第14話 京店商店街(きょうみせしょうてんがい)

 レイクラインという名の周遊バスが来た。夕飯までには時間もあるので、ゆっくりと松江の街を周遊しながら目的地へ向かおう。なかなか自由旅もいい。バスの中はレトロ風を意識していると思われる装飾。モニターがあり、ビデオが流れている。ナレーションが八千草薫のような声だ。でも、どこにも書いてないから違うかもしれない。とにかく、八千草薫にそっくりな声がナレーションをしている。ビデオの内容は観光案内だ。バスガイドさんの役割だな。

 バスから地ビール館が見えた。これ、3館共通入場券を買った時にもらった地図や、松江城のふもとにあった立て看板の地図にも載っていたのだが、るるぶには載っていない。地ビール館にはすごく興味がある。けれども、調べてみると16時までしかやっていないのだ。夕飯に使えないのでちょっと困る。バスに乗りながら、明日のお昼に地ビール館に入るとしたら……と考えてみたのだが、どう考えても組み込めない。やっぱり諦めるしかないようだ。せめて17時までやっていてくれればよかったのに。ちなみに、現在時刻がちょうど16時だった。

 向かう場所は、宿泊ホテルに程近い場所にある「京店商店街」だ。ガイドブックの地図でも、この辺りが特に拡大されていた。きっと松江で一番の繁華街なのだろう。そこへ行って、夕飯に最適な店を探そうと思っている。

 周遊バスがその辺りに近づき、次はカラコロ工房前です、というアナウンスが流れた。アナウンスというか、八千草薫だ。すると、

「カラコロ工房は、ただいま休館中です。」

と続ける。え?そうなの?ガイドブックにはそんな事、一言も載っていないのに。カラコロ工房とは、色々な工作体験ができる観光施設なのだが、要予約だった。予約しようとすれば、当然休館中だという事も事前に分かっただろう。だからまあ、問題ないのか?

 バス停にバスが到着した。パーフェクトチケットを見せて降りようとしたら、運転手さんに呼び止められた。

「引換券はお持ちではないですか?」

「あ、はい。」

「何日乗りますか?」

「3日間です。」

引換券を3枚もらった。

「日付のところを削っておいてください。」

そう言われた。そう、レイクラインに乗るには引換券が必要だと、実はパーフェクトチケットに小さく書いてあった。どうやって引換券を手に入れればいいのか分からなかったのだが、運転手さんに言ってもらうという事だったのだろうか。だとしたら、結局一日乗車券を買うのと変わらないではないか。でもまあ、一回で3枚の引換券をもらえたから違うと言えば違うが。それにしても、パーフェクトチケットにも有効期限が書いてあるわけだし、これでいいじゃないかと思うのは私だけなのか?機械に通すわけではなく、見せるだけなのだから。

 私は1人、バスを下りた。橋を渡ると早速レトロな雰囲気の建物がある。そして、ガイドブックで見たお店も発見。あ、そういえばカラコロ工房の前にはピンク色のポストがあるとガイドブックで見た。だが、どこを探してもピンクのポストは見当たらなかった。あのガイドブック、情報が古いな。2022年の発刊だったから、この1年の間にポストが消えたのだろうか。それとも、休館中だからポストを撤去したのだろうか。

 まだ開店前のお店が多い。良い感じの道ではあるが、人もあまり居なければ、見るべきものもあまり……。あ、なんかあったぞ。広場から1本奥の道へ曲がる角のところに、何やら拝むべきものがある。屋根の付いた「カラコロ大黒」だ。大黒天の黒い像が台の上に座っていて、その前におみくじが置いてある。「恋みくじ」と「開運みくじ」そして「ハート絵馬」もあった。各50円と赤い字で書いてある。右の方には縦長の箱があって、「賽銭箱」と書いてある。コインを入れる穴だけが開いていて、貯金箱のようでもある。なるほど、おみくじや絵馬が欲しかったら、50円をこの賽銭箱に入れればいいのだな?要らなくても、お参りするなら10円などを賽銭箱に入れてもいいのだな?

