第7話

三田村香織と伊藤真紀は、福岡の信用金庫で共に働いていた頃からの親友だった。職場での出会いは偶然だったが、二人はすぐに意気投合し、お互いに深い信頼と友情を築いていった。香織の鋭い洞察力と冷静な判断力は、真紀にとって頼りになる存在であり、真紀の柔らかい心と感受性は、香織の心の支えとなった。


彼女たちは仕事が終わるとカフェでお茶をしながら、日常の些細な出来事から、将来の夢まで語り合った。香織が探偵事務所を開業することを決意した際、真紀は真っ先にその背中を押してくれた。真紀の夫、清志が事故で亡くなった後も、香織はずっと真紀の側に寄り添い、彼女の悲しみを分かち合った。


真紀がインドのガンジス川で再生の儀式に参加することを決意した時も、香織はその旅を心から応援した。そして、真紀が帰国後にヨガ教室に通い始めたことも、香織は彼女の新たな一歩として見守っていた。しかし、真紀が突然の死を遂げた今、香織の心には深い悲しみと共に、彼女の死の真相を解明する強い決意が宿っていた。


真紀の葬儀が静かに執り行われた後、香織と涼介は彼女の自宅で彼女が残したものを整理していた。清志との思い出が詰まった家は、今や静寂に包まれており、二人はその静けさに一層の寂しさを感じた。


リビングの片隅で、香織は何気なく一枚の絵画に目を留めた。それは真紀がインドから持ち帰ったものであり、額縁に収められた「再生の川」と題された絵画だった。


ガンジス川の穏やかな流れが描かれたその絵画は、見る者に深い静けさと神秘を感じさせた。香織はその絵画に見入ると共に、何か不思議な力を感じた。


「涼介、この絵…まるで真紀の心を映し出しているようだわ。」


涼介もまた、香織の隣に立ち、絵画を見つめた。「確かに、この絵には何か特別なものがある。もしかしたら、真紀の死に関わる手がかりが隠されているのかもしれない。」


二人は「再生の川」の絵画を慎重に調べることにした。額縁を外し、絵の裏側を確認すると、そこには何か書かれた紙片が貼り付けられていた。その紙片には、インドの美術史家アミタ・パテルの署名と共に、絵画にまつわる詳細が記されていた。


「この絵画は、ガンジス川の神聖さと再生の力を象徴している。しかし、この絵にはもう一つの秘密がある。それは、再生とは時に犠牲を伴うものであるということだ。」香織は紙片の内容を読み上げた。


「犠牲…」涼介は深く考え込んだ。「もしかしたら、真紀が何か重要なことに気づいてしまったのかもしれない。」


その夜、香織と涼介は警察から連絡を受けた。真紀の死因に関する検視結果が出たという知らせだった。警察署に向かうと、担当の刑事が二人を迎えた。


「三田村さん、藤田さん、お待ちしていました。真紀さんの検視結果ですが、体内から微量の毒物が検出されました。この毒物は、インドの特定の植物から抽出されたもので、非常に希少です。」


香織と涼介は驚愕した。「毒物…それが真紀の死因だということですか?」涼介が尋ねた。


「そうです。現在、その毒物の入手経路を調査中ですが、何か手がかりはありますか?」


香織は「再生の川」の絵画に関する情報を刑事に伝えた。「この絵画が何か関係しているのかもしれません。真紀がインドから持ち帰ったもので、裏に書かれたメッセージもありました。」


刑事は頷いた。「それは重要な手がかりかもしれません。この絵画を詳しく調べる必要があります。」


数日後、再び警察署からの連絡が入った。香織と涼介は警察署に向かい、先日の刑事に再会した。


「三田村さん、藤田さん、あなた方にお願いがあります。」刑事は真剣な表情で話し始めた。「我々も真紀さんの死因を解明するために最善を尽くしていますが、あなた方の力を借りたいのです。」


香織は驚きながらも頷いた。「私たちができることがあれば、もちろん協力します。でも、具体的には何をすればいいのでしょうか?」


刑事は深く息をついてから続けた。「真紀さんがインドでどのような体験をし、何を手に入れたのか、詳しく調査してほしいのです。現地での情報収集は我々には限界がありますが、あなた方なら現地での調査を円滑に進められるはずです。」


涼介もその提案に賛成した。「確かに、現地での調査が必要ですね。私たちがインドで真紀の足跡を辿り、彼女がどんな状況に直面していたのかを明らかにします。」


刑事は感謝の意を込めて頭を下げた。「ありがとうございます。あなた方の調査が真紀さんの死の真相を解明する鍵になると信じています。どうか、よろしくお願いします。」


香織と涼介は、刑事の依頼を受け入れ、インドへの旅を計画し始めた。彼らは真紀の死の真相を突き止めるため、ガンジス川のほとりに行き、アミタに会う決意を固めた。


「真紀のために、必ず真実を見つけ出すわ。」香織は涼介に向かって決意を新たに語った。


「そうだな、香織。彼女の死が無駄にならないように、全力を尽くそう。」涼介もまた、固い決意を持っていた。


ガンジス川の静かな流れに再び戻ることで、彼らは真紀の死に隠された謎を解き明かし、再生の力を見つけるための旅を続けるのであった。

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