1-02_【日常】邪神の子孫

カルミア歴1238年 春


フェイ・クーシラン(19)



 アストランディアは多民族国家である。複数の民族を抱えるようになっておよそ千年間、混血が進み、都会においては特に様々な肌や髪色の人々が暮らすようになった。

 フェイは首都ハイランで生まれ、物心がついてからのほとんどの時間を大都市レイジンで過ごしてきた。そんな彼はシログリア地方へ足を踏み入れ、そこで暮らす人々を見て大いに驚いた。レイジンから離れるほどに、ある一つの民族の特徴ばかりが目立つようになる。


 祖父の仕事を手伝っている関係で、フェイには知識だけはあった。シログリア地方とはシログ民族が多く住む地方である。そしてシログ民族とは、灰褐色の肌を持ち、黒紫色の髪に青い瞳を持つ人々である。


 対してフェイは、アストランディアの支配階級を構成していたカルミア民族という人種である。カルミア民族は赤茶色の髪に白い肌、茶色の瞳が特徴であり、フェイ自身もその特徴そのままであった。


 フェイの目の前にいる三人の子供達は、多少の混血を感じさせるがシログ民族の特徴を色濃く持っていた。

 問いかけに答えてくれた男の子は、赤紫色の髪色に青い瞳、肌の色は灰褐色ではあったが色はかなり薄かった。

 二人の女の子のうち、大人しそうな子はシログ民族の特徴そのまま。

 そして、誇らしげに腰に手を当てる”ミケちゃん”と呼ばれた女の子は、少し薄めの灰褐色の肌に青い瞳であったが、髪色が透き通るような白色と目立っていた。風に揺れた髪が光を反射し、キラキラと銀色に輝いているようにも見える。


 ―― サルタン人の血が混ざってるのかな?


 フェイはその髪色に一瞬、アストランディアの南側に多く住むサルタン民族の特徴を思い浮かべる。


 幼い女の子が「ふふんっ!」といった感じで胸を張る微笑ましい姿にクスっと笑いを漏らしたフェイは、お調子者らしき女の子に聞く。


「ヴィラン・ミュセナさんに会いに来たんだけど。 神殿がお家ってことはヴィランさんの娘さんかな?」


「うん、そうだよ! じゃあ、おじさん。案内してあげるよ! 行くよ、ジキくん、キリちゃん!」


 ミケちゃんと呼ばれていた女の子は他の二人を促し、フェイの手を取って引っ張る。まったく警戒心の無い子供達に驚きながら引かれるままにフェイは歩き出した。


 道々、フェイが子供達に名前を聞けば、手を引く女の子はミケリアという名前。フェイの横を並んで歩く男の子がジキラント、そのジキラントの服の端を掴んで後ろを歩く控えめな女の子はキリアナという名前であった。

 フェイも自己紹介し年齢も伝えたのだが、結局彼らはフェイのことを「おじさん」としか呼んでくれなかったことに、まだ10代なのにとフェイはガックリと肩を落とした。少々老け顔のフェイは7、8歳の子供からしたら十分おじさんであったのだ。


 子供達に促されて歩きながら、フェイは興味深く町の様子を観察していた。


「なんか、町の人達が慌ただしいというか…活気があるっていうのかな? いつもこんな感じなの?」


 町の様子に疑問を持ったフェイが子供達に聞くと、ミケリアとジキラントがニコッと笑い、捲し立てるように言う。


「あ!それはね、昨日までお祭りだったんだよ!邪神さまのお祭り! おじさんも昨日来てれば間に合ったのに! 楽しかったんだよ!」 


「田植えとか種まき前に邪神さまに豊作を祈るんだ!」


 町の人々は昨日の祭りの余韻の中、今年の収穫のために希望を持って活動を始めたところということであった。楽し気に祭りの跡片付けをする者達もいる。


 しかしフェイはそれらを気にしているどころではなかった。ミケリアとジキラントの言葉にギョッとして言葉に詰まり、固まっていた。


「邪神様? 邪神様って…あの?」


 フェイがそう聞くと、ミケリアをはじめ三人の子供達は揃って首を傾げ、「「あの?」」と声を揃えて聞き返す。


「ほら、『聖王の邪神討伐』っておとぎ話、聞いたことあるでしょ? あの話に出てくる邪神ゾル・バハグラトのことじゃないの?」


「邪神さまの名前はそうだけど、でもそのお話は知らな~い」


 首を振るミケリアに、今度はフェイが首を傾げて「じゃあ、邪神様って…?」と聞くと、子供達は。


「邪神さまはね、戦いの神様だよ!」


 元気よくジキラントが剣でも振り回すような動きをしながら答える。


「邪神さまは農業の神様なの! 美味しいお米や野菜をたっくさん作ってくれるの!」


 ミケリアが大きく手を広げて”たくさん”と表現する。


「ミ、ミケちゃんはね、邪神さまの子孫なんだよ」


 少し口下手そうだったキリアナが珍しく友達を自慢するかのように声を張って言った言葉に、フェイは目を丸くして驚いた。


 キリアナの言葉に衝撃を受けて再び固まっているフェイの視線の先で、当のミケリアは腰に手を当てて、どうだと言わんばかりに、誇らしげに胸を反らしていた。

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