第1話ー⑤ 「みんな」
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完全下校の時間となり、私と暁は放課後、近くの公園のブランコで想いに更けていた。 こんなのは、もしかすると人生で初めてかもしれない。
「あんたの所為で、私まで怒られたじゃない。大体、私は被害者で泣かせた張本人はどちらかと言えば、あんたなのに。完全な巻き込み事故だわ」
「だって、若宮の所為で、羽月が嫌そうな顔してたから、つい。それに、若宮は来てた癖にもう一方は来てないんだよ?腹立つぅぅぅ」
「何で、あんたが切れるのよ?もう、いいよ。どうでも」
「だってぇ」
「考えたくも無かったし、謝るつもりが無いんだったら、その方が清々しい。何より、二度と会いたくないの。これでいいの、これで。それに、あの子で良かったわ。あの不良だったら、私は正気じゃなかったから」
あれから、あの不良に会うことは無かった。 どうやら、2人とも、不登校らしい。 噂では、あの不良が加納さんに脅されて以降、引きこもってるとか、幼児退行したとか、修行の旅に出たとか、真実は謎のままである。
「ごめん」
今日の彼女は何かがおかしい。何だか、気持ちが悪い。
「私こそ、ごめんなさい」
「な、何で?羽月は何も」
「あんたのそれよ。何で、私に気を遣うの?私たち、友達じゃないの?友達って、気を遣い合うものなの?違うでしょ?一緒に楽しいことを共有するもんじゃないの?」
「羽月・・・」
「ごめん、言い過ぎた。あんたのそれが、同情でも、哀れみでもないことは分かってる。素直に私を元気づける為だってこと。けど、私分かんないの」
私には友達がいた。小学生の頃はいたはずだった。 よく覚えていない。ほんの少し前のことなのに。その時の記憶はない。
原因はあれの所為だろうか?私はいつの間にか、1人になっていた。 寂しいと思ったことは、一度も無かった。
それからは、誰も私に近づいたりしなくなった。皆、私に対し、憐憫の情を掛けるようになった。同級生も上級生も保護者も担当教師も。
小学校の頃の同級生は間宮さん以外の顔を思い出せない。私は誰も信じない、誰にも頼らない、私を助けてくれるのは、人ではなく、勉強なんだと。
「あなたの優しさが怖いの。あなたが優しくすれば、する程、私は弱くなる。一度、受け入れたら、私は・・・私は・・・勉強しか出来ない自分を否定することになる。また友達がいなくなったら、1人になるのは、もう嫌なんだ・・・」
「ごめん、羽月」
ブランコから飛び降り、羽月は私を抱きしめようとして、触れようとしたその手を止め、拳を握りしめた。
「やっぱ、ダメだ。羽月を傷つかせたくない。本当なら、抱きしめたい、慰めたい、気持ちを分かち合いたい。そうしたら、そうしたいのに、悔しいな」
「暁・・・」
暁は泣いていた。一筋に光る涙は、吸い込まれそうな輝きを持っていた。
彼女の涙は、先ほどの彼女と違い、何処か寂しくも、悔しさが滲んでいた。
「あたしは羽月の為に何も出来ない。本当は羽月の助けになりたかったのに、空回りしてばっかで、何も出来ない。羽月は一人だから、私が頑張らなきゃって、勘違いしてた。私は、羽月の気持ちを無視してた。ごめん、ごめんね」
私はブランコから立ち上がり、無意識に正面に立つ暁に近づき、ハンカチを取り出し、彼女の涙を拭っていた。
「羽月?」
「私、嬉しかったの。本当は嬉しかったの。私の為に助けてくれる人がいる、私のことを考えてくれる人がいる、こんな私の為に泣いてくれる人がいる。それが嬉しかったの、だけど、素直になれなくて、変な意地を張ってしまったの。だから、だから、その、えっと・・・」
「言って、羽月の言葉を聴かせて」
私もいつの間にか、彼女に誘われるようにもらい泣きをしていた。
私は拭ったハンカチを下げ、逃げずに彼女の視線に合わせ、私は真っ直ぐな表情で見つめた。
「今度、私と勉強しよう!私にはこれしかないから!私とテスト勉強しよう」
暁は泣きながら、いきなり、大笑いを始めた。
「いや、そこは一緒に遊ぼうとかじゃないのかよ。本当に羽月は真面目だなぁ」
「だって、テスト期間なのよ。ちゃんと勉強しなきゃ、ダメでしょ?」
「お母さんかよ」
「お母さんって・・・」
13歳でお母さんになってしまった私の心情は複雑の極みだった。
こちらは、真剣に言ったのに、笑われる道理はないはずだ。勉強は学生の本文だから、それなのに。
「冗談だよ、冗談。今は勉強しなきゃダメだよね。泣いてる場合じゃない」
暁は勢いよく、腕で涙を拭っていた。
いや、分かってたけど、分かってるけど、分かっていたのか?私?
お互い、涙で顔はぐしゃぐしゃだったが、何処か気持ちは晴れやかで、清々しい気持ちでいっぱいだった。
「ようやく、友達らしくなって来たね」
私が言おうとした言葉を彼女は何の躊躇も無く、言ってしまう。 この感情は何だろう?人生経験の少ない私には、分からなかった。
「いやよ、泣き合うなんて。こんな形で友達らしくなるなんて・・・は、恥ずかしいし、何か、情けない」
笑みを浮かべた暁は自身のリュックから、ティッシュを取り出した。
「あげる!使いなよ」
いやよとまた拒絶しかけた私は彼女の善意を初めて受け入れた。
「ありがとう」
私はティッシュを取り出し、鼻を噛み、そして、涙を拭いた。
「それじゃあ、羽月。明日から、勉強だね。宜しく。」
「宜しく。それで、何が分からないの?」
「保健体育と家庭科以外、全部!!」
私は今すぐ、さっきの醜態の記憶を消して、やり直したい。
言わなきゃ良かったと心底、実感した。
「本日の営業は終了しました。またのご来店お待ちしてます。それでは」
逃げ去ろうとする私を暁は、周り込み、ブロックするような態勢で静止していた。
「勉強するんだよね?そう言ったよね?ねっ?羽月さん?」
「あははははは・・・・はい、言いました。お約束致します」
「ありがとね!」
誰もいない夕方の公園、涙を流しながら、お互いの弱い所を認め合った。 抱き締めることも出来なければ、温もりを確かめることも出来ない。
けれど、私たちは友達になれた。至らない所ばかりだけど、通じ合うことが出来たのだ。
こうして、私羽月妃夜と暁晴那は本当の友達となり、そして、彼女の家庭教師をやる羽目になった。
ど う し て 、 こ う な っ た ?
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