犬と鰯と回転草

HerrHirsch

第一話 交わり

犬と鰯と回転草。

本来交わるはずのない三つのものが、


『交わってしまった』



「はは、はははは!」

僕は決意した。全てを殺し、僕も死ぬ。

「…くぅん。」

曇天の空から差し込む白い光を浴びて、窓際のベットの中、高笑う僕と、それを心配して寄り添ってくれる飼い犬の小和〔こより〕。

「……小和。付き合ってもらうよ、僕の我儘にさ。」



僕の名前は早栗〔わさぐり〕彗〔すい〕。国立総合科学研究所の一級研究員である。生物学を専攻し、遺伝子組み換え技術を用いて数多くの食品製造に携わり、日本の食料自給率を96%にまで引き上げた天才的英雄。それが僕に対する世の評価であった。

僕は、幼いころから遺伝子組み換えに接していた。両親が生物学教授であり、毎日生物倫理学について熱い討論を交わしていた。そんな環境で育てば、自然と子供も研究者への道を選ぶ。自然科学部で遺伝子学を学び、大学院に入るころには新種のコメの作成に携わり、卒業論文として自身の作りだした日本の気候に合わせたコムギの開発を提出し、政府の食料自給率倍増計画で有識者として、そして農林水産省の特別アドバイザーとして力を尽くし、計画を目標の半分の期間で完遂して見せた。それは僕の自信となり、この総科研に入ってからも積極的な研究を続け、功績を重ねた。

ノーベル生理学・医学賞だって最年少の30歳で受賞した。【遺伝子組み換えによる自然淘汰加速プロトコルの開発】が受賞理由だ。僕の研究分野である遺伝子組み換えは、この時注目度が最高潮に達した。


それが、まずかった。カルタヘナ議定書で定められた遺伝子組み換え物輸出時での事前同意。これを取り払う動きが急激に活性化、カルタヘナ議定書が加盟各国により破棄・失効した。

遺伝子組み換え物は活発に取引されるようになり、生態系は新しい形へと移行した。僕も警鐘を鳴らしたけれど、とてもじゃないが抑えられるムーブメントじゃなかった。環境テロリストたちも環境活動達も、次第に声を抑えるようになっていった。もう、生物環境を守るものは何もない……。


2053年5月8日。僕の32歳の誕生日を祝う会が、出向先のオーストラリアのパースで開かれた。その日が、世界の終わりの始まりだ。

僕は、誕生日ケーキを1ホール平らげたころで連絡を受けた。

『総科研をテロリストが襲った』

僕は顔面蒼白のまま太平洋を飛んだ。現場は最悪だったよ。僕にとって最悪の出来事だった。同僚が何人も墓石の下に埋まった。それよりも、それ以上に、盗られた相手が悪すぎた。

反政府主義国際テロリスト集団、【星恵〔ホシノメグミ〕】。アラブ地域を活動の中心とするテロ組織で、人類の滅亡さえ厭わないとても過激な集団だ。

彼らは、僕らの研究していた、『最凶の遺伝子組み換え生物』を持ち出してしまったのだ。

それが、【ニホンスイイワシ】。僕の名前が入った、とても強力な鰯だ。マイワシを基に作った遺伝子組み換え生物なんだけれど、この生物の特徴は、急激に成長して産卵と共に親は死亡、恐ろしい速度で進化を続け、生息域を拡大する生物だ。


それからの一年、世界は地獄に変わった。鰯は進化を続け、陸上へと進出し、各国の軍は結束してこれを撃破することに努めた。だが、被害は甚大だった。僕の作り上げた、生物の進化の究極を詰めたスイイワシは、制海権を握り、各国の貿易は空路に限られた。

この状況を打開する方法。それを求められた僕は、国連総会でこう言った。

「目には目を、歯には歯を。LMO(遺伝子組み換え生物の英語略称。Living Modifeied Organism)にはLMOを。」

そう、僕は彼らに対処するには、遺伝子組み換え生物による対処しかないと結論付けた。通常兵器による攻撃は彼らの増殖スピードに遠く及ばず、核兵器による殺害も地球が崩壊する方が早い。その他の様々な手段も併用しつつ、最も効果的なのは、彼らの天敵を作り出すことだ。


だが、それも失敗に終わった。研究の最終段階で、再び彼ら【星恵】に襲撃され、その研究データは悪用された。

【ワサグリカイテングサ】。陸上・水上を高速で波風に乗って移動する、特定の生物にだけ効く毒物を持った葉を生み出す草。ムラサキという多年草を基に作り出した草で、回転しながら種を蒔き、その地に根を下ろし再び草花を芽吹かせ、枯れては波風に身を委ねる。もちろんその『特定の生物』はニホンスイイワシニしていたのだけれど、そこは流石に総科研を狙ってきただけはある。星恵は対象を人間に書き換えて、世界中にばら撒いた。


僕は鬱になった。毎日布団から出るのも億劫に。仲間は、みんな死んだ。僕は当日、国連安保理に計画の進捗を伝えるために空の上だった。

あんなにひどいことはない。守衛も、同僚も、所長も、一様に皆殺し。総科研のメンバーは、僕と一緒に空を飛んでいた数人以外、皆天へ行ってしまった。

僕の憂いは次第に憎しみへと変わり、遂には殺意へと変わった。僕の全てを奪った星恵。彼らを殺し、僕の子である二種の生物をこの星から根絶し、そして、それらを生み出した僕も死ぬ。

僕と、こいつと、共に!

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