【文披31題】芙蓉の影、夕化粧の残香
野村絽麻子
夕涼み
まだ夏本番とはいかないまでも、日中はもう、だいぶ気温が高い。さすがに朝晩はひんやりとした風が吹くので、こうして湯上がりの体の熱を冷ますのは心地よい。遠くに浮かぶ山の稜線はもう夕闇と見分けがつかない。
りいりいと虫が鳴き、庭の草むらで何かが跳ねる気配がした。虫かぁ。鳴き声だけなら良いんだけど、部屋に上がり込まれたら面倒だ。そう言えば藪蚊が出るのも嫌だ。明日の昼間にでも、草むしりをしておかないと。
「あら、夕涼み?」
不意に、耳元でハッキリと声がする。途端に僕は跳ね起きて辺りを見回し、更には居住まいを正す。首元がてろんと伸びたTシャツを着るのもそろそろやめようか、なんて思う。
「ユリさん」
返事はない。そっと息を止めて耳を澄ましてみても、足音も、姿もないのだ。まだ。
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