 せっかくなので、おみくじを引くことにした。50円を賽銭箱に入れ、大黒様の前から1枚、開運みくじを取った。恋みくじは必要ない。ちなみに、絵馬というのは紙でできたハート形のカードだ。大黒天の右側の木枠に籠が取り付けてあり、そこに絵馬とペンが入っていた。絵馬をご所望ならば、このペンで願い事を書いて、この籠の括り付けてある木枠に、括り付けるのだろう。

 おみくじの結果は、中吉だった。分別過ぎれば愚に返る、とある。説明書きには、あれこれ考えすぎると却って良くないから、自分を信じ、最初のひらめきを大事にすれば運気が上がるし金運も舞い込むよ、という事が書いてあった。私はついあれこれ考えてしまうから、身につまされる。でも、今回あれこれ考えずに旅行を決めて良かった。

 夕飯には、地酒を飲み、郷土料理を食べたい。一応ガイドブックを見てお店を1つは見つけてあったのだが、ここから少し離れている。この辺りにもお店はありそうだから、この辺で良さそうな店があれば入りたい。

 すると、地酒の名前がたくさん書いてある店を見つけた。カラコロ広場にある。ガイドブックには載っていないようだ。見た目がチェーン店のような感じだが、お店の名前は聞いたことがなかった。ここもいいかもしれない。入りやすそうだ。他のお店も見てみようか、と一瞬考えたのだが、最初のひらめきが大事だよな、と思い直す。神事を信じていないくせに、何となくおみくじを引いてしまい、そしてチラリと脳裏をかすめ、何となく従ってしまう。自分は信じていないつもりでも、これが自分の宗教観なのだろうな。日本人の多くがそんな感じではないだろうか。

 では、このお店に入る事に決めよう。名前は「佐香や」という。だが、開店時間は17時だった。まだ45分もある。17時までどうしようか。

 それにしても、夕方になってきて風も少し冷たい。トイレに行きたくなってきた。この辺にトイレはなさそうだ。これトイレか?と思ったら、景観を損ねないために何となく屋敷っぽいものをかぶせただけの、普通に道路っ端にあるものだった。

 ぐるぐる歩き回って探したが、ない。コンビニもない。開いているお店は、工房のようなところとコーヒー店のみ。コーヒーは飲めないけれど、何か飲み物を頼んでトイレに行かせてもらうか。でもなあ。もうすぐ夕飯なのに。

 歩き回っている間に、オブジェのようなものを見つけた。それはガイドブックにフォトスポットとして紹介されていた「京店ギャートル広場」だった。でもこれ……写真映えするだろうか。単なる子供の遊び場に見えるのだが。お母さんたちが見守るための椅子とテーブルもあるぞ。だが、日陰で寒そう。まだ17時前なのに誰もいないし。そして、この公園と思しきところにもトイレはなかった。船乗り場が近くにあって、切符も売っているのだが、その辺りを探してもトイレはなかった。

 その船乗り場に、ものすごく簡素な地図が貼ってあった。それを見ると、カラコロ工房の隣に県立博物館があると書いてある。そういう所ならば、トイレはあるはずだ。無料だったらありがたいが、そうでなくてもチケットを買って入って、トイレに行った後に少し見てもいい。

 というわけで、そちらへ向かって歩いて行った。だが、カラコロ工房の隣になど、そのようなものはない。そして次の四つ角まで行くと、右側に松江城が見えた。ああ、ここか。昼過ぎに通った道だ。そして例の「竹島は日本の領土です」と書いてある県庁があって、その隣の建物が県立博物館なのかなと思った。近づいて行ったが、入り口がない。なんでだ?困ってウロウロし、もう少し松江城の方へ歩いて行くと、また「竹島は~」と書いてある建物が出てきた。それは県民会館だった。「資料があります」とも書いてあるので、入っても良さそうだ。ここにトイレがあるかもしれない。

 入ってみた。奥にトイレマークが見えた。受付があったので、

「トイレをお借りしてもいいですか?」

と一応聞いたら、どうぞと言われたので入った。やれやれ。あと数分外にいたらまずかったかもしれない。

 トイレを済ませ、出てきて周りを見渡すと、そこは図書館っぽいところだった。資料が綴じてあると思われるファイルがたくさんあって、椅子とテーブルもある。資料とは、つまり竹島関連の、だよな。こういう物を、あまり熱心に見たりしてはいけないような気がした。竹島問題に特別関心があると思われる事にちょっと抵抗がある。受付にいた女性も、会釈をしてきて「さよなら」という雰囲気だし。せっかくここで時間を潰せるかも、と思ったが、やっぱり外へ出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る