【文披31題】芙蓉の影、夕化粧の残香

野村絽麻子

夕涼み

 玉坂たまさかの家はそこそこ広い庭を備えた古い平屋で、築年数はゆうに六十年を超えている。早めの風呂からあがって広縁の板の間に寝転んだ。頭の下には二つ折りにした座布団を挟んで、うちわを使って、シャツの中に風を送る。

 まだ夏本番とはいかないまでも、日中はもう、だいぶ気温が高い。さすがに朝晩はひんやりとした風が吹くので、こうして湯上がりの体の熱を冷ますのは心地よい。遠くに浮かぶ山の稜線はもう夕闇と見分けがつかない。

 りいりいと虫が鳴き、庭の草むらで何かが跳ねる気配がした。虫かぁ。鳴き声だけなら良いんだけど、部屋に上がり込まれたら面倒だ。そう言えば藪蚊が出るのも嫌だ。明日の昼間にでも、草むしりをしておかないと。

「あら、夕涼み?」

 不意に、耳元でハッキリと声がする。途端に僕は跳ね起きて辺りを見回し、更には居住まいを正す。首元がてろんと伸びたTシャツを着るのもそろそろやめようか、なんて思う。

「ユリさん」

 返事はない。そっと息を止めて耳を澄ましてみても、足音も、姿もないのだ。まだ。

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