エピローグ

「つぴちゃんは本当にこれでいいと思ってるの?」


 竹田が通話越しに僕に問いかける。


 あの一件以降、僕の周りもすっかり平和となり、勇次郎がマルチにハマったのも皆が忘れ始めていた。

 だが、この男は未だにそれを忘れておらず、根に持っているようだった。


「これでいいって……一体どういう意味?」


「言葉通りだよ。つぴちゃんは勇次郎のこと、このまま受け入れていいと思ってるのかって聞いてるんだ」


 先生が逮捕されたあたりから若干険悪な雰囲気になりかけていたが、最近の竹田と勇次郎の仲は悪化の一途を辿っているようだった。


「アイツ、あんなことがあってから今まで俺達とも全く関わり合いにならなくなったってのに、ここ最近なんか何事も無かったみたいに、さも平然と戻ってきてる。それはちょっと虫が良すぎるんじゃないか?」


「つまり、竹田は勇次郎に謝って欲しいってこと?」


「まぁ、そうなるね。第一、あいつは俺以外にも謝るべきやつが大勢いるだろう。しかも、よりによってつぴちゃんまで勧誘した挙げ句、つぴちゃんの手前で『俺は友達がいなくなってもセミナーのみんながいる』なんてほざきやがったんだぞ? 許せるか?」


 確かにその件に関しては僕も勇次郎から謝罪を受けていない。

 今思い返すと、勇次郎もとんでもないことを言っていたなと思う。


「松潤が以前言ってただろ。『勇次郎は俺達との数年間よりも、出会って数ヶ月のヤツを取った』って。洗脳が解けたとはいえ、結局そこんとこは変わってないんじゃないか?」


 勇次郎は未だにあのセミナーの会員とつるんでいると聞く。

 結局、あのセミナーとやらも空中分解してしまったらしく、勇次郎が関わっているのは元会員なわけだが。


「でも、洗脳解けたんだし別に良くない?」


「つぴちゃんは甘い! アイツは一回迷惑かけた奴らに誤って回るべきだ。それが筋ってもんだろ?」


 竹田の言い分は過激だが、彼の意見にも一理ある。

 勇次郎はあの一件以降、知り合いがごっそり減ったと言っていた。


 あんな事があったのだ、勇次郎はもう同窓会などには参加できないのではないかと僕は予想していた。


「結局アイツには俺達の声なんて1つも届いちゃいないんだよ。今回だって、俺達の言う事なんて一切聞いてなかったくせに、同じセミナーのやつらの言うことは馬鹿正直に信じてるんだぜ?」


「…………」


 彼の言わんとしていることも分かる。

 勇次郎はあの事件のとき、僕らの意見は全く聞かなかった。


 僕らと言うより、竹田や松潤など一部の献身的な面々のことなのだが。

 僕はあの期間、勇次郎と関わりすらしなかった。


 自らが手を加えることはなく、ただ勇次郎が元に戻るのを待つだけ。


 完全に受身の姿勢だった。

 僕は何も言える立場じゃない。


「でも、結果論かもしれないけど勇次郎は自力で元に戻った。もう、それでよくない?」


「結果論で言ったらそうかもしれない。でも、アイツがマルチを完全に辞めたっていう確証は無いんだ。もし次アイツが同じことになったら――つぴちゃんはどうするの?」


 竹田の問いかけに僕は答えるのを少し躊躇してしまう。

 だが、僕はすぐに思考を巡らせ答えを出す。


「無いとは思うけど、もしあんな感じになろうものなら次は殴ってでも目覚まさせるよ。本人にも了承は得てる。今回僕何もしなかったからさ、次こそはね」


「つぴちゃんは寛大だなぁ」


 竹田は半ば呆れたように言った。


「まぁ、でもつぴちゃんのそういうとこ俺はいいと思ってるよ。はぁ……つぴちゃんに免じてもうしばらくはアイツのこと見守っとくとするよ」


「見守るなら急に電話かけるとか既読スルーされたらお気持ち長文送るのホントに辞めたほうがいいよ? 正直、勇次郎じゃなくてもそれは関わりたくないと想うけど」


「んー考えとく」


 そういう事するから勇次郎から距離取られるんだよとは思ったが、口には出さなかった。言ったところで今のこいつには通じない。


「さっき行った通り、今から出かけないとだから電話切るね」

「あぁ、分かった! また後で!」


 そう言って電話は終わった。


 僕は荷物を持って家を出る。

 ドアの隙間から心地の良い春風が流れ込んでくる。

 ドアを開けると、そこには雲一つ無い青空があった。


 長かった冬も終わり、もう桜の芽吹く季節になった。

 あの騒動が秋の終わりごろだったので、もうこんなに時間が経ったのかと感慨深いものを感じる。


「今日はいい天気だなぁ」


 勇次郎が、いやこの先僕たちどうなるかは分からない。

 でも、誰だって明日の自分がどうなっているのか分かる人なんていないだろう。


 僕たちに出来ることは、近道を選ばずに地道にコツコツ、毎日を精一杯生きることなんじゃないかと思う。


 僕は家を出て、歩き出した。

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