第五話:恥ずかしがる陽翔達

「いやー。食った食った。美桜、今日はありがとな」

「ううん。こっちこそ。わざわざ時間を作ってくれてありがと」


 あの後、注文したステーキを堪能した俺達は、店を出るとショッピングモール内を歩き始めた。


「それより、この後どうしよっか? すぐカラオケにする?」

「うーん……。ちょっとまだお腹いっぱいだし、少し腹ごなししてからでどうだ?」


 美桜の問いかけにそう返したけど、理由には彼女ともう少し長く一緒にいたいって想いもあった。

 ゴールデンウィークの最終日。明日からまたいつも通りの生活に戻るんだ。

 だったら、今日くらいあいつと楽しんでおきたかったし。


「確かにあたしもお腹ぱんぱーん。じゃあ、ゲームセンターでも行かない?」

「ゲームセンター?」

「そ。久々に一緒にゲームしよ? あと、二人共こんな着飾ってるんだし、プリなんかも撮らない?」


 あー。確かに、お互いがこんな服装なんて滅多にない。

 今後、またYUKINOさんに服を作ってもらえる可能性があるかもしれないけど、それだって何時機会があるかもわからないもんな。

 だったら、俺もこの服の美桜を写真なりにでも残せたらって思うし。


「そうだな。じゃ、行くか」

「うん。じゃ、行こ!」


 最高の提案をしてくれたあいつと笑顔を交わしながら、俺達はそのまま三階にあるゲームセンターへと向かった。


      ◆   ◇   ◆


「やっぱ人多いねー」

「そうだな」


 ゲームセンターに入った俺達の目に、色々なゲームを楽しむ学生や家族連れが飛び込んでくる。

 流石は最後の休日。みんな遊びに出てて、店内はBGMも相成って凄い賑やかだ。


「あ! ね、ね。久々にやらない?」

「あれ? ……あー。ダンイノか。懐かしいな」


 美桜が指さしたのは、『ダンイノ』こと、『ダンスダンスイノベーション2』。

 音楽に合わせて踊る動きをモーションセンサーで読み取って、ダンスの精度でスコアを競う音ゲーだ。

 中学の頃にリリースされたゲームで、近所のボウリング場にもあったから、一緒によく遊んでスコアを競ってたんだ。


 前遊んでいたのは初代で、これは続編。

 とはいえ遊び方は何も変わらないし、初代の曲と譜面も収録されている。

 ちなみに何でそこまで知ってるかっていうと、たまにゲーセンで遊んでるから。

 そういう意味じゃ、あいつの前で下手なプレイを見せることにはならないと思う。


「そうだな。やってみるか」


 俺が了承すると、美桜が笑顔から一変、勝負師の笑みを浮かべる。 


「よーしっ! 今日は負けないかんね!」

「こっちだって、そのつもりだからな」


 当時もお互いこうやってスコアを競ってた。

 だからこそ、ちょっとライバル心が燃え上がる。

 俺だって、ここは絶対負けられない!


