君に恋う
ナナシリア
ワンナイト
「今夜だけでいいから、一緒にいて」
静かな夜に、彼女の声だけが残った。
俺には寂しげな彼女を拒むことはできなくて、ただなにも言わず傍にいた。
一緒に布団に入るとか、身体に触れてみるとか、そういうことも一切なく、ただただ隣にいるだけ。
「ありがとう」
俺も彼女も、それだけで十分だった。それ以上は望まなかった。お互いが隣にいるというだけの幸せを、精一杯味わった。
真っ暗な夜に淡い明かりを灯して、そこでそれぞれの時間を過ごす。
「光太、この問題教えてくれる?」
「ああ、いいよ」
時々お互いに話したりして、そこにいるのを確かに認識して。
そうしているうちに少しずつ少しずつ夜は更けていく。
雨はいずれ止むことを心の奥底で知っているように、本能的に、俺も彼女もわかっていた、これが最後の夜だと。
だから、いつもより少し距離が近かったような気がする。本当に気分だけかもしれないけど。
雪が解けるように自然に少しずつ夜が明ける。夜明けの剃刀が二人の心に細かくも確かな傷をつける。
外が、明るかった。
「そろそろ、わたしは帰らないと」
「……ああ」
彼女が帰ってしまうと、おそらくもう会えないだろう。
俺は、彼女に背を向ける。彼女の顔を見たら未練が残ってしまいそうだから。
「わたし、光太のこと好きだったよ」
残酷な過去形は、俺たちにはどうすることもできない。
俺は彼女の顔を見ない。残った未練もどうにもならない。
「そうか」
でも、一言だけ。
抱えたままじゃ、きっとずっと今に取り残される。
「俺も好きだ」
一気に夜が明けた。カーテンの隙間から差し込む眩しい光が虚しい。
俺の言葉に彼女はどういう色を感じたか。明るい色だといい、と願う。
「……じゃあ、行くね」
押し殺された感情の奥を、俺は容易に覗くことができた。深く考えるとそれこそ彼女が脳内にこびりついてしまうから、俺は描きかけの思考を放り捨てた。
彼女の声は聞こえない。
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