第2話ー④ 「どうにかなるさ」

 下駄箱まで走り切り、息も絶え絶えの私には後悔しかなかった。 気を遣うなと言っておきながら、これじゃあ、立つ瀬がない。


 連絡先を交換したくないわけじゃないが、そのタイミングが今と分かって、私は焦っていた。 未だに彼女に心を許していない自分と本当はどうしたいか、分からない。


 仕方なく、家に帰ろうと校舎を後にした私はいつものように、自転車置き場に向かっていた時のこと。

 モブ女が私の目の前に立っていた。


 「待ってたんだよ」


 「誰を?」


 「あんただよ!」


 「私を?」


 「真面目に聞いてんだよ、こっちは!」


 私のことが嫌いであろう彼女が、何故、私の目の前にいるのか。私自身、事態を上手く呑み込めていなかった。


 「要件は何ですか?暁さんのことなら、私は最後までやり切るわ」


 「何で、晴那なの?」


 それはこっちの台詞だ。何で、彼女は私なのかと知りたい位なのに、知る由もない。  

 「質問の意図が分からないわ」


 「あんた、晴那が好きなの?」


 好き?とはLIKEのことだろうか?LOVEの方なのか?一瞬では判断が付かなかった。


 「分からないよ、そんなの」


 「分からないクセに晴那といるわけ?何なの、あんた、本当に何がしたいの?」


 「好きじゃないとその人の隣には要られないの?私はまだ、自分の気持ちが分からないの。ただ、このままじゃダメだとは思っているのは確か」


 私の言葉にモブ女は怪訝そうな表情で凝視していた。 

 信じてはくれないだろう。それでも、今の私の答えはそれしか思い浮かばなかった。


 「あんたは晴那とどうなりたいわけ?本当に付き合うの?」


 「何で、付き合わないといけないの?女の子が一緒にいることって、普通のことでしょ?それがどうして、そういうベクトルに動くわけ?」


 溜息をついたモブ女は一度振り返り、また私の方に視線を合した。


 「あんた、嫌われてるよ。そういう煮え切らない態度してると益々、孤立するよ」


 「知ってるよ。それを決めるのはあなたではないでしょ?私にはどうすることも出来ない。私は彼女を信じたい」


 「何で、そんなこと言えるの?正気なの?付き合ってるなんて、女子同士だよ?しかも、晴那だよ?あんたが身を引けば、皆、平和になるの」


 モブ女は私に嫉妬もしている。きっと、暁を心配しているのだろう。その原因が私の所為で、彼女を孤立させたくないと思っての行動なのだろう。 

 だからこそ、此処で彼女に言わなきゃならない。言わなきゃ、彼女も変わることは無いのかもしれないのだから。


 「私は自分の見たことしか信じない。私の知っている暁晴那という人はそんなくだらない噂を鵜呑みにして、人の目を気にする人じゃないってこと。友達の貴方なら、きっと理解してくれること、分かってるんでしょ?宮本さん」


 軽く歯を食いしばりながら、私を見つめる宮本さんの視線は何処か、熱くも言い返せないもどかしさに燃えていた。


 「何も知らないくせに」


 「知らなかったら、友達になっちゃいけないの?」


 「何で、あんたなの?何で、あんたなの」


 「だから、そう言われても」


 「茜なんて、一度も家に行ったことないのに!」


 いや、知らねぇよと突っ込んでやりたくなったが、グッと堪え、私は彼女の話を聴くことにした。


 「何で、あんたばっかり、勉強教えて貰ったりして、ズルいよ。茜なんて、一度もあんな笑顔の晴那見たことないのに。あんなことするヤツじゃないのに、何であんたなわけ?こんなゲロ吐いて、髪引っ張られて、気絶するような女の何処がいいの?メンヘラ女のあんたが朱音は大嫌い!人に好かれる努力もしてないあんたに茜の・・・・アタシの何が分かんのよ・・・。晴那の気持ちも知らないクセに」


 彼女の言葉に私は言葉が出なかった。そういうつもりは一切ないのに、私は知らぬ間に誰かを傷つけていたのだと。 

 私は彼女を傷つけたことへの後悔でいっぱいだった。


 「あんたは必ず後悔するよ。晴那と付き合うってことがどんだけ、大変かってことが」


 「聞いて、私は暁さんと付き合うつもりなんて」


 「うそをつくな。だったら、何で晴那の誘いをあんなに断るんだよ?晴那の思いを無駄にして、あんた本当に何なの?そういう態度が晴那を苦しめてるの分かってんの?楽しんでるの?晴那を傷つけて、楽しんでるとしたら、アタシはあんたを許さない」


 「茜、もうやめて」


 後ろを振り返るといつの間にか、暁が駆け付けていた。 どうやら、宮本さんの絶叫が聴こえて、此処までやって来たようだ。


 「晴那・・・」


 「茜、ごめんね。あたしの所為だね。本当にごめん」


 「違う、そんなつもりじゃ・・・」


 「茜、あたしは羽月が好き」 

 こいつ、何言いだすんだ急にと静止しようと私は突っ込もうとしたが、直に暁の言葉が続いた。


 「茜だって、同じだよ。同じようにあたしは皆が大好きだよ」


 「嘘だ、晴那。最近の晴那はうそつきだ。本当は羽月を愛してるんだろ?そうじゃなきゃ、何でこんなメンヘラ女の何処が」


 「茜、取り消して」


 暁の言葉は真剣みを帯びていた。 宮本さんの瞳は少しばかり、怯えた物になっていた。


 「あたしはあたしの見た物だけを信じる。羽月はメンヘラでもゲロ女でもない。あたしの友達だ」


 ゲロ?どこかで聴いたような?


 「だから、取り消して。茜」


 暁の言葉に痺れが切れたのか?宮本さんは近くに置いてあった自転車に乗り込み、無言のまま、その場を過ぎ去っていった。


 「お前等、とっくにって、コラ、宮本!転倒したらどうするんだ、コラ」


 担任の石倉先生が駆け付けて来た。どうやら、この騒ぎを聞きつけたようだ。


 「宮本が羽月に絡んでるって、聴いたんだけど、無事か?」


 「無事です。何もされていません」


 暁は無言のままだった。無理もない。きっと、宮本さんだって、本心じゃないこと位、分かっている。誰もが誰かを好きなように、誰だって、誰かを気遣って生きているんだ。 

 それが上手く、噛み合わないだけで、簡単に拗れてしまう。それが人間関係なのだと。


 その後、石倉先生の説教を受け、私と暁は解放された。 

 暁は無言のままで、私は彼女に言葉を交わすことなく、彼女はそのまま、自転車に乗って、その場を後にしていった。


 「おい、羽月」 

 石倉先生は私を呼び止めた。


 「深く考えんなよ。人の気持ちなんて、その人にしか分かんないだからさ。考えても無駄なことは考えなくていい。どうにかなるさ」


 石倉先生の言葉は何処か、実態を帯びているような、何処か安心感があって、私は彼女の言葉を信じてみようと思った。

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