第六話:間が悪い陽翔

 プリを撮影し終えた俺達は、ショッピングモールから出ると近くのカラオケ屋に入った。

 案内されたのは、二人用のあまり広くない部屋。

 俺と美桜はやや間隔は開けているものの、横並びで座っている。

 この間の公園のベンチでもそうだったけど、やっぱりこの距離感はちょっとドキドキするな……。


「それで、ハル君の服の話なんだけど」


 部屋に入り一段落した所で、美桜がそう切り出してくる。

 そうだ。歌うのも目的だけど、本題は別だったな。


「あー。話す前にひとつ、頼みがあるんだけど」

「何?」

「この話は、俺達の間だけの秘密にしてくれないか? 周囲にこういう話が広まるのはよくないからって、作ってくれた人から口止めされてて」

「うん。わかった」


 俺が予想外のことを口にしたからか。美桜の表情に真剣味が増す。

 まあ、こいつなら信用できるし、大丈夫だろ。


「それで。その服はどこで買ったの?」

「えっと、買ったっていうより、貰ったっていう方が近い気がする」

「え? 貰った? そんな素敵な服を?」


 美桜がきょとんとするけど、まあこっちも同じ気持ちだ。

 ちょっと苦笑しながら、俺は話を続けた。


「美桜は『Standingスタンディング Tallトール』って店、知ってるか?」

「えっ!? スタトル!?」


 問いかけに目を丸くした美桜。店の略称を口にしたって事は、知ってるってことだよな。


「ああ。そこで先輩達が無理を言って男子向けのオーダーメイドの交渉してくれたんだけど。丁度その店に、社長のYUKINOさんって人が来てて。俺達の話を聞いたら、服をデザインしてくれるってだけじゃなく、俺にある提案を受けてくれたら作ってくれるって言い出したんだ」


 話を聞くうちに、みるみる美桜がどこか釈然としない顔になっていく。

 まあ、急にこんな話をすれば、そんな顔にも──。


「えっと……その時、こう言われなかった? 『専属モデルになってくれたらいいわよ』って……」


 え? 何でそれを知ってるんだ?


「あ、ああ。言われたけど……」

「やっぱり……」


 突然のことに動揺し、素直にそう答えると、美桜は呆れながらも納得した顔をする。

 という事は、これってつまり……。


「なあ。もしかして、お前の服もか?」

「う、うん。YUKINOさんが同じ提案してくれて、それで……」


 あいつの答えを聞いて、俺は妙に納得してしまった。

 私服のにしては、かなり目立つ俺達の服。だけど、並んで立つと予想以上に違和感がなく、しっくりくるデザインだったんだよ。

 つまりあの人は俺と美桜、両方の話を聞いて、敢えてこのデザインにした可能性が高いって事……。


「ちなみにお前、YUKINOさんと知り合いだったのか?」

「ううん。誰とは言えないけど、知り合いがYUKINOさんと知り合いで。その伝手で紹介してもらったの」

 

 少し戸惑いながらもさらりとそう口にしたって事は、多分そこに嘘はなさそうか。そう考えると、本当に偶然でこうなったって事だよな。


 まるで、神様のくれた奇跡。

 だったら、この機会を少しでも活かせれば……。


「そっか。ごめんな。言い難い話を聞いちゃって」

「ううん。こっちこそありがと」

「じゃ、そろそろ歌うか?」

「そうだね」


 俺は神様とYUKINOさんに感謝しながら、俺達は互いに選曲用のタブレットを手に取る。

 さて。問題はどこで『キミの背中』を歌うかだ。

 一曲目からは流石にちょっと緊張してるし、もう少し喉が温まってからがいいよな。

 とはいえ、あんまり引っ張るのもなぁ。

 そう考える三曲目辺りがベストか?


「ね、ハル君。あたしから入れちゃっていーい?」


 画面を見ながら頭を悩ませていると、美桜がそう尋ねてきた。

 へー。結構乗り気なんだな。


「ああ。決まってるなら」

「おっけー。じゃ、先に入れちゃうね」


 軽く返事をしたあいつが、先にぱぱぱっとタブレットを操作し曲を入れる。

 手慣れてるな、なんて感心しながら、。再びタブレットから曲の一覧を眺めていると、耳に届いた聞き覚えのあるイントロ──ってこれ、『キミの背中』じゃないか!?


 思わず顔を上げ画面を見ると、そこには予想通りのタイトルが。

 美桜ってこの歌を知ってたのか!?

 知っている限り、そこまでマスチル好きだった印象なんてないんだけど……。


「たーまにー見かーける、君の背中はー、近いはーずなーのに何時も遠いー」


 あまりに予想外のことに愕然としているうちに、美桜が歌い始めた。

 あいつらしい綺麗な歌声。それはこの歌に凄くマッチしてる。

 どこか歌い慣れた感じからも、きっとこの曲を以前から知っていたんだろう。


 にしてもだ。よりにもよって、美桜に向けて歌おうと思ってた曲が被るとかあるのかよ!?

