Rosebud Beast♡姫が野獣で野獣は姫

宵宮祀花

姫と野獣

 わたしの幼馴染の満天星更紗どうだんさらさは、なんていうか厳つい。

 身長は180センチを超えてなお伸び続けているらしいし、目つきは悪いし、長く伸ばした跳ねっ毛はライオンのたてがみみたいだし、顔は怖いし、無口だし、たまに喋ったかと思えば滅茶苦茶声が低いし、手もわたしの頭を掴めそうなくらい大きくて体格もいい。しかも服は全部黒っぽい。

 長い前髪で右目を隠しているんだけど、風で靡いたりして顔が見えると目元に縦に真っ直ぐ傷跡が残っていて、それがまた迫力を増している。おまけに黒マスクで顔の下半分も隠しているものだから、客観的に見たらだいぶ不審者だ。

 一緒に都心に出ると何度か職質されるし、見た目だけなら悪質なキャッチでもしていそうな柄の悪いお兄さんに見えなくもない……と思う。ごめんねサラちゃん。



 だから――――


「テメェ、海南高のアタマだろ? ちっとツラ貸せや」

「こないだうちの後輩が世話になった礼を返してやるよ」


 こうして学校へ向かう途中の何でもない通学路でも、喧嘩を売られるんだよね。

 別の高校の制服を滅茶苦茶に着崩した見るからにヤンキーらしいヤンキーの群は、すぐ傍にある空き地を顎でしゃくって指した。

 通行人たちは迷惑そうに顔を歪めながらも、目を合わせただけで噛みつく野犬でも見るかのように視線を逸らして、遠巻きに通り過ぎていく。


「サラちゃん……」

「……大丈夫」


 わたしを庇うようにして前に出ると、サラちゃんはヤンキーたちに続いて空き地に向かっていく。その後ろをついて行くと、サラちゃんをヤンキーたちが取り囲んで、小さなナイフやメリケンサックを構えた。

 対するサラちゃんは丸腰で、隠し武器なんてものも持ってない。

 顔は怖いけど、凶器を持ち歩くようなひとじゃないから。


「いつもいつも女の前だからってかっこつけやがって!」


 一人が叫びながら、ナイフを振りかざして襲いかかる。

 それを合図に、他の奴らも喚きながら殴りかかった。けれど、サラちゃんは冷静に一つずつ捌いては転がし、相手の勢いを利用しては投げていく。丸腰なのもハンデにならないくらい、長いリーチを生かして伸している。

 サラちゃんの相手にならないって初めからわかってるのに突っかかってくるから、彼らはよくわからない。無様に無様を重ねるだけなのに。


 なんて思いながら、空き地の入口で眺めていたら、


「そこまでだぜェ!」


 嬉々とした叫び声と共に、隠れていたらしい奴らの仲間に捕まってしまった。小型ナイフをわたしの顔の横に突きつけて、もう片方の腕で首を絞めている。

 身長差のせいで、軽く踵が浮いているのがつらい。

 ちょっとは頭を使うことを知っているのかと密かに感心していると、サラちゃんがピタリと動きを止めて振り返った。


「姫ちゃ……ッ!」


 その隙を見逃すほど馬鹿じゃなかった連中が、サラちゃんの横っ面を殴った。

 ガツンと嫌な音がして、サラちゃんの大きな体が土埃に塗れる。抵抗出来ないのをいいことに、蹴り飛ばしたり踏みつけたり、やりたい放題だ。


「サラちゃん!!」

「ひ、めちゃ……だ……」


 頭を抱えて蹲っているサラちゃんを、このまま眺めているなんて出来ない。

 ごめんね。いつも、わたしを庇ってくれて。


 ――――でも、もう、限界。


「へへっ、ざまぁ見や……がッ!?」


 わたしを捕らえていた馬鹿の拘束から抜け出して投げ飛ばすと、仰向けに転がった腹を思いっ切り踏みつけた。驚いて目を剥いている連中のうち、さっきサラちゃんを殴った馬鹿に向かっていって、今度は股間を思いっきり蹴り上げる。前屈みになったところを顎狙いで蹴り上げると次の獲物に飛びかかった。


「ヒィイッ……!」

「な、なんだよ、この女……っ」


 戦く三下ヤンキーを蹴り転がしては踏みつけ、顎を強く揺らしては壁に蹴りつけ、頭を蹴り飛ばしては急所を踏み潰す。わたしはサラちゃんみたいに優しくないから、ただ地に転がすだけでは済まさない。二度と立ち上がる気になれないよう、徹底的に潰す。


「お願い、もうやめて! その人たち死んじゃう!」


 そうして辺りが静かになったところで背後から誰かに抱き竦められる感触がして、わたしはようやく動きを止めた。


「ひ、姫ちゃん……もう、もういいから……っ」


 震える声で訴えているのは、さっきまで倒れていたサラちゃんだ。膝立ちで小さく震えながら、必死にわたしを抱きしめている。

 そこで辺りを見回してみると、確かに。全員意識不明の戦闘不能だった。でも一人ナイフを握ったまま倒れてる奴がいたから、一応念のためナイフを踏み折っておく。メリケンサックの奴は利き手を折ったからたぶん大丈夫でしょ。


「……ごめんね、サラちゃん。怖い思いさせて」


 わたしが体の力を抜くと、サラちゃんもしがみつく勢いだった腕を緩めた。

 サラちゃんは本当は喧嘩なんか全然好きじゃない優しい子なのに、いつもわたしを庇って馬鹿共の喧嘩を買ってくれる。

 最初から任せてくれてもいいのに、サラちゃんが小さい頃彼のお父さんに言われたことをいまでも律儀に守っている。


 ――――男だからって泣くなとは言わない。だが、お前がそうしてピーピー泣いているあいだに大事な子が危ない目に遭っても、お前は後悔しないか?


 そう言われてからというもの、サラちゃんは、色んな格闘技や剣道や柔道や空手の勉強をするようになった。

 自分が痛いのも相手を痛めつけるのも嫌いな、優しい子なのに。いつか現れるかも知れない、守ってあげなきゃいけないようなか弱い女の子のためにがんばっている。

 だからわたしはちょっとだけ、サラちゃんのお父さんを恨んでる。

 サラちゃんに「あたしのこと、一生守ってね♡」なんてほざく女は相応しくない。一方的に守ってもらうつもりでいるなんて図々しいじゃない。ていうかサラちゃんと付き合いたかったらまずわたしを倒してからにしてほしい。受けて立つから。


「学校、行こっか」

「うん……」


 立ち上がったサラちゃんの服を軽く叩いて、顔を見上げる。

 殴られたところが青あざになりかけていて、凄く痛そうだ。


「学校に着いたら保健室行こうね」

「姫ちゃんも、ついてきてくれる……?」

「もちろん。サラちゃんを一人にしたら、また喧嘩売られちゃいそうだしね」

「……そう、だね……」


 しょんぼりしたサラちゃんの手を握ると、目を丸くしてわたしを見下ろしてきた。そのきょとんとした猫みたいな顔が可愛くて、思わず笑いが零れる。


「大丈夫。そのときは、わたしが守ってあげるから」

「ん……俺も、姫ちゃんのこと、守りたい、から……だから……」


 ……がんばる。

 そよ風にもかき消されそうなほど小さな声で呟くサラちゃんが可愛くて可愛くて、わたしは繋いだ手にそっと力を込めた。

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