リルサンタ・イン・ホワイトフィールド The Little Santas in White Field

いぇこかり

序章 追悼歌

 異世界集合体は、通称フロンティアと呼ばれている。人間の様々な思想や願い、祈り、欲望などから生じた世界の総称だ。フロンティアでは異世界が発生と消滅を繰り返し、日々変動している。

 その中に、ホワイトフィールド(WF)がある。信じる心から生じた真っ白な雪原の世界。雪原にポツンと立っている、灯台に似た大きな大きな細長い建築物は、本部棟と呼ばれている。

 この日、本部棟の講堂には、WFの住民であるリルサンタが集まっていた。追悼式を行うためである。

 リルサンタは雪から生まれる、人間の子どもに似た生き物だ。いまだかつて、寿命で死に至った個体は例がない。ただし、体を人のかたちに維持するためには安定した魔法力が必要で、魔法力を一度に消耗すると、溶けてしまうことがある。その状態をリルサンタにとっての死だと定義するのであれば、今日はまさしく大量死の翌日、ということになる。

 これほど多くのリルサンタが失われたのは、WFが始まって以来、初めてのことだった。

 講堂のステージに、一人の少年が凛として立っている。少年はリルサンタの中でもまだまだ幼く、小柄であった。

 WF学校の初等部、中学年といったところか。

 少年の衣装は白を基調としている一方、頭上に垂れ下がっている六枚の幕は黒い。それぞれがWFにある各本部(運び屋、案内屋、手紙屋、飾り屋、作り屋、守り屋)を表している。

 少年は息を深く吸って、歌い始めた。

 少年の追悼歌を聞いたリルサンタたちは、目を見開いて、愛らしくも堂々としたその声に圧倒されているようだった。

 少年は両腕を伸ばす。彼の深い海の色をした両目は力強く、美しく、正面をまっすぐに見つめている。揺れる耳飾りがきらり、と照明の光を反射した。

 彼の名前は、アトラス。

 今回のパンデミック(疑う心の蔓延)により、母コメットが行方不明になった。

 アトラスの歌は、決意に満ちている。


 強くなる。

 もっと強く、強く。

 今、ぼくたちに必要なのは、自分を信じて、生きていくことだ。


 悲しみや怒りは、疑う心の糧になる。リルサンタたちは、信じなければならない。

 これは、ホワイトフィールドという光の世界を守るため、闇と拮抗する小さな生きもの、リルサンタたちのおはなしである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る