 そんな衝撃から立ち直れないまま、だけど素敵な美桜の歌声に耳を傾けているうちに、あっという間に困惑と至福が入り交じった時間は終わりを告げた。


 最後までしっかりと歌い終えた美桜が、マイクを下ろすとこっちを見る。


「ね? どうだった?」

「あ、ああ。めちゃくちゃ上手かったよ」

「そっか。良かったー」


 ほっと胸を撫で下ろした美桜に、俺も何とか笑みを浮かべる。

 だけど、内心は複雑な気持ちだった。

 きっとあいつは、この歌に俺のような想いなんて込めてない。

 そんな残念な気持ちと、タイミング悪く歌おうとした曲が被ったガッカリ感が重なる。

 折角うまくカラオケに持ち込めたってのに、ほんと俺もつくづくツイてないな……。


「次はハル君の番だよ」


 こっちの気持ちに気づかず、美桜が期待に溢れた目を向けてくる。


「あ、悪い。すぐ選ぶから」


 って、そうだ。次何を歌えば良いんだ!?

 持ち歌を奪われた今、俺は慌ててタブレットで色々と検索をかける。


 で。結局俺はこのカラオケの間、以前家族で一緒にカラオケに行った時に聞かせた、無難かつ俺の好きなアーティストの曲を歌いこなしたんだけど。自分の計画が頓挫したショックを引きずってて、他に想いを伝えられそうな曲を選ぶなんて機転は浮かばなかった。


      ◆   ◇   ◆


「うーん! めっちゃ歌ったー!」

「そうだな」


 三時間ほど歌い続けた俺達がカラオケ屋を出ると、少し日が西に傾き始めている。

 もう少しすれば、綺麗な夕焼け空が見れそうな時間。


「しっかし、お前ってやっぱり歌上手いよな」

「そうかな?」

「ああ。どの歌もしっかり歌いこなしてたし」


 二人で駅前に向け歩道を歩きながら、俺はあいつを見上げそう褒めてやる。

 美桜が歌った曲は、最初のマスチル以外はほぼ女性アーティストの曲。どれも恋を題材にした歌が多かったけど、女性の曲だとよくある感じだと思ってる。

 そのどれもをきちっと歌い上げていたこいつの歌唱力は、やっぱり本物。今の服でアイドルデビューとかしたら、結構売れるんじゃないか?


「そっか。ありがと」


 素直に褒められて気恥ずかしかったのか。

 はにかむ美桜の顔に少し見惚れていると、あいつがこう返してきた。


「でもー、ハル君も上手だったよ」

「そうだといいんだけどな」

「もー。自信持ちなってー。あたしのお墨付きなんだから」

「そうか。じゃあそう思っておくよ」


 そういって励ましてくれる美桜には感謝しているし、俺も歌い慣れた曲ばかりだから、下手だったってことはないと信じたい。

 ただ、折角の機会をふいにしたショックもあって、自分がどう歌ってたか、あまり覚えてないんだよな。


 相変わらずもやもやが拭えないまま二人で歩いていると。


「ねえ、ハル君」


 ふと、しおらしい感じの美桜の声が耳に届いた。


「ん? どうしたんだ?」


 少し雰囲気が違うあいつの声に思わずそっちを見上げると、あいつは少しもじもじとしながら、ちょっと目を泳がせてる。

 何か困った事でもあったのか?

 そんな疑問は、次の言葉であっさりと消え失せた。


「えっとね。その……今のあたし達って、周りからどう見えるかな?」

「は? どう見えるかな!?」

「う、うん……」


 俺が驚いた声を出したのにびっくりして、あいつがちょっと困った顔でこっちをちらちらと見る。


 いや、どう見えるったって……どれだけ着飾ったって、この身長差だろ?

 そりゃ、恋人に見られでもすれば嬉しいけど、現実はそんなに甘くないだろ。


 ただ……。俺はすぐに言葉を返せず、一旦前を向いた。

 周囲の目から言えばそうだ。多分俺達なんて姉弟きょうだいとか、それこそ大人と子供みたいに見られてるに違いない。

 ただ、美桜は何でこれを聞いたんだ? っていう、素朴な疑問が心に引っかかる。


 あいつはどう見られてるって答えてほしいんだろうか。

 幼馴染ってわざわざ再確認したいのか?

 アイドルユニットみたいだって思ってたりするのか?

 それとも……いや、まさかな……。


 頭に過ったのは、俺が最も憧れているの二文字。

 実際こういうシーンって、マンガとかドラマだったらこう答えるもんじゃないだろうか。


 だけど、それを口にしてもいいもんなのか?

 俺がただ自惚れてるだけにならないか?

 この予想が外れてたら、それこそ気まずくならないか?


 踏み込みたい気持ちと、自制すべきっていう気持ち。

 天秤にかけた二つの思いがせめぎ合い、中々答えを返せない中。


「……あれ?」


 ふと俺は、ぽろりとそんな言葉を漏らした。

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