次の日、私は今日もピザの材料を検索して、如月さんからもらったICカードで買い物に行こうとしたとき。

 美月から連絡があった。


【学校来ないけどなにかあった?】


 学校には【おばあちゃんが危篤】と言っているけれど、先生は周りには教えてないみたいだ。最近は個人情報保護がなにかと騒がしいから。

 私はどう答えようと考えた結果。


【気になる人にご飯つくりに行ってる】


 すると大きなイラストのスタンプのあと、すぐに美月から返事が来る。


【それ本当に大丈夫な人? 変な男引っ掛けた?】


 傍から見るとそうなっちゃうんだな。如月さんはたしかに生活能力が全くないよ。前の周回のときも、あの人は近所の人たちに面倒見てもらってなかったらとっくの昔に病院送りになっているから。

 でも。悪い人ではないよ。それだけは本当。考えながら私は返事を送る。


【ただの芸術家。定期的にご飯をあげないと、すぐに倒れる】

【本当に大丈夫なの? ねえ騙されてない?】


 なおも美月が心配する中、私は全然違うことを送る。


【ピザは何味が好き?】

【へっ?】


 この流れで普通はピザの味なんて聞かない。美月は困ったように返事を送ってきた。


【クワトロフォルマッジ】

【おいしいけどチーズたくさんいるね】

【ピザでも焼くの?】

【食べたいって言ってたからそのつもり】

【本当にヒモ買ってるんじゃなくって?】

【食費もらってるから、別に養ってないよ】


 美月はしつこいほどに連絡してきたあと、やっと【ほっ】とでも言いたげなスタンプを送ってきた。


【とりあえずよくわからないけど頑張れ】

【ありがとう】

【でも本当に変な人だったら心配だから教えられるようだったらどんな人か教えて】

【そのうちに】


 私はそうメッセージを送って打ち切り、今度こそ買い物に出かけた。

 ピザをつくるとなったら、結構いろいろと入り用だ。強力粉に、ドライイースト、チーズに野菜、ソーセージ。そういえば、如月さんの家には包丁もまな板もないから、それも調達しないといけない。

 コンビニで買えるものはコンビニで買ったあと、ホームセンターで包丁とまな板も買って出て行くことにした。

 如月さんのマンションにドキドキしながらピンポンを押したら、すぐに出てくれた。


「おはよう……ずいぶんと買ったね。なにそれ」

「ピザをつくろうとしたら、包丁もまな板もなかったことに気付いて、買ってきました」

「ふーん。ピザって必要だったんだ」

「具材を切ったりするのには。調理ばさみで全部賄う人もいますけど、私はそこまでは不得手で」

「ふーん」


 そう言いながら、私を家に入れてくれた。そのとき、私が昨日見ていたはずの絵がなくなっていたことに気付いた。


「あっ……如月さん。あの絵は?」


 まさか、やっぱり叩き割ったんじゃ……そう思って心臓をバクバクさせていたけれど、意外な返事が返ってきた。


「母さんが持っていった。元々注文された絵だったから。まだ乾ききってないから、ちゃんと乾かしてとは言ったけど」

「へっ?」


 如月さんの口から思ってもないことを告げられ、私はマジマジ如月さんを見上げてしまった。この人に、親がいたのか……いや、でも。この人に親がいなかったら、そもそも生まれてない訳で。そして、注文した絵だったことも、今思い出した。そういやそんなこと言っていたなと。


「……お母様が、ここに如月さんを住ませてたんですか?」

「言ってなかったっけ」

「聞いてないです。今初めて聞きました……」


 如月さんはまだ鉛筆で下書きを書いてるだけで、次の作品はまだ着手してないようだった。それを見ながら、私はポロリと尋ねる。


「お母様は、どの頻度で来るんですかね?」

「あの人、僕に仕事を持ってきてはすぐいなくなるから。大学に入ったんだから、本当なら大学で授業受けたいし課題をやりたいけど、そうするとあの人怒るんだよ。『依頼者をどれだけ待たせるんだ』と」

「あの……それ……」


 ときどき芸能界でもあるらしい。

 子供にたくさん仕事をさせて、それのマネージメントをすることでいろんなことを発散するタイプの親が。如月さんはどう考えたって絵に関してだけならば天才で、それを手放すという考えがないのはわからなくもないけれど……わかりたくはない。

 でも、この人が目を離したら悲観して死ぬのを、どうしたら食い止められるのかがやっと見えたような気がした。


「……あの、ピザすぐにつくりますね」

「今から? まだ昼には早いけど」

「ピザを焼く前に生地を発酵させないと駄目なんで。時間結構かかるんですよ」

「……うちにはオーブンなんてないけど」

「フライパンで焼けるから大丈夫ですよ」


 私は気を取り直して、急いでピザの生地づくりをはじめることにした。

 粉とドライイーストを入れて混ぜ、ドライイーストとぬるま湯を加えて捏ねる。私がピザ生地を捏ねているのを、如月さんは不思議そうな顔で眺めていた。


「……粘度遊びみたいだ」

「そうかも、しれませんね」

「というより、君どうしてそんなことできるの?」

「前に学校で少しだけやったから、ですかね」


 ダンダンと器にピザ生地を叩き付けながら言う。

 発酵と腐敗はどう違うのかを見ようと、皆でパン生地を捏ねてきちんとお湯でドライイーストを発酵させたものと、水で発酵させなかったものとを比べることをしたりしたのだ。そのときのことが愉しかったから、家に帰ってからも適当にピザ生地を捏ねて焼いたら皆が悦んでくれるから一緒に食べた。

 気付けば生地はパンパンに膨れ上がっていたので、しばらく放置しておくことにする。

 私のピザ生地づくりを、如月さんは「ほう……」と言った。


「君って案外すごいんだね」


 天才画家がなにを言っているんだと思ったけど、口には出さなかった。

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