第4話ー⑥「キミだけがいない世界」

AM8時12分 

私たちは、私の服を一度、洗濯する為、暁家に訪れることになった。


 「たっだいまぁぁぁ!」


 「お邪魔します」 それぞれが、靴を脱ぎ、家に上がろうとしていた。


 「2度と晴那は殴らん、何なんだ、あの腹筋」


 「今日は随分、大所帯だな。ご飯出来てるよ」 

 その声は紛れもなく、ジャージ姿の暁のお兄さんだった。


 「ありがとー、食べよ食べよ」


 「あっ、茜帰る!かえら・・・」


 先ほどと真逆に、暁に片手で首根っこを掴まれる宮本さん。


 「今日は何も無かったよね?」 

 暁の表情は真剣そのものだった。


 「あ、は、はははい」 

 宮本さんも、すぐに堪忍したようで、それが分かると暁は手を放した。


 「よぉし、その前に妃夜はあたしの部屋に集合!着替え着替え!」


 「アタシはシャワー借りるぞ」


 「好きにして」


 「シャワーって、服は?」


 私の素直な疑問に、暁はいつもの口調で答えた。


 「あいつ、いつも泊ってるから、服も置いてあんの。変だよねぇ」


 朝さんは相当、疲れているようで、突っ込むことすら、やめて、風呂場に向かっていた。


 「茜も、シャワー浴びる?」


 「朝とだけは、絶対イヤ!部屋で待ってるし」


 「じゃあ、妃夜はその後・・・」


 私は即座に、暁の部屋に向かっていた。


 「もぉ~、冗談だってばぁ~」


 私は部屋の扉を開け、閉じこもろうとしたが、この部屋には鍵という概念は無かった。


 「入るよぉ」


 「あんたの部屋でしょ」


 「えっへへへ」


 ガチャンと扉を閉め、私と暁は二人っきりになっていた。


 「久しぶりだね」


 「服脱いでいい?ベタベタで、困る」


 「あたし、後ろ向いてようか?」


 「助かる」


 私は汗と水の混じった体操服を脱いだ。


 「ごめん、無理。あたしの体操服で我慢して。ちょっと臭いかもだけど」


 暁は一度振り向き、棚から取り出した体操服を、私に投げつけて来た。 

 それをキャッチすると私は代理ということで、その服を着用した。


 「ありがとう。って、普通に凝視しないでよ」


 「今考えたら、全裸じゃないじゃんって、考えてさ。オンナ同士なんだから、いいじゃんってわけ!」


 「そうだけど、何か、エロオヤジみたい」


 「えぇ~、まだ13なのに・・・ぐすん」


 「とりあえず、これで」


 私は食堂に向かおうと部屋を出ようとした時、暁はドアノブを遮った。


 「何するの?洗濯してくれるんじゃ・・・」


 「久しぶりなのに、何でそんなに素っ気ないの?」


 うっざという感情が久しぶりに湧いて来た。


 「走ったら、解散だったと思うんだけど」


 「いいじゃん、みんなでご飯食べたいじゃん!」


 「部屋から出して」


 「出すよ、ただ」


 久々の暁は何かが、おかしい。こいつがおかしくないことなんて、一度も無いけれど。


 「朝って、言えたじゃん。良かったね」


 急に私の頭がカーッと熱くなる感覚に襲われた。


 「それだけの為に、こんな茶番を?」


 「そうだけど?」


 「うっざ」


 「楽しかったでしょ?」


 「走るなんて、当面は嫌よ。あんたらと一緒にしないで」


 「えぇ~、でも、当面なんだね」


 「かっ」 

 揚げ足取りやがってとは、何故か言えなかった。


 「いやぁ、めでたしめでたしだね」


 「全然、めでたくない。いいでしょ、もう、部屋出ても」


 「待って」


 「次は何?」


 その時の暁の表情は、真剣ながらも、何処か、重く見えた気がしたのは、気のせいだろうか。


 「聴きたくないこと聴いて、ごめんね」 

 暁は涙を浮かべていた。


 「暁の言う通りだった。今も脚は重いし、脇腹は痛いけど、たまには悪くないね。走るのも」


 暁はドアノブから、手を放した。


 「だから、ありがとう。すっきりした。だから、泣かないで」 

 私がドアノブに手を触れ、部屋を出ようとした時だった。


 「妃夜、あたし、実はキミに言ってないことが・・・」


 「やめて」


 「妃夜?」


 「気を遣わないって、言ったでしょ。もしも、そんなに気を遣うなら、私、あんたと友達やめるから」 

 暁の言葉は、本気だった。きっと、彼女なりの責任の取り方なのだろう。 そうと分かっていても、私は遮らずにはいられなかった。


 「そうだけど、そうかもしれないけど」


 「朝さんに言われたの。もう少し、楽に生きなよって。それはあなたもでしょ?言いたくないことは言わなくていいよ。それに」


 「それに?」 

 暁は神妙な面持ちで、私を見つめていた。


 「私は今、お腹が空いているの。今はベーコンエッグが食べたいの」


 「なんだそれ」 

 いつもの暁の笑顔を取り戻したように、笑い始めた。


 「それでいいよ。暁は笑ってるのが、一番」


 「晴那、羽月さん、飯出来てるぞ、早く来い」


 「はぁーい、今行きます」


 お兄さんの声を聴き、私はすぐに食堂に歩を進めた。 

 暁は少し時間を空け、追いかけて来た。


 「そういえば、私のこと、キミって・・・」


 「何でもない!忘れて!」


 後ろ向きで、照れてる様子の暁は私を追い抜き、食堂に向かった。


 「あたしがベーコンエッグ作るからさ!ひ み つ!」 

 暁は振り向きながら、いつものような眩しい輝きで、私を見つめていた。

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