第16話 幼女を守りつつ、タッグバトル



「エルフの幼子おさなご……なぜ、こんなところに?」




 カミラがそう言った。


 エルフ、か。

 カミラから話には聞いていたが、寒い森の中に棲む、魔術に長けた種族らしい。

 ギルドにいた冒険者たちの中でも、こういう長い耳の者はいたな。




「たす、けて」




 幼いエルフの少女はかすれた声を上げて、俺たちに近づこうとする。

 しかし、近づけない。

 手も足も鉄の輪につながれ、そこから鎖が伸びて、大きな鉄の球に続いている。

 

 これはひどすぎる。盗賊たちはこんないたいけな幼子に、囚人のような拘束を行っていたのか。

 



「待ってて、すぐに助けるから!」




 カミラが幼いエルフに駆け寄り、拘束を外そうとする。

 しかし素手で壊せるようなものではない。

 なんとか手と足を解放しようとするが、上手くいかない。


 なら、俺の出番だ。

 少し難しいが、左文字さもんじで鎖を斬るしかない。

 手枷てかせが残ったとしても、重りの鉄球さえ外せば、この場から逃げることができる。


 俺はしゃがみこみ、幼いエルフに語りかける。




「なあ君、俺の言葉がわかるか」


「うん、わかる」


「名前を、言えるか」


「……ルル」


「ルル、か。良い名前だな。俺の名前は氏真うじざねで、このお姉さんはカミラだ」




 しかし、ルルという名前か。

 不思議な響きだが、エルフだからなのかもな。




「ルル、今から俺とこのカミラが、君を助ける。俺が刀で鎖を斬るから、怖がらずに信じてほしい」


「……わかった」




 ルルはうなずいた。

 俺はルルの肩をそっと叩いてから、立ち上がった。




「カミラ、鎖の部分を引き伸ばすように持ってくれ。力強く、な」


「え……わ、わかりました」




 カミラが両手で鎖を引き伸ばす。

 それから俺は、左文字を構えた。


 集中だ。

 呼吸を整え、一瞬のうちに斬る。

 鉄を斬るなど、並の腕ではできない。

 もちろん、俺がここで失敗する可能性もある。


 だが、やるしかないだろ。

 俺がやらなきゃ、この幼い子どもは救えない。


 まだ。まだだ。まだ、研ぎ澄ませ。



 ーーーそして。



 俺は、左文字を振るった。

 きんっ、という金属音とともに、鎖が落ちる。

 



「ほ、本当に、斬った」



 

 ーーーカミラは目を丸くしていた。


 彼女は自分が持っている鎖と鎖の切断面を、まじまじと見る。


 鉄を斬る。それは物語なら、よく聞く話だ。

 ましてやこの世界には魔術があるため、できないことではない。


 しかし、しかしだ。


 

 それはもはや、並の剣士ではない。

 

 ーーー超一流の剣豪、その証明である。




「よし、早く逃げるぞ」




 ここで氏真の視点に戻る。


 俺は一度刀を納めて、ルルを抱きかかえた。

 鉄を斬った俺に驚いていたカミラも、ハッとして動きだした。


 それから俺たち3人は洞窟を逆戻りして、脱出を目指した。

 残っているのは盗賊たちの死体のみ。

 ルルは死体の山に驚いていたが、俺たちは気にせず、洞窟の出入り口まで急いで戻る。


 だが、その途中で、行く手をさえぎる者たちが現れた。




「な、なんだよ、これは……!!」


「てめえらか。俺らの手下を殺したのは!!」




 現れたのは二人組の男。

 どちらも凶悪な顔つきをした、くすんだ金髪の男。

 顔が似ているため、おそらく兄弟なのだろう。




「やっと頭のお出ましか」




 俺はそう言った。

 本来なら平静であるべきだが、思わず殺気が漏れてしまう。




「そうですね、おそらくこの2人が頭目の兄弟です」



 

