プロローグ‐②

 3

 目が覚めると保健室のベッドに横たわり、一人起き上がった。


 「5時限目!」


 「休んでていいのよ、気絶してたんだから」

 保健室の養護教諭からの言葉は、甘く甘美な美声により、ここが現実と即座に理解した。


 「で、でも・・・」

 「授業一つ出なくても、死ぬことはないから」

 それ言っていいのかと突っ込んでしまいそうな心を押し殺し、私はとりあえず、ベットで二度寝をしようとした。

 

 「それと暁さんと朝さんに感謝しなさいよ。2人がここまで運んでくれたんだから。」

 まただ。また、人気者が得点稼ぎの為に人助けをした。そんなに褒められたいのか、そんなにいい人であることに固執したいのか?

 同時にそうじゃないと心の何処かでは、分かっていても、私は軽く舌を噛み、うざと小声でつぶやいてしまった。

 

 仕方なく、そのまま私は瞳を閉じて、再び微睡に堕ちて行った。


 気が付くと授業は終わっていた。私は相当、疲れていたらしい。

 目をこすりながら、私は起き上がり、ここが何処だか、分からなくなる一歩手前で、すぐさま、保健室であることに思い出した。


 「おはよう、羽月さん。元気になった?」

 「お、おはよう、間宮さんだったんだ。」

 間宮さんは、病弱で、保健室登校をしているが、成績は私と同じ位、優秀な人だ。

 どうして、其処まで、優秀なのかは、学校の誇る謎だ。


 「もう、平気そう?」

 「う、うん・・・。何とか」

 今日はいつになく、色んな人に話しかけられる日だ。

 その上、2時間も授業をすっぽかしてしまった。私も間宮さんだったら・・・。


 不意に担任が現れが静かに扉を開いた直後、隣のベッドにいた間宮さんは布団に潜り込んだ。

 「よぉ、ゆっくり眠れたか?」


 「先生、その・・・」


 「親御さんが迎えに来てくれることになったから。準備は後で加納に任せたから」


 「そう・・・ですか」


 担任は、私の体質のことを知っている。当然、この養護教諭も知っている。

 間宮さんは、私と同じ小学校だったので、私が男子とのやり取りに巻き込まれた時に、気分が悪くなった時のことを覚えているはずなので、心配なことは今の時点では無かった。


 噂にならないのは、皆が私に対しての憐憫の情によるものだろう。

 申し訳ない気持ちと情けない気持ちの板挟みだった。私が強かったらといつも考えてしまう。親にも、頼りたくは無かったが、致し方ない。

 まさか、触れられて、気絶するなんて、人生で初めてだった。


 「ごめんなさい・・・。」

 「なんで、謝る?悪いのは、中村と梶野だろ?羽月は何も悪くないよ。」

 担任の言葉が優しい。そう言ってしまえば、きっと、生徒を納得出来ると思っての定型文だろうが、私には響かなかった。

 私は下を向き、軽く舌を噛んでしまい、涙を流していた。

 私の眼鏡は伊達だ。視力は1.5でいい方だ。

 伊達眼鏡をするのは、優等生と思われたいとか、そういうのではなく、人の嫌な所ばかりを矯正するつもりで掛けている。

 

 本当は分かっている。皆、良かれと思って、生きている。それがどんな不利益を産んでも、利益が出なくても、行動する。

 それが人間だ。頭では分かっていても、何でか、そう考えてしまうといつも、頭に靄が掛かってしまう。何でだろう?

