第5話 友達

「ねぇ。今自分が言ってることって、ものすごくやばいの分かってる? 一体何様なわけ? そんな人を試すようなこと――いや、がやってるのは、それよりもっとタチが悪いよ。友達だとか友達じゃないとか、それは勇次郎本人が決めることであって、その先生って人の指標は関係ないでしょ?」


「それにさ、今自分が誰を勧誘してるかもう一度よーく考えてみてよ? よりによって僕だよ? 勇次郎も僕の家のこと知ってるよね。自分で言うのもあれだけど、勧誘する相手間違えてるよ」


 僕の家庭は小学校高学年から高校の初めくらいまで荒れていて、勇次郎にもそのことは伝えていた。詳細は今でも分からないが、父がグレーな手段でお金を稼ごうとした結果の借金だった。


 お金のせいでずっと住んでいた家を手放したり、今まで両親が仲良くしていた人たちが一気に敵になったり、親戚とほぼ絶縁状態になるなど散々な目にあってきた。


 だから僕は常日頃から堅実な手段でお金は稼ぐべきだと思っており、それを勇次郎にも伝えていた。


「それによーく考えてもみてよ。仮に確実に株で勝つ方法なんてものがあるのなら、みんな周りに教えたりせずに自分で独占するでしょ普通。勇次郎は騙されてるんだよ」


 僕はここまで勇次郎が口を挟む暇を与えず、早口で一気に捲し立てた。興奮すると早口になってしまうのは僕の昔からの悪い癖だ。だが、この状況で怒りを抑えろと言う方が無理だ。僕の主張を無言で聞いていた勇次郎は、悲しげに呟いた。


「つぴちゃんはやっぱり優しいね。こんなふうになった俺を真面目に叱ってくれるのは、つぴちゃんくらいだよ。つぴちゃんにこんなこと言わせて俺も何やってんだろうな」


 そう言って、勇次郎は自嘲気味に笑う。


「今からでも引き返せるよ。 確かに30万は失うにはデカいけどさ、高い勉強料だと思ってさ頑張ろう?」

「……つぴちゃん。本当に俺と一緒に頑張らない?」


 僕の投げかけには答えず、勇次郎は逆に僕に質問した。その切実な様子に少し、心が揺らいでしまったがそれでも僕の答えは変わらなかった。


「ごめん、出来ない。…………そもそも僕が金欠なの知ってるでしょ、ゆーじは? 30万なんて大金どうやって用意すんのさ。僕、銀行強盗する気はないよ?」


 僕は無理矢理に作った笑みを浮かべ、冗談めかして勇次郎に笑いかける。勇次郎はクスッと笑ったが、その後は沈黙が場を支配した。数分の沈黙の後、勇次郎はようやく口を開いた。


「俺さ、先生のとこのサロンに入会して出来た仲間がいてさ。みんなそれぞれ頑張っててスゲーなって思ったんだ。みんなのこと尊敬もしてる。俺この人たちとだったら一緒に頑張れそうだなって思ってさ。その場につぴちゃんがいたらもっと楽しくなるだろうなって思って声をかけたんだ」

「……その人達は僕や竹田、アキヒコさんよりも大事?」

「ジャンルが違うから比較はできないよ。でも、もし俺からみんな離れていってもサロンの仲間たちがいてくれれば、他にもう何もいらないかなって思ったんだ」


 勇次郎の言葉に僕はもう怒りすら湧いてこなかった。ただ心のなかにあるのは空虚な感情だけ。何かがもう乾ききってしまったんだろう。


「最後にもう一回だけ聞かせて。ここで引き返すつもりはない?」

「無いよ。俺はどこまで行けるか試してみたいんだ。だから後は突き進むだけだよ」


 想定していた返事だったが、実際に言葉で聞くとダメージが大きい。もうこの時点で僕に勇次郎を思い直させる気力はなく、「そっか……」とだけ返した。重々しい空気の中、勇次郎は「ごめん、そろそろ行かなきゃ。この後用事があるんだよね」と言って通話を切ろうとする。


「待って!」


 僕はそれを引き止める。


「この先ゆーじがどんなふうになっても僕はゆーじの友達だから。僕から友達を辞める気はないからさ、その株?絡みの相談には乗れないけど何か辛いことあったら連絡してよ。いつでも待ってるから」


 今の勇次郎の様子を聞いてなお、僕は勇次郎を切るという選択は出来なかった。自分でも甘すぎる事はわかっていたが、それでもだ。僕には出来なかった。


 それを聞いて、勇次郎はしばらく無言になった後、

「うん、ありがとう。やっぱつぴちゃんは優しいね。また連絡するよ」

 と言って電話を切った。


 無音になった部屋で僕は椅子にもたれかかり、しばらく天井を眺めた後、拳を勢いよくに叩きつけた。

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