 そんな気持ちで、俺は筐体にコインを投入する。

 続けて美桜がコインを入れ、お互いのカメラ調整を終えると、画面に俺達二人を取り込んだ映像が映った。


 ……うわぁ。思わず変な声が漏れそうになるのを堪え、俺は画面に映った二人の姿に魅入った。

 今までも学校帰りに勝負する事が多かったから、ここで見ていたのは制服姿。

 だけど今回は違う。身長差こそ残念だけど、華やかな服は本気で俺達がアイドルっぽく見える。

 これは何気にテンションがあがるな。


「曲順はいつものでいい?」

「ああ」


 美桜が手慣れた操作で一曲目をチョイスすると、互いに姿勢を正し身構える。

 そして、ポップな曲と共に、ゲームがスタートした。


 一曲目から、美桜はしっかりとした動きでパフェを続けているけど、俺だって勿論ミスはしない。

 美桜と距離を置いていた間もちょこちょこ遊んでたんだ。そう簡単に負けるもんか。


 内心少し熱くなりながら、一曲目、二曲目を普段通りにクリア。

 結果、ここまでお互いAPエーピー。つまり、オールパーフェクト。

 っていうかこれ、美桜も絶対やりこんでたろ。


「ハル君やるじゃん」

「そっちこそ」


 あいつを見上げると、本気でわくわくした顔をしてる。

 それは踊ってる時に画面に映る美桜の表情でもわかってたけど。


 そのまま、俺達は三曲目へ突入した。

 慣れ親しんだ曲。自然と動く体。

 俺は迷うことなく踊りながら、ちらりと画面に映るあいつを見る。


 ……ほんと。アイドルみたいだな。

 長身とか関係なく、時にキビキビと、時に柔らかに振りを熟すあいつの姿に、俺は見惚れそうになるのを堪え、何とか踊り続けた。

 そして──。


「うっわー。ハル君APじゃーん!」

「そっちもだろって」


 完璧にこなしておいて、何言ってんだか。

 勝てなかったと言わんばかりの声を上げた美桜に、俺は肩を竦める。

 結局、楽曲で出せる最高スコアをお互い叩き出し、この対決は終了する──はずだった。


「うっわー! あの二人、すっごーい!」

「マジヤベーじゃん!」

「あの衣装可愛くなーい?」


 へ?

 俺と美桜がはっと振り返ると、気づけば結構なギャラリーがこっちに拍手をしてくれていた。

 思わず顔を見合わせた俺達は、急に気恥ずかしくなり、


「ど、どうも」


 と声を合わせ、ペコペコ頭を下げながら、そそくさとその場を後にした。


      ◆   ◇   ◆


「まさか、あんなに人に見られてるとは……」

「ほーんと。ちょっと驚いちゃったね」


 あの後、美桜の指示で逃げるように近くの大きめのプリ機の中に入った俺達は、そこでほっと胸を撫で下ろした。

 確かに歩いていても目を引いてはいたけど、まさかゲームひとつであそこまで注目されるとは思わなかったしな……。


「ねえ。折角ここに飛び込んじゃったし、そのままプリ撮っとく?」

「そうだな」

「じゃ、準備するね」

「お金は──」

「あたしの奢り。あたしが撮りたいって言ったし」


 コイン投入口にお金を入れながら、美桜が振り返り笑う。

 ちゃんと割り勘にしてもいいんだけど、ささっとお金も入れられた後。ここでどうこう言うのも悪いよな。この後のカラオケで上手くやるか。


「わかった。奢られておくよ」

「うん。さて、どんな感じで撮ろっか?」

「あー。そこは任す。別に好きに決めてくれ」


 正直プリなんて慣れてない俺は、美桜にそう丸投げにしたんだけど、メニュー画面を弄っていたあいつは、それを聞いて隣にいる俺におずおずとこう尋ねてきた。


「じゃ、じゃあ、全身撮影も大丈夫?」


 少し不安そうな顔をしている理由は、間違いなくこいつの気遣いだ。

 高校の入学式は親の意向もあったから、こういう話なんてしなかったけど。やっぱり、こっちとの身長差を気にしてくれてるんだな。

 そんな心遣いが嬉しくって、普段だったらもう少し迷うかもしれない問いかけに、俺はさらりと笑顔でこう返した。


「ああ。折角の服もちゃんと収めておきたいしな」

「確かにそうだね。じゃ、準備するね!」


 答えを聞いて嬉しそうな顔をした美桜が、ささっと準備を済ませると、撮影画面に切り替わる。

 美桜の全身が収まる所まで、一旦カメラから離れた俺達。


「どんなポーズがいいんだ?」

「そうだなー。ハル君もアイドルっぽいし、そういう感じでいく?」

「アイドルっぽいか……。あまりイメージがないけど、まずはやってみるか」


 正直、男性アイドルとかを意識して見る事なんてないから、覚えているのはCMなんかでのダンスシーンや、フィニッシュのポーズシーンくらい。

 それが自分に似合うかとか、そもそも決めポーズになるかは不安だけど。こんな可愛い服を来た美桜とのプリ撮影なんて、この先ないかもしれないしな。


 俺はカメラに対し体を少し斜めに構えると、どこかビシッと決めたポーズを取ってみる。画面に映っている自分が、服装も相成っていつもと違う感じがして、ちょっとした違和感と羞恥心が拭えない。