 カミラはルルを抱きしめつつ、油断なく剣を構える。

 彼女もまた、怒っていた。

 口調はいつも通りだが、その目には、ルルに対して行った仕打ちに対する、強烈な憤りがあった。




「くそが……ギルドの犬のお出ましか。俺たちの稼ぎに群がるゴミクズどもがぁ!」


「しかも俺たちが捕まえたエルフも奪うつもりだぜ。遠慮なくズタズタにしてやろうぜ、ディグ兄貴」




 ディグと呼ばれた兄貴分はうなずき、それからカミラに下品な目を向ける。




「なあ、ダグよ。この女は俺にやらせろ……!! 痛めつけてから、首輪をつなげて楽しむからなぁっ!!」


「また女か、兄貴。悪い癖だぜ」


「良いじゃねえか。終わったら、お前にもヤらせてやるからよ!!」


「へっ、しょうがねえなあ」




 盗賊の兄弟は、下衆げすな会話を交わす。

 やはり外道で間違いない。


 だが、ただのザコでもない。

 感覚的に、魔術を使う人間だと俺でもわかる。




「じゃあ男の方は先に死ねや!!」




 ディグが両手から炎を放射する。

 その炎は俺に向かってきたが、俺はルルを抱えたまま即座に跳び退いた。




「ちっ、すばしっこいやつだな」




 ディグは歯ぎしりして、俺を睨みつける。




「待ってくれ兄貴、男の方は俺に任せてくれ。兄貴の炎じゃ、あのエルフのガキまで巻き添えになっちまう」




 ダグという弟分は冷静だった。

 俺がルルを抱きかかえているのを見て、自分が相手をすると判断したらしい。




「わかったぜ……ぶへへ、綺麗な姉ちゃんだなあ。今すぐ降参すれば、痛い思いはさせねえぜ?」




 ディグはカミラに向かって近づき、手のひらに炎をまとう。

 唇は好色そうに歪み、瞳は欲望で濁っている。




「下衆な男だ。私の剣で必ず仕留めてやる」




 カミラはディグに向けて剣を構える。

 口調も、俺と初めて会った時のような、冷徹で厳しい様子に戻っている。




「さて、俺の相手はお前だな」


「てめえよお、手下の仇はとらせてもらうぞ。命乞いしようが許さねえからな」




 俺はダグという男に対して、拳を構えた。

 左手でルルを抱えつつ戦うには、これしかない。


 俺が刀を抜かずに構えたのを見て、ダグは驚いていた。




「は? てめえ、なめてんじゃねえぞ。この俺を、素手で相手するってのか」




 さすがのダグも、俺が武器を抜かないことに苛立った。

 しかしなあ、ルルを抱えながら刀を振り回すのは大変だし、危険だ。

 俺としては侮っているつもりはない。


 ただ単に、今はこの方がやりやすいからだ。




「ああ、全然問題ないね」




 だが、これは真剣勝負だ。

 素手で戦うことに苛立つのなら、利用するまで。




「かかってこい。お前なんぞ、片手間で充分だ」




 手招きして、挑発した。




「なめやがって……死にやがれ!! 土竜牙アースファング!!」



 

 ダグは地面に手をかざす。

 すると地面が隆起りゅうきしてきて、俺に迫ってくる。




「うおっと」


「逃がすかよ!! その両足、えぐってやる!!」




 飛び退いても、飛び退いても、地面が鋭い剣となって襲いかかる。

 土を操る魔術とは、なかなか厄介だな。

 この洞窟にいる限り、どこもかしこも土だらけだ。


 このダグとかいう男は、土魔術の使い手なのだろう。

 たしかに炎の熱と違って、他の人間を巻き添えにする危険は少ない。

 しかも俺の足元を執拗しつように追いかけてくるため、器用な戦い方だ。



 

「刀で岩ごと斬ってみるか……いや、でもなあ」




 ちらり、と俺はダグを見る。

 ダグは周囲に岩の壁を造り、その内側に避難しながら俺に魔術で攻撃している。

 

 自分は安全圏を確保して、相手を追い詰める。


 兵法としては申し分ない。

 これが悪人でなければなあ、と思わず俺は考えてしまう。


 しゃあねーなー。ちょっと本気の速さを見せるか。




「ルル、ちょいと速くなるぞ。つかまってろよ」


「えっ」




 逃げても勝てないので、俺は攻めることにした。

 脱力から一気に力を解放し、一瞬にしてダグとの距離を詰める。


 風魔忍術の基本、瞬歩しゅんほだ。

 まあ俺の場合、剣の師匠、塚原卜伝つかはらぼくでん殿から習ったと上手く掛け合わせた瞬歩だがな。




「はっ、馬鹿が!! 素手で俺の土魔術の壁をやぶれるもんかよ!!」




 いや、さっき素手でやぶったわ。

 それに今回は殺し合いだ。

 ルルを助けた時のように、壁を優しく壊すつもりはない。


 壁に隠れた、派手にぶっ壊すつもりだ。




禅定拳法ぜんじょうけんぽう、二の型……明王みょうおうしょうッ!!」




 これは禅定拳法の中でも、最大威力の破壊の一撃。

 ぜる炎のごとく、強烈な掌底しょうていを叩きこむ技。


 掌底を受けて、土の壁が一瞬ではじけ飛ぶ。

 同時に壁の向こうにいたダグも、岩の破片を浴びて吹き飛んだ。



 

