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私の言葉に、お母様は私を睨んだ。
「あの子はまだわかってないんです。自分自身の才能を。あの子の才能は、周りを屈服させます。あの子が自分自身の才能を理解するまでは、私が徹底的に管理を」
「その管理方法が、多分間違ってるんだと思います……!」
とうとう私は我慢できずに叫んだ。それにお母様は眉間に深く皺をつくる。
それでも私は必死に抵抗しないといけなかった。
いったい。初めて出会った、初めてキャンパスを拾ったときから、如月さんは何度死なないといけなかったんだ。私が目を離した途端、別れた途端、あの人は高層マンションのベランダから飛び降りた……。
あの人はどうして死なないといけなかったの。それは、あの人はあの人の持っている孤独と向き合ってくれる人がいなかったからじゃないの。
私は何度やり直しても、あの人の芸術的な才能を半分も理解できてないと思う。あの人の絵が好きだけれど、あの人があの人の絵に飲まれて、苦しんで、自分自身を大切にできなくなるのは好きじゃない。
……一度だけ。あの人は一度だけ風景画以外の絵を描いたことがある。誰かの絵を描こうとしていた。如月さんに、あのときの絵を描きたいと思わせたい。
……売らない、自分のためだけの絵を、ちゃんと描かせてあげてほしい。
「あなたに大和のなにがわかるというの?」
「わかりません。私はあの人のことが好きだってこと以外なにもわかりません。あの人の絵が好きで、その絵で興味を持って会いに行って、最初はなんて意地悪な人だと思ったけど。でも。それでも理屈じゃないんです」
どう考えたって、好きになる相手を間違えている。でもきっと、如月さんには軽々しく言ってはいけない言葉で、未だに本人にぶつけたことがない。
私の唐突過ぎる告白には、さすがにお母様も驚いたように目を見開いたけれど、無視して私は必死に訴える。
ここで押し通さないと、きっと私は後悔する。
……もう何度も何度も、あの人の死亡ニュースなんか見たくない。
「一緒に出かけたり、一緒に話をしたり、本当にたまに笑ってもらったり。あの人が私のことを迷惑だと思っているかもしれない、帰ってくれと思ってるかもしれない、それでも好きなんです」
「……あなた、まさか大和のストーカー……?」
「でも法律は犯していません! 盗撮なんてしてませんし、盗聴器なんて付けてませんし、もし警察呼びたいならどうぞ。本当になんにも出てきませんから! ただ、お母様」
私は声を上げた。
押さないといけない。押し切らないといけない。ここで口を挟む暇を与えてはいけない。私は必死に口を動かしていた。
「如月さんから、どうか好きを奪わないでください」
あの高層マンションは、なにもない。
本当に絵を描くこと以外できない場所は不健全過ぎる。まずはあそこから降ろさないことには、きっと如月さんは何度だってマンションから飛び降りる。
私だって、そう何度も何度もあの人のニュースなんて見たくない。それは祈りだった。
お母様はしばらく黙っていた。私の言葉の羅列のなにが届いたのかはわからないけれど、ぽつんと尋ねてきたのだ。
「あの子の好きなものってわかるの?」
「如月さん、子供舌ですよ。オムライスとかピザとか、割とオーソドックスな味が好きで、手の込んだ料理は存外好きじゃありません」
「それ……私が食べさせていたものだわ」
それに私は破顔した。
……この人はたしかに間違っていた。この人は如月さんの才能を伸ばしたくって必死だったんだけれど、その才能を潰されないようにするあまりに、今度はあの人の人間性を見失いかけていた。
私のような本当にただの通りすがりの声が届いたのは、きっと私の矢継ぎ早の言葉がどこかで引っかかったからだ。
如月さんに、もうこれ以上死んで欲しくないなあ。
それだけを、私は祈りながら如月さんのマンションに帰っていった。
****
私はお母様に連れられ、もう一度だけ如月さんの部屋の玄関前に立っていた。
マンションの近くでは騒ぎは起こってなかった。つまりは、今は如月さんはマンションから飛び降りてない。
なにかあったらどうしよう。なにかあったらどうしよう。
私はドキドキしながら、「ただいま、大和?」と言うお母様の背中についていってリビングに入ったとき、濃い油絵の具の匂いを嗅いだ。
「お帰り……また来たの?」
「……如月さん。その絵」
「描きたいと思ったから。久し振りに、依頼以外の絵が描きたくなった」
そう言いながら描いていた絵を見て、驚いた。
既に地の絵の具を塗りたくられたから、下書きはほぼ見えなくなっている。絵の具をその上から何層も何層も重ねて塗っているため、まだおぼろげにしか完成像はわからないけれど。でもその絵は、私が前に見た下絵と同じ構図をしていた……一度だけ如月さんが描こうとしていた、風景画以外の絵だった。
そしてその絵は。どう見ても女子高生の絵だった。
「あら、これは」
お母様が声を上げるのに、如月さんが気まずそうにそっぽを向いた。私たちががなり合っている間、如月さんがなにを思っていたのかは知らない。でも。
指先が絵の具で染まってしまっている。パレットには何色も何色も混合した絵の具が載せてある。
「……君の絵が、描きたくなったんだ」
如月さんのぶっきらぼうな声が、私に突き刺さった。
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