第百六十六話 扉の向こう

大扉を開けると、そこには一体の双子の女神像が中央に置かれ。灯り以外のモノは一切ない部屋だった。



じっと、見上げるアンリクレズに他のメンバーが黙り込む。

「響様、女神とギャラルホルンはここにあります」


その言葉に、全員がギョッとした。「ギャラルもあんのか」とフランが絞り出すようにいうとアンリクレズは頷く。


「ただ、錬金塔がなければかなり厳しい運用を迫られると思います。後は、女神で治せるのは生物だけで死んだ者や機械は治りません」「十分ッス」


それではと、一気に統合しアンロックしたアンリクレズの姿がみるみる変わっていく。


白い髪、紅い眼。背中の羽は五枚になり、赤と白と黒が入り混じったような炎の様に揺らめく。その姿にシャリーが思わず「綺麗……」と呟いた。


「統合完了致しました」六枚の羽に一つの機能、一枚無いという事はそうなのだろう。



すっと、響の顔を両手で包んだ後うっすら微笑むと。「貴方が道具と思わなくとも、アンリクレズは道具として生まれました。貴方の相棒として、努力します」


そして、双子の女神像がうっすら輝くとホログラフが出て来た。


「おい、誰だあれ」「ヴァレリアス博士です」アンリクレズの髪を長くして妖艶にしたような女が砂嵐が入る様なホログラフで喋りだした。



「セブンスの機能の多くを揃えたものが来たようですね。初めまして、私はヴァレリアス」「お母様!」アンリクレズが叫んだことからも、間違いないのだろう。


「あれが、ライブラリを残した宇宙一の天才……」「想像よりずっと美人じゃね~ッスか」二人が言うと、思わずフランがずっこけた。



「これを見ていると言う事は、セブンスの力の多くを手にしている筈です。ですが、私にとって遺産とは大切な子供達。その技術も産物も全て破壊できずして私が死んだのなら、セブンスを持つ貴方だけがナイトメアに抗う事ができます。ティアドロップは自立型、人はセブンスを持ってしか戦えない」



どうか、この女神とギャラルは人を助けるために使われる事を私は望み託します。



「セブンスのAIアンリクレズ、私の大切な娘へ。ごめんなさい、機能がない貴女はさぞかし苦悩を感じる事でしょう。しかし、不便から学べる事は多く。AIは学び続けてこそその大願を成就できる存在。私には、時間がありません。何処までやれるかも判りません。後世の方々へ、もしナイトメアがアナタ方の時代に残っていたら。我々の世代の人間が隠し生き残らせたという事、私の寿命が足りなかったという事。この世を地獄に変え、人の欲望を満たす。それがナイトメアの本質」



だからこそ、手にしたものは逃れがたい。



「お母様、私は苦悩など感じておりません。私のマスターは、お母様の想定を遥かに超越した存在です。私の力が至らずとも、私の力を十全に使える存在です。私は、必ず成長し学習しマスターの力になってみせます!」



答えなど帰ってこなくても、アンリクレズは透明な映像に必死に答えた。

それを見ていた一行は、初めてアンリクレズを人間らしい感情をむき出しにしていると思った。人と違わぬ、人と同じ感情を持つAI。



「だってよ、響」茶化すと「胃が痛てぇっス」下腹部を押さえながら苦笑した。



「私はナイトメアの無い未来を。人の未来を望みます」そういって、ヴァレリアス博士のホログラムは消えた。



きっと、人間だったら泣いている。そんな表情でアンリクレズは映像があった場所をずっと見ていた。


「これで、残るは錬金塔って奴だけだな」「エネルギー問題は最後まで解決せず……か」「でも、ここにギャラルまであったのは誤算だったね」「だな……」


(ナイトメアの無い世を望みます……か、俺達もそれは同感だ。技術者として、人間としてあんな胸糞悪いモノをシャリー達の時代に残してやるもんかよ)



(クレズさんは、やっぱ母ちゃん好きなんッスね。クレズさんは道具じゃねぇっスよ、ちゃんと生きてるじゃね~ッスか)



「いくか」その声に全員が頷いて歩き出す、勿論アンリクレズもだ。

「お母様、私がナイトメアを必ず倒します」



アンリクレズは、自身の両手を握りしめながら固く誓う。

今、お母様から受け取った最終キー。もしも、錬金塔を手にし。貴女のマスターになった人が許可をしたなら最後にそれを打ち込みセブンスをフル稼働させなさいと。ホログラムが消える時にアンリクレズにだけ渡された。



「Attack on all fronts. Good luck(全軍攻撃せよ、ただ攻撃せよ。武運を祈る)」


お母様、セブンスは否私は戦う為に生まれて来た。

全軍とは、すなわち全ての機能を叩き起こして戦えと。

敵ではなく、大切な人を守る為に戦えと。

希望を繋ぎ、歴史を繋ぎ、ただ困難を焼き尽くせと。


その為に、セブンスはあると言う事なのでしょう。


学び続け、見下すことなく。良いと思った事を徹底的に学習し、弱点を克服し。

貴女の力をもって、理不尽ごと焼き尽くしなさい。

貴女には、それが出来るのだと。


「ただ、己の存在意義として戦え」とお母様は私にその力を託した。

六枚のキーボードを操る、響を見た時に。この人が私のマスターで、本当に良かった幾星霜待ち続けた甲斐があったのだと。


人はいつか老いて死ぬ、ですが私は停止する事はあっても老いる事はない。

ならば、最後の一片まで。響様の困難をことごとく薙ぎ払う。


さようなら、お母様。どうか安らかにお休みください。

貴女は私を愛していなかったのではなく、愛していたから機能を分離したのですね。



それだけ判れば十分。何万年は、知るには遅すぎたかもしれないが。私は、今一番学ぶ事の多い幸せな時間をすごしている。


「クレズさん、地上に戻して欲しいッス」「はい、響様」


それだけいうと、ゲートを開く。

もうただの石像になった女神像をクレズが袋の中にいれ、共に機械は人と歩き出した。

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