「あ、ががっ……が、ばはっ……!?」




 ダグは岩の破片を全身に受けて、手足も変な方向に折れ曲がっていた。

 それに血をゲロゲロと吐いているため、内臓もやられたはずだ。


 放っておいても死ぬんだろうが、せめてひと思いに殺してやるか。




「じゃあな」




 俺は倒れたダグの胸に向けて、菩薩ぼさつしょうを浴びせた。


 一の型、菩薩ノ掌は優しく衝撃を伝える技だ。

 人体に浴びせれば、体内のみを瞬く間に破壊するのだ。




「ご、ぼっ……」




 掌底を受けて、ダグは全身の穴という穴から血を噴きだした。

 目、鼻、口、耳から、ビシュッと血のしずくがあふれて、こぼれていく。


 っと、カミラはどうなったかな。




「なっ、てめえ……よくも弟をーーっ!!」




 俺がダグを殺したのを見て、少し遠くでカミラと戦っていたディグが怒り狂う。


 それまでディグは、カミラに向かって遠距離から炎を放ち、優勢だった。

 だが、俺の方に意識をらしてしまったことで、隙ができてしまった。

 

 もちろん、それを見逃すカミラではない。


 カミラは剣に風をまとわせて、槍よりも長い、を生み出した。


 


風烈長剣ウィンドソードッ!!」




 長大な風の刃が一閃し、ディグの首をはねた。

 間合いの外からいきなり斬られた彼の首は、何が起こったかわからぬまま地面に転がった。


 見事な一撃だ。

 それに、ディグの集中力が切れる瞬間を狙っていたようだ。

 もしも俺がダグを殺していなくても、ディグがしびれを切らした瞬間、勝負はついていただろうな。

 

 それまでカミラは、ずっと剣で炎を防いでいた。

 その粘り強さと勝負勘は、なかなか悪くない。




「ふぅ……やりました!ウジザネさん!」




 一息ついたカミラは笑顔を向けた。


 負ける可能性は低かったとはいえ、命のやり取りだしな。

 そりゃ緊張するわな。

 あとは経験を積むしかないだろう。




「おう、お疲れさん。今見せた風の剣、すごい長かったな。アレは初見で見切れないだろ」


「いやいや、まだまだですよ。ウジザネさんが隙を作ってくれたので」


謙遜けんそんすんなよ。バッチリな一太刀だったぜ」




 俺はカミラの背中を叩いた。


 これでひとまず終了だな。

 盗賊たちは全滅。頭目どもも討ち取ったし、あとは財宝を回収し、捕虜のルルを保護してハイドンまで帰ればおしまいだ。


 そして俺たち3人は、ハイドンへの帰路についた。

 その間も、俺はエルフのルルを抱きかかえたままだ。数歩先をカミラが進んで、警戒しながら街道を進んでいる。




「ルル、気分は悪くないか? もう少しで街に着くが、頑張れるか?」


「うん、だいじょうぶ」


「そうか。安心してくれ、帰ったら腹いっぱい美味いモンを食わせてやるからな」


「……うん」




 ルルはかすかに笑顔になり、うなずいた。

 顔は疲れ切っていたが、やっと普通の幼子らしい感情を出してくれた。


 とにかく良かった。あのまま盗賊たちに監禁されていたらと思うと、今でも腹が立ってしょうがねえもんな。

 同じ人間だが、手加減ナシで壊滅させて正解だった。

 ハイドンに帰ったら、この依頼をよこしてくれたバーバラにも礼を言おうか。




 ーーーしっかし、このルルというエルフの少女は、どういった経緯で盗賊にさらわれたんだろうな。

 







 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆



 第16話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 氏真の拳、えぐいな!!格闘シーンももっと見せろ!!


 エルフの少女を守りながら戦う氏真の心意気、かっこよかった!!


 カミラの風の剣もすごく良かった!! 彼女の今後の成長も楽しみ!!


 次回もまた読んでやるぞ、ガンガン書けよ、鈴ノ村!!


 

 

 と、思ってくださいましたら、


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 今後ともよろしくお願いします!!



 鈴ノ村より

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