 その後、私は眼鏡を外し、父親の乗る車に乗り、無言のまま、家路に着いた。

 本当は図書委員の仕事とか、ノートを書き写したかったが、それ所では無かった。今日の所はようやく、帰れると思ったのが、本音だ。

 

 「おかえりなさい、何か食べる?」

 「いらない」

 本当はプリン食べたいと言いたかったが、甘えていると思われたくなかった。

 私はそのまま、自室に戻り、ベッドに倒れ込みたい衝動を抑え、明日の準備に取り掛かる為、机に向かい、そのまま、席に腰掛け、勉強を始めた。

 明日は塾だ。宿題も終わらせたものの、一応、確認の為と思い、チェックも行った。万事、揺るがない、これでいいのだと自分に言い聞かせた。

 勉強は嫌いではないが、特段好きでもない。しかし、今の時代、何も出来ない人間は淘汰されるのが、オチ。

 けれども、成績だけで、人は決まらない。暁さんがそうだ。彼女は、成績がいいわけではないが、その分、陸上部のエースとしての活躍が認められている。

 地区大会も優勝し、県大会出場を決めている我が校が誇るエースだ。

 それに引き換え、勉強だけが取り柄の私がどれだけ、頑張っても、何でも出来る人には敵わない。私はやるしかないのだ。

 頑張らなきゃ、何も守れないのだから。


 4

 翌朝、いつものように、髪をセット、着替えを済ませ、食事を取り、歯を磨き、身支度を済ませた。

 昨日の一件のこともあり、自転車は学校に置いたままだったので、父親に送迎されることとなった。

 母親は、いつものように、弁当を渡し、いってらっしゃいと呟き、見送ってくれた。

 車中でも、会話は少なく、父親からは、無理するなよと言われた。

 うんと短めに呟きながら、休んで、勉強に乗り遅れたくないという気持ちが強かったので、今は頑張るしかないと思った。

 到着し、ありがとうと手短に感謝を伝え、私は教室へと向かった。


 「おっす、ひよっち、おはよう」

 下駄箱には、加納さんとその他のクラスメイトが数名いた。

 「おはよう、加納さん。昨日のノートなんだけど」


 「いいよ、焦らず、やろ」


 「えっ・・・、うん。」

 今日はうんばっかりだ。どうやら、言葉を発したくないらしい。

 朝のうちに、それは難しそうなので、とりあえず、加納さんのノートを貸して貰った。

 

 本当は怖い気持ちが強い。また、髪の毛を引っ張られたらと思うだけで、とても恐ろしい感覚が消えて無くならない。

 一応、今の授業にはついていけているが、この傲りが、後々、大変なことにならないと信じたいばかりだ。


 教室に到着した後、私はすぐざま、自分の席に着いた。

 加納さんから、ノートを貸して貰い、昨日の英語から、書き写し始めた。

 ノートを書き写しているといつものように、暁さんが現れ、私に視線を合わせようとしていた。

 私は彼女に一応、礼を言わないといけない。

 しかし、それを遮るように、ブロンド女が現れ、彼女の顔が少しばかり、歪んでしまった。

 

 今はノートを書き写さなければと思い、ペンを奔らせた。

 その刹那、聴こえて来た声に私の体は硬直した。

 「ねぇーねぇー、聴いた?昨日、秀才様、中村に髪引っ張られたって」


 「知ってる知ってる。それで失神したんでしょ、キッモ」


 「ははは、それな、そんなことある?」

 廊下側から、聴こえる声。別のクラスの名前も知らない女子の他愛のない会話に私の心は大きく揺れた。


 フラッシュバックするのは、あの時の記憶。

 髪を引っ張られ、考えがまとまらず、思考がクラッシュするような感覚。


 6月だというのに、とてつもない悪寒と冷や汗に早く脈打つ心音。思い出す度に繰り返されるあの記憶。

 周りでは、加納さんが何かを言っているが、聴こえない聴こえない、聴こえない、聴こえない、何も聞こえない・・・。

 深い海に堕ちて行く感覚に、私は目をふさいでしまった。

 頭を抱え、私は負けたくない、負けたくないと考えてしまう、私はもう、ダメなのかもしれない、わたしはもう・・・・。


 「お前等もアイツと同類だってこと、忘れるなよ」

 意識が途切れそうな私の聞こえたその言葉の意味を私は・・・・。

 悪い夢を見た。私が黒く染まっていく夢だ。どうしようもなく、形も歪で、歪んでいくような。

 いつからだろう?他人を信じられなくなったのは?いつからだろう?人に触れられるのが怖いと思うようになったのは?

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