第6話ー②「クレープ食べに行こう」
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午後6時半過ぎの花火大会観覧会場。
花火会場に到着したはいいものの、想定通りというべきか、考えが甘かったというべきか。
既に席は満席で、座る余地など、何処にも存在しなかった。
「あちゃー、やっちった。妃夜が走らないなんて言ったから」
「それ以前の話でしょうが」
「そうだけどさ・・・」
私は無意識に手を放していた。
こんなにも求めていたはずなのに、何とも素っ気ない自身の行動が何とも情けなく思えた。
「帰りましょう」
「えぇー、此処まで来てぇ」
「もう、疲れた。正直、しんどい。暁の家に戻りましょう」
本音だった。余り、人混みを好まない私にとって、この混雑と慣れない状況は、精神的負荷が大きすぎた。
何より、席が無いと分かった現状で、これ以上の負荷は耐えられる気がしなかった。
「あっ、あの席、空いてるよ」
「えっ・・・」
帰りたかったというのに、どうやら、席が見つかったようだ。
三人座れそうな位置が空いていた。
「座ろう」
抵抗はあったが、疲れていたので、仕方なく、席に座ることにした。
やけに生暖かい熱気が感じられるのは、少し前まで、この席に誰かが居たのだろうか。
「さぁ、たこ焼き。そうだ、飲み物買ってくる。喉カラカラ」
「待ってる。私、お茶」
「りょーかい、直に戻るから」
暁は飲み物を買いに、その場を後にした。
私はようやく、落ち着けると思ったその刹那、全てを思い出した。 急に背筋に走る寒気に、気が大きくなり過ぎた自分を思い出した。
流れ流れで此処まで来たが、帰りたい欲求が、爆発し、自己嫌悪が体中を駆け巡った。
思い出す度に増えていく視線、異常な熱気、大音量のBGMに、私の体が痺れていくように思えた。 魔法の期限は既に切れているように思われた。
消えて無くなりたい。
「妃夜!妃夜!」
ふと、上を見上げると晴那がいた。
「帰ろう、今日は帰ろう」
「で、でも、花火が」
「いいんだよ、花火なんて。また、来年だよ」
暁は、しゃがみこんだ。
「おぶって帰ろうか」
「い、いやだ。みんなが」
しかし、体が思うように動かない。鈍痛が酷い。
「いいから。鼻緒が切れた人と思えば」
私は暁の背に乗り、彼女は立ち上がった。
「すいません、通りまーす!」
彼女の背に乗り、私は花火会場を後にした。
周囲の視線が気にならない位、私は疲弊していたようだ。
声が聞こえる気がするが、気のせいだろう。
やっぱり、ひよはひよのままだね。
ー何で、そういうこと言うの?
やっぱり、言うこと聴かなかったから。
ーうるさい。
ひよはありのまま、そのままでいいんだよ。
ーそれでも、わたしは・・・。
ドォォォ―ン
「えぇッ!」
「おきた?」
「えっ・・・。うん」
「歩けそう?」
「うん、平気」
会場から、少し離れた場所の休憩スペースに降りて、私は椅子に座り、一時休息を取った。
「ごめん、あたしが目を放したから」
暁の申し訳なさそうな表情に、私は言葉が出てこなかった。
私も変われる気がしていた。夏の熱気に当てられただけなのに。
「飲み物、これ飲んで」
ペットボトルのお茶だった。
「ありがとう」
私は暁から、ペットボトルのお茶を受け取り、キャップを開け、少しずつ飲み始めた。
「それと・・・」
花火がどんどん発射していく中、同じイスに座りながら、暁は何処か照れながら、ぼそぼそと話し始めた。
「今度、クレープ食べに行こう」
「えっ・・・」
「今日はこれ終わったら、凄い混むから食べにいけないけどさ。今度、クレープ食べに行こう。それでいいよね?」
頭を掻きながら、何処か照れくさそうな暁に、私は本音が出てしまった。
「いや、私そこまで、クレープに関心無いんだけど・・・」
「そこは関心持てよぉぉ」
何を言いだすかと思えば、そんな話だったかと思い、私は気が抜けた。
いつも通りの彼女に先ほどまでの私に戻っていた。
「そうね、そうしましょう」
私は勢いをつけて、立ち上がり、暁に視線を合わせた。
「帰りましょう。今度、クレープ食べに行こうね」
「うん!」
私は夏祭りの会場を後にした。
考えても仕方ない。私は私だ。
今は無理でも、あなたがいるなら、私はいくらでも変われる気がしていたんだ。
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