目を覚ますと知らない天井に驚く。


ゆっくりと上半身を起こし周囲を見渡す。


「あ、あなたは……」


ベットの右側にダンジョンで助けた女性がいた。


「よかった。無事だったんですね」


女性を背負ったいるとき途中から声が聞こえなくなって心配だった。


お互い死ぬ一歩手前だった。


『……』


女性は何も言わずただジーッと実を見る。


「あの……」


会話が成り立たない。


空気が重い。


実はあまり女性と話したことがないのでこういうときどうすればいいかわからない。


女性に長い間見つめられることもないので恥ずかしやら気まずさやらで何も言えなくなる。


このままでは駄目だ。


とりあえず何か話そうと決心したそのとき扉が開く音がした。


ガラガラ。


'誰だ?'


ベットから扉は見えない。


勝手に入ってきた人を不審に思うも、その人が看護師だとわかると安心して体の力が抜ける。


「ふぅ……」


看護師の人がきてくれたことでようやく変な空気から抜けられる。


「あの……」


そう思い声をかけるが看護師によって言葉を遮られる。


「……信じられない。二週間で目を覚ますなんて……先生!先生!大変です!


看護師は幽霊でも見たかのような顔で実を見ていたが、我に返ると大声で叫びながら部屋から出ていく。


「え、ちょ、待って……」


実が呼び止めるも、聞こえていないのか看護師はそのまま出ていく。


'まぁ、すぐ来るか'


他人事のように感じながら看護師が帰ってくるのを待つ。


それにしてもいい部屋にいるな、と改めて部屋を見渡し思う。


一体この部屋に一日泊まるだけでどれだけするのだろうか。


そこまで考えたとき、冷や汗が流れ嫌な予感がした。


'まった……さっき二週間も寝たきりだったと言ってなかったか?もしかして、俺ここに二週間もいたのか?'


病院の中でもいい部類に入る一人部屋にいることに気づき顔が一気に真っ青になる。


実は貧乏で生活するのもやっとだというのに……


頭の中で病院代を予想するが余裕でお金が足りない。


'駄目だ!今すぐ退院しないと!'


少しでもお金を浮かそうとベットから降り病院着から私服に着替えようとするが、どこを探しても服が見当たらない。


『落ち着いて。大丈夫だから。とりあえずベットに戻って』


ずっと黙っていた女性が実の奇妙な行動に我慢ならず口を開く。


「え?あ、はい」


女性の有無を言わせない態度に黙って従う。


「あの、俺、花王実です。貴方は?」


ベットに戻ると自己紹介し女性の名を尋ねる。


『私は……』


女性は急に口を閉じた。


どうしたんだ?


心配になり声をかけようとしたそのとき、勢いよく扉が開く音がした。




'本当に目を覚ました。信じられん'


メガネをしたぽっちゃりした男が呟く。


'一体どうやって目を覚ましたんだ?'


隣にいたガリガリの男がさっきの看護師と同じで幽霊でもみたかのような目で実を見る。


「あの……」


状況がわからず声をかける。


「あ、すみません。私は水谷(みずたに)です」


ぽっちゃりメガネが名を名乗る。


「花王です」


実もつられて名を名乗る。


「花王さん。どうしてここにいるかわかりますか。最後の記憶が何か覚えていますか」


水谷は実に近づく。


「え、確かダンジョンに入って女性を背負って出たとこまでは……あのそれより、さっき看護師さんが二週間寝たきりだったって言ってたんですが、本当ですか?」


「ええ、本当です。花王さんは二週間前にこの病院に搬送されました。怪我はどこもありませんでしたが、ずっと目を覚まされませんでした。ダンジョンの呪いにかかったのだと判断されここに隔離されていました」


水谷の最後の言葉を聞いて実は納得した。


それであの反応だったのかと。


ダンジョンの呪いにかかったものはらほぼ100パーセントの確率で目を覚まさないと言われている。


中には稀に目を覚ますものもいるが、それは希少なアイテムの力を使ったからだ。


自力で目を覚ますものは存在しなかった。


ついさっき実が目を覚ますまでは!


「一体どうやって目を覚ましたんですか!?お願いします!教えてください!」


ガリガリ男は興奮を抑えきれず実に詰め寄る。


'そ、そんなこと言われてもいつものように起きただけなんだけどな……'


「……」


実は何と説明すればいいかわからず黙り込む。


「お金ならいくらでも払いますので!お願いします!」


その場にいた医療関係者は全員、実に頭を下げる。


この状況に実は頭を抱える。


言いたくないわけでも、教えたくないわけでもない。


ただ本当に普通に起きただけで特別なことは何一つしていない。


言っても言わなくてもガッカリさせるためどうしていいかわからない。


とりあえず頭を上げて貰おうと声を出そうとしたそのとき、また扉が開いた。

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