あなたの心を捕まえたい
1
如月さんが死んだとしても、地元高校生は近所の高層マンションで天才芸術家が死んだというニュースくらいしか知らない。
ネットニュースでちょっとだけ流れたそれに、登校途中で「うちの近所、そんな金持ち住んでたの!?」くらいしか耳にしなかった。如月さんは絵以外の全てに無頓着だったけれど、多分そんなことを言ってもあの人は喜ばないと思う。
なんて。
「……私だって知ってから大した時間経ってないじゃない」
今までは繰り返される一週間を、なんの脈絡もなく過ごしていた。でも今は残された二日間を、あの人抜きで過ごさないといけない。
親戚のお葬式だって、知り合いのお葬式だって、私には無縁だった。
テレビで見たニュースを見ただけでこれだけショックを受けるんだったら、私は如月さんのお墓に行くことはできないだろう。
胸が痛くって仕方がない。
久々に学校に向かうと、美月は驚いた顔で私を見つけた。
「晴夏ちゃんおはよ……どうしたの? 学校サボってる間になにかあったの?」
そう心配されて、どう答えたものかと考える。
「……知り合いが自殺しちゃったの」
「え……」
いきなりそんなこと聞かせたって、美月だって困っちゃうでしょう。わかってはいても、言葉が抑えきれなかった。
朝にも泣いていたはずなのに、私はポロポロと涙を溢す。
「あの人のこと、私なにも知らなかったんだ。ものすごく苦しんでいたのはわかっていたはずなのに、全部見逃しちゃってたんだ……昨日、ちゃんとしゃべって一緒にいたのに」
「あれ、昨日その人に会いに行ってたの?」
「……うん」
美月は困った顔をしながらも、私の手を取って椅子に座らせた。
「あのさ、晴夏ちゃん。その人と話をした?」
「してたとは思う。でも私、その人のこと表面しか知らなかったと思う。その人が悩んでたのは知っていたけれど、死ぬほど悩んでたかまでは全然気付かなかった」
教室はいつもの通り喧噪でザワザワしている。
誰かののろけ話が飛ぶことも、嫌いな先生の授業をどうやってやり過ごすかも、部活で人間関係でトラブルが発生しているけどどうしようって話も、全部その場限りの話、話題は次から次へと飛んでしまうから、同じ話が長く留まることはない。
だから私が美月と泣きながら話をしていたとしても、誰もこちらに感心を向けることはないんだ。
美月は当然ながら困った顔をしていたものの、やがて口を開いた。
「……死んだ人のことを普通に悲しいって思えばいいんじゃないかな」
「……そうなのかな」
「だってさ。晴夏ちゃんが会ったあとに死んじゃったら、もう晴夏ちゃんがどうこうしたってどうしようもなくない? 諦めろっていうのも酷なんだけど……その人が悩んでた、その人の話をもっと聞いてあげたかった。晴夏ちゃんにそう思わせた時点で、その人の悩みの半分は達成されてないかなあ……私はその人のこと全然知らないけど、その人が悩んでたって晴夏ちゃんは知ってたんでしょう? 悩みって、半分はまず悩んでいることを知ってもらうってことだと思うから……だから」
「うん」
私は美月に頭を下げた。
「ありがとうね。話を聞いてくれて」
「うん」
それから私は、残り二日間をどうするか、本気で考えないといけなかった。
****
残り一日になったら、いつも次のループに備えて作戦会議をしている。
前回は無限ループに飽き飽きしてしまったから、もう投げやりになってしまったけれど、今回はそうじゃない。
一日目:高層マンションにキャンパスを拾いに行く
二日目:押しかけてなんとしても外に連れ出す。ご飯を食べさせる
三日目:押しかけてなんとしても外に連れ出す。スランプをどうにかする算段を立てる
四日目:押しかける
五日目:押しかける
六日目:押しかける。死なないで欲しい
七日目:ループをハッピーエンドで終わらせて次に進みたい
我ながら希望的観測が過ぎる。
なによりもキャンパスを拾わなかったら、如月さんの家に行けない。でも……。
「……キャンパスを拾わずに会いに行ったらどうなるんだろう?」
そもそも、あんなに素敵な絵でも、如月さんの本領発揮した絵には遠く及ばなかった。もう一日目の時点であの人はスランプに悩んでいたんだとしたら。
……キャンパス拾ってからのこのこ会いに行ったんじゃ、間に合わないんじゃ。
この前流れたニュースのことを思い、背中が冷えるのを感じた。
だとしたら、もっと早く会いに行く? そうなったら、早朝から学校をサボって会いに行くしかないけれど。
それ以上だったら、もうストーカーだと間違えられて通報されかねないけど。でも。
私はあの人のことを、なにも知らない。
絵を描くことがアイデンティティだと思っている人。あれだけ激しい魚の群れを鉛筆で描いてもなお、納得できない人。偉そうで口が悪く、態度も悪い人。
何故か高層マンションに閉じ込められている人。大学に行けているんだろうか。高い値段で絵がやり取りされていると言っていたから、彼は絵を描かされるために閉じ込められているような気がする。
あの人をあそこから助け出したい。
……私はどうせ、無限ループをしているんだ。
一度くらいは、ストーカーで逮捕されてもいっか。そう思ったら、やる気がみなぎってきた。
明日ループがはじまったら、真っ先にあの人に会いに行こう。
きっと不審者だって思われる。気持ち悪いって罵られる。あの人本当に性格悪いし警戒心も高いし。でも。
あの人が私を無下にする声を、もう一度聞きたいなあ。
それはきっとMなのかもねと思いながら、私は目を閉じた。
明日、また如月さんに会いに行こうと、そう思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます