1-03_【日常】祖父の手紙

カルミア歴1238年 春


フェイ・クーシラン(19)



「邪神様の子孫…?」


「そうだよ! 凄いでしょ!」


 フェイはどう反応していいのか分からなかった。彼が住む地域では広く知られているくだんのおとぎ話では、当然のこと邪神は敵役かたきやくである。この町の子供達はおとぎ話を知らないようだが、邪神という呼び名から忌避したっておかしくないのではないかと思えた。

 しかし、町の人々は邪神を祀って豊作を祈願し、ジキラントは戦いの神だと言って男の子らしく強い者への憧れを持っているよう。ミケリアに至っては自分が邪神の子孫であると信じ、誇りに思っているようだった。


「そ、そうだね… 凄いね」


 とりあえず笑顔を作って同意してみせたフェイは歩き出す。子供達もそれに合わせて歩き出し、町のあちこちを指差して「あそこは雑貨屋さん」「あっちはお肉屋さん」「お酒飲むところ」と紹介しながら進む。楽しそうに客人を案内する子供達をすれ違う町の人々は微笑ましそうに眺めていた。


 やがて、民家が多かった場所から少し外れたところにある丘の麓にやって来るとミケリアが丘の上を指差し、「ここだよ!」と言ってダッと丘を駆け上がって行った。ジキラントとキリアナもミケリアに続けと駆け上がっていく。


 流石にその勢いには付いて行けないフェイはゆっくりと登っていく。木々の切れ間から頂上付近に石造りの神殿が見えた。


 ぜぇぜぇと息を切らしながら丘の中腹あたりにある開けた場所まで上がって来ると、「おじさん、遅いよ!」とミケリアに叱られてしまう。顔を上げたフェイの視線の先には立派な木造の屋敷が建っていた。

 その前で黒い神官服を着た40代くらいの男性がニコリと微笑んで立っていた。


 ―― 黒い神官服? 普通は白だよな…?


 と、疑問を感じたフェイに男から声がかけられる。


「ようこそ、旅のお方。ご参拝ですかな? リオフィラ神殿の神官、ヴィラン・ミュセナと申します」


「ぜぇ… は、はじめまして… ふぇ…フェイ・ク…クーシランといいます」


「クーシラン?」


 驚いた表情を見せるヴィランに、「ゼド・クーシランの孫です」と答える。


「おぉ!ゼド先生のお孫さんですか?!」


「はい。 祖父から手紙を預かって来ました」


 そう言って背負っていたバッグを降ろそうとするとヴィランは「まぁまぁ」と手で制して、「まずは上がって下さい」と玄関を手で指し示す。


「ジキくん、キリちゃんも、もうすぐ日が暮れ始めるよ。そろそろ帰りなさい」


 優しい声で帰宅を促された二人は素直に「「は~い」」と返事をし、「また明日ね、ミケちゃん」「ばいば~い!」と帰って行った。


「ミケリアは泥を落として来なさい」


 去って行くジキラントとキリアナに向かって「ばいば~い!」と手を振っていたミケリアは、ヴィランの言葉に「は~い」と返事をして井戸の方へ走って行った。


「さぁ、どうぞ」


 と、ヴィランがが玄関の扉を開けてフェイを促す。「おじゃまします」と玄関をくぐり靴を脱いで上がり、案内されて応接間に通される。途中、顔を出した若くて綺麗な女性にヴィランは「お客様にお茶を」と頼んでいた。


 客間でテーブルを挟んで二人は座り、フェイは降ろしたバッグから手紙を取り出すと、「祖父からです」と言って手渡す。

 受け取って「ありがとう、早速ですが読んでも?」と言うヴィランに、「勿論です」とフェイは頷く。


「お茶をお持ちしました、どうぞ」


 にこりと笑って先程の女性がお茶と茶菓子を用意する。「ありがとうございます」と軽く会釈してフェイは礼を述べる。

 女性はフェイの会釈に笑顔で「ごゆっくり」と応えるとそのまま部屋を退出していった。


「妻のニーナです」


 ヴィランの言葉を聞きながらお茶を口にし、フェイはホッと一息をつく。


「奥様ですか? 随分と―」


 そこまで言ってフェイは、しまったと思った。一息ついた気の緩みから余計な事を口にしそうだった。しかしそれを察したヴィランは手紙から顔を上げて笑い。


「年の離れた夫婦でしょう? それとも美人と言って下さるつもりでしたかな?はっはっはっ」


「えぇ…はい、綺麗な奥様ですね」


 慌ててフェイは、ヴィランが用意した助け船に乗っかった。事実、美人で笑顔の綺麗な人だった。


「…父を早くに亡くしましてね。しっかり後を継がなくてはと一生懸命仕事に打ち込んでいたら、気が付けば30の半ばでしたよ。慌てて親族に頼み込んで嫁を貰った次第です。 はははっ」


「そうでしたか」


「父の友人であったゼド先生は、父を亡くした私を気にかけて下さって度々ここを訪ねて来てくださいました。私にとってはもう一人の父の様な存在ですよ。 どうですか?元気にされているでしょうか?」


「えぇ、元気は元気ですが、数年前に足を患いまして歩くのに少し不自由しています。本当は自分でこちらに伺いたかったと。 そのこと、手紙には?」


 フェイの疑問にヴィランはゆっくりと首を横に振る。


「ご自身の近況については何も… あなたの事ばかりですよ、書かれているのは」


 驚いて「私の…ですか?」と聞き返すとヴィランは頷く。


「先生の助手として学者の道を歩み始めたと書かれていますよ、あなたに色々と見せてあげて欲しいと。 そういえば、亡くなった父の話ではゼド先生が初めてここに来られたのもフェイさんと同じ年の頃だったとか。私が産まれてすぐと聞いています」


 フェイの祖父ゼド・クーシランはアストランディア共和国でそこそこ名の知れた歴史学者である。彼は約千年程前に活躍した聖王カナリアスという英雄を専門的に研究していた。


「ゼド先生は若い頃からカナリアス王のことを尊敬していたようですね。ゆかりの地であるここを訪れる為に旅費を貯めて、貯まったらすぐに家を飛び出して来たようだと父から聞いてましたよ」


 にこやかにヴィランはゼドについて語る。


「先生はこの地を訪れて、何かを感じ、深く考えることがあったようですね。 手紙によるとどうやら先生は、ご自身と同じ道を歩み始めたお孫さんに、自分が歴史学者を志した出発点を見て欲しかったようですね」


 ヴィランは手紙を手に、ニコリと笑ってそう言った。


「ここが祖父の、出発点…?」

「ただいまー!!」


 フェイが疑問を口にしようとすると、ミケリアが元気な声を出して廊下をバタバタと走って来て顔を出す。

 手足の泥を落としていたにしては時間のかかっていたミケリアは、衣服のいたるところに水遊びをしていた痕跡を残していた。


 それを見て、はぁ…と深い溜息をついたヴィランは「ミケリア、着替えて来なさい」と呆れた声で言い、ミケリアは「は~い」と軽い返事を返していた。

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