第6話ー⑤「クレープ食べに行こう」

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 「おっはよぉー」 

 暁は夏の日差しをこれでも浴びたかのような表情で、教室に現れた。


 「Cela fait longtemps.晴那!」(お久しぶり!晴那)


 「カブレスギヤロガ」


 「それな」 

 久しぶりに集結する我がクラスのメンバーを横目に私は暁を見つめることしか出来なかった。


 「おはよう、妃夜!佐野っち!」 

 気まずい気分の私は視線を逸らし、彼女の言葉をしかとしてしまった。 友達のはずなのに、何でこんなことをしてしまったのか。 

 その時の私には理解出来なかった。


 「おーい、君たち、全校集会に行くぞォ」 

 担任が現れ、そのまま、始業式に向かうこととなり、列になって、体育館へと向かった。 

 その最前列の暁の姿はいつも通りで、何処かにこやかだったが、どうしてか寂しそうに見えたのは、きっと、気のせいだったと思う。


 体育館に集合すると暁は列を離れた。


 様々な部活の生徒が集まる中に、陸上部の方に暁も迎い、今日は表彰式も行われることは容易に想像出来た。 

 実力は県内有数と聴いてはいたが、此処までとは思いもしなかった。 

 一応、暁や朝さんの姿もあったが、全国での表彰は無かった。 

 噂によると2人とも、予選敗退だった。 

 教室に戻り、暁は何処か取り繕った笑顔で周囲と会話をしていたが、どうしても、距離を感じた私にはその声が届いて来なかった。


 午前授業なので、今日は部活以外の生徒は帰宅することを余儀なくされた。 

 暁も、朝さんと共に部活に向かったようだ。 

 暁は陸上部部長に任命されたと聴こえた気がするが、もうこんな私にかまってはくれないのだろうと言う虚しさと寂しさで胸が張り裂けそうになった。


 私も今日は図書委員の仕事も無いので、帰宅しようとした刹那、矢車さんが私に詰め寄って来た。


 「羽月さん!どうしましたの?ゴホン、えっと、こういう時フランス語でなんて」


 「ハナシススマヘンカラハヨセェ、ボケ」


 「今日、マリー口悪くね?」 

 いつの間にか、私の前にいつもの三人が詰め寄って来た。


 「部活前なんだけど、なになに?おもしろい話?」 

 何故か、加納さんまで近寄って来た。


 「何も無いよ。ただ、何て言うか。気まずいと言うか。暁になんて声かけたらいいのか、分からなくて・・・」


 「このお方、よくいる関係性すぐリセット系ヒロインなのですね。厄介ですわ」


 「そう言うなよ、天。夏休み、色々あったんだよ」


 「そうなんですの、存じ上げませんでしたわ。因みに私は」


 「Your stories never have a punchline.」 (お前の話はつまらない)


 「マリー、何言ってんだ?」


 完全に蚊帳の外にいるような気分なので、私は退席しようとした直後だった。  「おい、加納部長いるかぁ」 

 聞いたことのない女子にしては、何処かハスキーボイスに私は過去のトラウマで青ざめていた。


 「ごめん、噂は聴いてたけど、本当に誰?」


 「依だよ!春谷依!」


 後ろに少なくとも、数名の気配がする。 

 本能が振り向いたら、だめと直接訴えかけて来た。


 「それで幽霊部員が何の用ですか?」


 「吹奏楽部辞めるから」


 「話は済んだかよ。行くぞ、依」


 「うっす」


 後ろを振り向くことは出来なかったが、理解した。 

 あの不良がいる。私の髪の毛を引っ張ったあの彼女がすぐ近くにいる。 

 手にいっぱいの脂汗を掻き、私の背筋は何処か、冷えていく気がした。


 「そう簡単に部活辞めますじゃないんだわ」


 「あっ?」


 「どの面下げて、此処に来たわけ?」 

 いつもの優しい声色の加納さんとは思えない口調で、後ろの不良を見つめていた。


 「ち、違うんだ。マム!アタシはただ、その・・・。あれだ。こいつが辞めたいって言うから、こういうのはタイマン張って、勝ち取って来いって」


 「いや、それ不良漫画の読み過ぎっすわ。昔も今もありえないすけど」


 もう一人も聴き覚えがある。私の足を引っかけた不良だ。 

 どうして、こんなタイミングで・・・。


 「姉さん、いいんだ。これはわたしの問題だから」


 「じゃあ、先行ってるわ」


 「誰が、勝手に帰って良いって、言った?ハゲ」


 「そ、そうでしゅよねぇ、もうしゅわけありぃましぇん」


 どうしよう、帰りたい。何で、私の前でこんなことに?


