第12話 小泉八雲記念館

 カフェを出て、興雲閣も出て、また松江城の方へ上った。そして、城をぐるりと回る道へ。やたらと中年夫婦と思われる2人連れが多い。私の前にも後ろにも、そういった2人連れがいた。

 3館共通入場券を買った時に、一緒に松江城周辺ウォーキングマップという物をもらった。その地図には「勾配あり」とか「手すりあり」などの記載が所々にあった。だが、二次元の地図はのっぺりと見える。実際に足を運んでみると、なんだこりゃ、という事が多々ある。私が今歩いている道は「勾配あり」ではないはずだが、段差はかなりあるぞ。数段の階段があちこちに出現する。それも昔のまんまの石段という感じで、非常に下りづらい。危険すら感じる。また、雨上がりのようで階段のそこここに水たまりもある。大きな階段が出てきた時、前のご夫婦の奥さんの方は、下りやすい石段を選びつつ、体を横向きにして慎重に下りていた。だが、こんな江戸時代そのままのような城内を歩けるとは、それはそれで楽しい。馬洗池もあった。池というか沼みたいで不気味だったが。

 城の周りにはお堀がめぐらされていて、そこを船で周遊する事もできる。その船も見た。自分が船に乗るよりも、目撃する方が風情を感じる。向こうが(船に乗っている人たちが)手を振るのでこちらも手を振った。ちなみに、こちらは私の他にやはり中年夫婦がいて、船の人たちは3人に手を振ったのだ。

 お堀沿いに少し歩くと、小泉八雲記念館があった。お城の向かい側にあると言える。小泉八雲とは、パトリック・ラフカディオ・ハーンというギリシャ生まれの小説家だ。日本人女性と結婚し、日本国籍を得て小泉八雲になったのだ。日本の民話や妖怪話をまとめて、英語で出版した人物として知られる。耳なし芳一とか、のっぺらぼうとか、どの地方の人でも、みんなが知っているような民話が多数あるのは、この人のお陰と言えるかもしれない。

 記念館に入ると、パネルや展示物が並んでいた。英語の音声が小さく流れていて、小泉八雲のビデオでも流れているのかと思ったら、そうではなかった。観光客の外国人が話している生の声だったのだ。日本人のガイドさんがついて、説明しながら回っている人たちが何組かいた。私の知り合いでも、こういったボランティアガイドをしている人がいるが、このガイドさんもボランティアさんだろうか。それとも雇われた通訳の人だろうか。

 パネル展示は、小泉八雲の生い立ちから詳しく書かれていた。思わず読み耽った。小泉八雲の事を知っているつもりでいて、実は良く知らなかったのだと改めて分かった。八雲は不遇な幼少期を過ごし、貧しい青年期を乗り越え、文才を認められて記者になり、色々な国へ行き、日本を知って英語教師として働いた。結婚して出雲に住んだが、東京の早稲田大や東大で教鞭を取ったりもしていた。東大での、八雲の後任が夏目漱石だったのだと初めて知った。私のペンネーム夏目碧央の夏目は、夏目漱石先生から取らせていただいたのだ。小泉八雲が、尊敬する夏目漱石先生とこんな所でちょっと繋がっていたとは。実際、あの頃の文筆家たちの間でも、小泉八雲はとても尊敬されていたそうだ。

 疲れを忘れてパネルを読み耽った。ここに来てよかった。小泉八雲が使用していた品なども展示されていた。だが、そこにはあまり興味を持たなかった。そして、特別展は「虫の詩」。虫の鳴き声がしていた。それにもあまり興味が……。

 最後に、ほんの一角だけミュージアムショップがあったので、見てみた。本に興味があった。小泉八雲が書いた本。でも、実際八雲が書いたのは英語で、それを翻訳した物はどこの図書館にもありそうな気がした。はじめは1冊くらい買う気満々だったのだが、やっぱり辞めてしまった。

 記念館を出ると、すぐ隣に「八雲旧居」というのがあった。入ってみた。誰も観光客がいないぞ。昔ながらの家。部屋の周りに廊下があって、その外にガラス戸がある造り。懐かしい。私が子供の頃の実家がそういう造りだった。が、私の実家など比べ物にならない程、この家はかなり立派だ。そしてすごく風通しが良い。窓が開け放たれていて、ちょっと寒い。庭も立派だが、畳の部屋もなかなか。屏風や掛け軸も立派だ。そこに、木の椅子と机があるのもまた、この人の家らしいと言えばらしい。

 でもまあ、あっという間に出てしまった。

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