 隣の美桜は手慣れた感じで、アイドルが片手をピースっぽくして目の側に当てて笑顔を見せる。


 身長差は相変わらず。

 だけど、こうやって見るとほんと現実味のない、だけど俺の中では内心テンションが上がる格好とポーズ。せめてキリッと決めとかないと。

 そう思っているうちに、機械からのカウントが始まり、パシャッとシャッターが切られた。


「あと二枚くらい全身で撮ってもいい?」

「わかった」


 その後も少しずつポーズを変え、俺達は二枚追加で写真を撮り終えた。


「やっぱ、こういうのってちょっと恥ずいよねー」

「まあな」


 正直、普段なら絶対しないであろうポーズに、終わった後お互い苦笑いする。


「じゃ、残りは上半身アップで撮ってもいい?」

「ああ。構わないけど……」


 そう言われてちょっと不安になりながら、俺達は少しカメラに近づいてみた。

 ……やっぱり。

 美桜は顔が切れるし、俺は上半身が映っているものの、かなり低めに位置してる。


「プリはこういう時ちょっと大変なんだよねー」


 なんて言いながら、美桜がやっぱり手慣れた動きで少し中腰になり身を屈める。

 それでうまく枠内には収まってるけど、バランスがやっぱり良くないか。

 じゃあ、を使うしかないな。


 俺はプリ機の隅に置かれた低い踏み台を手に取ると、足元に置いて上がってみる。

 すると、美桜のほうが頭の位置が高いのは変わらないけど、結構距離も近くになった。


「これでどうだ?」

「う、うん。めっちゃ良いと思う」


 俺の問いかけに、小さくはにかむ美桜。

 それを見て、俺は内心ほっと──なんてしなかった。


 っていうか。ここ数年で、ここまで近い距離に顔があった試しがない。

 話した声もいつもより耳の近くで聞こえるし、何ならちょっとした息遣いだって聞こえる。


「じゃ、じゃあ、ポーズどうしよう?」

「そ、そうだな。二人でハートマークでも作ってみるか?」


 俺の冗談交じりの提案に、


「そ、それは流石にキショいでしょー」


 なんて言ってくるのを期待してたのに、


「へ、へー。ハル君ってそういうのがいいんだ」


 美桜のやつ、にやにやとした目でこっちを見ている。


「う、うるせえ! 別に冗談っぽい写真にしとこうって思っただけだ!」

「ふ、ふーん。じゃ、そういう事にしとく」


 あいつ、少し顔が赤いな。

 やっぱり急にそんなポーズを要求されたから、恥ずかしかったのか?

 内心ちょっとやらかした気持ちになったけど、それは向かいの画面越しに映る美桜が片手でハートを作った瞬間吹き飛んだ。


 静かな呼吸音と共に、少し照れた笑いを見せている美桜。

 それがまた、普段以上に可愛くって、俺の心臓のドキドキが止まらない。

 だけど、もう引けない。


 俺はごくりと唾を飲みこんだ後、覚悟を決めて自分の手で反対のハートを作り、あいつのハートに合わせる。

 そして、無機質な撮影に合図に合わせて写真を撮ったわけだけど。


「……流石にこれ、恥ず過ぎだよね」

「……だな……」


 一通り撮影を終えて、写りを確認する画面に移った瞬間、あまりのぎこちなさと慣れないポーズに一気に気恥ずかしさが増してしまい、結局それはボツにして、普通の上半身アップの写真を残す事になったんだ。

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