 「じゃあ、どうやったら、辞めていいんだよ。部長!」


 「いや、普通に職員室に行って来なよ?私、部長だけど、そんな権限無いし」


 教室が一瞬にして、静寂が訪れた。


 「相変わらず、あの方」  


「やめろ、天。突っ込むな、可哀想だろ」


 背後からでも、分かる程、ハスキーボイスの動揺が見て伝わって来た。


 「わ、分かってるし、そんなつもりじゃねぇし!ケジメだし、ケジメ!」


 「いや、でしょうね。咲さんも何で止めないんすか」


 「オマエ、分かってたなら、止めろよ、バカ。盛り上がっちゃったじゃねぇか!」


 「勝手に盛り上がったの2人だけっすわ。アタイは乗らないとダメだったんで、乗っただけっすわ」


 何なんだ、この時間。本当にどうしたらいいんだ?


 「じゃあ、帰るわ。職員室行ってくるわ」 

 ハスキー達が、再度教室を後にしようとした刹那、加納さんから、観たことの無い表情で彼女達を見つめていた。


 「待てよ・・・。部活投げ出そうがなんだろうが、そういうのは今はどうでもいいだろうが」


 「何言ってんだ、加納?」 

 一瞬の沈黙の末、ハスキーが奇声を上げた。


 「てめぇ、夏祭りで姉さんがおんぶした秀才様じゃねぇか!」


 「はっ?」 

 何が起きたか、さっぱり理解出来なかったが、私はそれ以上の語彙を持ち合わせていなかった。 

 

 「何で、こんな所に。姉さんの恩義も忘れたクソ女が。礼の一つもあっても」


 すると加納さんが、後ろのハスキーのシャツの襟もとを掴んだ。


 「調子に乗るなよ、春谷。ムキムキになっただけで、心根が変わって無いなら、二度とそのツラ見せるな」


 「何のことだ、わたしには」


 「依、お前は少し黙ってろ」


 「でも・・・」 

 不良の言葉に、ハスキーはトーンが一気に低くなった。 不良の一人が、私の背面に現れ、言葉を掛けた。


 「振り向かなくていい。許して欲しいとは言わねぇ。アンタにやったことの重さをアタシもちゅうちゅう分かってるつもりだ」


 咬んで、何を言いたいのか、私には理解出来なかった。


 「あの、この茶番・・・」


 「天、空気読め、バカ」


 「これはアタシのケジメだ。本当にすぐ謝らなくて、ごめんなさい。謝るのダサくてというか、怖かったんだ。ごめんな。」


 「アタイも脚引っかけて、悪かったっすわ。空気に飲まれたとはいえ、本当にすまなかったっすわ」


 不良2人が律儀に私に謝罪して来た。 

 正直、今更謝った所で、私は忘れていた話を蒸し返されたことに腹が立った。しかし、それに対する言葉を私は返すことが出来なかった。


 「だけど・・・。あっーやっぱ、もうだめだ。限界だ」


 「中さん、もういいんじゃないっスか。謝ったし、あんまり長居すると」


 「姉さん・・・」


 どうして、こんな重苦しい空気のはずなのに、何処か、おかしなことになってる雰囲気なのは何故だろう? 

 不良は息を吸い込み、私に訴えかけるように、問いかけて来た。


 「私は晴那が好きだ。だから、勝負しやがれ。アタシとお前、どっちが晴那に相応しいか、体育祭で真剣勝負だ」


 「丁重にお断り致します」


 「なんでよぉぉぉぉ!」


 8月の終わりが近づいて来たその日、私は不良に変な因縁を吹っかけられた。 

 私の人生はまたしても、おかしな方向に傾いていた。

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