我素晴人生歌
宮嶋 くれい
第1話
中世時代の建物が今も尚、街の内心部に多く残る国。
狭い石畳の通り沿いにある酒場の最奥で、何やら騒がしく物々しい雰囲気が漂っていた。
「ワタシ達を見逃せ、代わり二いいモノをくれてやル」
追い詰められた薬の密売グループ。言葉が所々チャイニーズ訛りで聞き取りづらい、その中の一人が薬の粒が入っている小瓶をディートリヒに手渡す。
「薬に手を出すわけがなかろう……。」
「そういう薬ジャない。もっと面白い薬サ。」
楽しそうに笑ったチャイニーズ系のマフィア。自分たちを見逃してもらうために渡してきた薬を凝視する。
「ワタシも使う薬でネ。飲めば二日はこのままサ。」
そういって彼は黒の毛皮のコートを脱ぎ、豊満で厚艶な自分の身体のラインをゆっくり撫で、誘惑するようにディートリヒを見る。
「悪いが、そういうのに興味は無くてな。……それで薬の成分は?」
「セイブン? 藍、ムヅカシイ話はワカランネ。胃腸の動きを改善する漢方入ってる、アト、麻杏甘石湯も使ってる。だから怪しいモノは入っていないサ……タブンネ?」
このボス〝藍〟は薬学に精通しており、絶対に法に触れない妙薬などを高値で売りさばいていたという。
「効果は保証すル。従わせタイ相手ヤ好意の相手いるなラ……飲ませてみロよ。」
そういって彼は散歩でもするようなのんびりした足取りで、ディートリヒの前から去って行った。
「ふん、どうだかな……。」
外に用意された高級そうな黒塗りの車に、藍は乗り込んだ。車が走り出し、車窓の外はのっぺりとした平板な土地に、これという特徴のない建物が、どこまでも際限なく立ち並んでいる。
「見慣れた街のたたずまい。今日は映画の中の風景のようだな」
ウットリと独り言のように呟く藍。大きい仕事をやり終えて、警察からも逃げられた。なにか大きなものに包まれているみたいに心地いい。
「また一つ、いい映画をつくってしまったなぁ~。私天才!」
そうぼやいて背もたれに身体を預ければ、膨らんだ風船から空気がすっと抜けるように、力みが消えた。
藍は自分達のアジトの扉を開くと、たくさんの部下が藍を出迎える。
「ただいま~。私の愛おしい我が家~!」
「お帰りなさい、ボス」
「うん。春蕾、首尾はどうだったね?」
「万事うまく。もう心配いらないよ。」
春蕾(チュンレイ)の報告を聞いて藍はニヤリと笑みを浮かべると、アジトの中央にある大きなテーブルにつく。そこにはたくさんの料理が並べられていた。どれも藍の好物ばかり。
部下達は皆、グラスを持って藍の前に集まる。彼は部下の顔を一人一人見回してから、グラスを高く掲げた。
「注げ満たせよ、黄金の杯! では乾杯だ! 私達、ダオツアオレンの勝利を祝して!」
『かんぱ~い!』
ワインを飲みながら、純銀のナイフの先で肉を躍らせる。舌根か脳へと抜ける幸福は薬では味わえない。
「これこそ、生きることの堪能。」
自らの脳が分泌する麻薬にドップリと藍は浸かっていた。
「そういえば、あそこの……なんて言ったけ? セサルがいるファミリーは吸収される気になったのかい?」
「ああ、一緒に仕事する気はないってさ。」
春蕾がそう言って春巻きを口に頬張り。藍はワインを飲み干した。そしてまた注ぐ。その動作は機械のように正確で、一切のよどみがない。
「そうかい。まあ、そうだろうね。あのファミリーは、世界になんて興味がないからね。」
「あんな小さいとこ、世界なんて狙えないでしょう。」
春蕾が藍の空になったグラスにワインを注ぎながら、食事している部下たちを見る。
「うちで抱えてるあいつ等より有能なんだね、君のお気に入りは。」
なんの感情も乗せないで言葉にしたつもりだったが、羨望と嘲りの交じり合う不機嫌な声が出た事に春蕾は驚いた。
「はっはっはっ! ヤキモチか? ……それでも、うちのファミリーはここいらじゃ一番だよ。」
春蕾は否定しようとするが、藍のニヤニヤとした顔を見て口を閉じる。まあ、隠すほどの事でもないかと思いなおし、口を開く。
「……まあ。確かに、俺が鍛えたんだし。優秀でないと困る。」
「そうさ。春蕾、誇っていいことだ」
春蕾からワインのボトルを奪い、まだ酒が残っている春蕾のグラスにワインを注ぐ。
「あああ、まだ残ってたのに!」
「んー? ボスである私から直々の酒ぞ? 文句があるのか?」
「あるに決まってるでしょ! 君のお気に入りの酒なんだから! 自分なんかに!」
「はっはっはっ! そうかそうか。そんなに気に入ったか?」
「むう……。」
言い返そうと思ったが、藍に上手く言葉を誘導されている事に気が付いたので、黙ってグラスを持つ。
「乾杯。」
「……乾杯。」
春蕾は不満そうにしながらも、藍が注いだワインを口に含む。
丸みのある上品なワインのはずなのに、残っていた麦酒のせいでシャープな苦みが後から追いかけて来る。
「うえぇ。一緒になるべきじゃない。」
舌に残る不快感は春蕾の眉間にしわを作り、疲労の滲んだため息をもらした。
「おやぁ? そうでもないよ? ワインの酸味が麦酒の苦みを和らげてくれる。」
藍は春蕾のワイングラスを取りを揺らして見せる。
「これもまた一期一会の味。」
意味深な事を言いながら、春蕾のグラスを彼の手元に戻す。
「私も昔は君と同じ事を考えていた。」
「……え?」
春蕾は驚いて藍の顔を見る。藍はどこか懐かしむように遠くを見ながら微笑んでいる。
「……はい嘘~。ふざけないでくださーい」
春蕾の指摘に不機嫌になった藍は唇を軽く尖らせたが、一瞬で普段通りの顔に戻り席を立つ。
「春蕾、あとのアイツらの面倒は任せる。良く飲みよく食べたからね、私は休むよ。おやすみ私の愛しい子ら。」
そう春蕾に告げると、彼は自室へと戻っていった。
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