第七話:陽翔の知らない相手

「すいませーん」


 お客や商品を避けながら、レジカウンターの隣、オーダーメイドの受付まで向かった俺達。東野先輩がそこにいる店員さんに声を掛けると、大人びた女性がこちらに笑顔を向けてくれる。


「いらっしゃいませ。オーダーメイドのご要望でしょうか?」

「あ、えっとー。そうなんですけどー。ちょっと折り入って、相談したいことがあってー」

「はい。何でしょう?」


 店員さんは笑顔を絶やさず話を聞いてくれている。

 だけど。


「あの。男性服のオーダーメイドって、お願いする事はできませんか?」

「え?」


 西原先輩が口にした言葉を聞いた瞬間、流石に驚いた顔をした。


「あの、大変申し訳ございません。こちらは女性服を専門に扱っておりまして……」

「それは重々承知なんですが。できればお話だけでも聞いてもらえませんか?」

「お願いします!」


 東野先輩が勢いよく頭を下げるのに合わせ、俺も頭を下げる。


「うーん……」


 店員さんの困った声が聞こえた後。


「少々、お待ち下さいね」


 彼女が歩き去っていく音がした。


「……ね? どう? 迫真の演技だった?」


 隣で頭を下げていた東野先輩が、姿勢をそのままにこっちを向き、ひそひそとそんな事を言う。


 いや、演技も何も。頭を下げただけじゃないか……。

 内心そう思ったけど、敢えてそこには触れず、


「そうですね」


 短い言葉で話を合わせながら、俺は苦笑しながら頭を上げた。

 彼女の隣では西原先輩が、何も言わずに呆れ笑いを浮かべてる。


 まあ、東野先輩なりに頑張ってくれてるし、苦言を呈して気分を害してもいけないよな。

 とはいえ。店員さんも困ってたし、やっぱり無理だろうなぁ。男子服は流石に畑が違うだろうし。

 さっきの反応から半ば諦め気味でいると、少しして裏からさっきの店員さんが顔を出した。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」

「え?」


 こちらへどうぞって事は、話を聞いてもらえるのか?

 俺が驚き先輩達を見ると、西原先輩も意外だったのか。完全に虚を突かれぽかんとしている。

 唯一、東野先輩だけはぱぁっと笑顔を輝かせると、すぐさま西原先輩の背後に回り込んだ。


「ありがとうございまーっす! 二人共、行こ行こっ!」

「え? あ、雨音!? 押さないの!」

「雫が遅いからだよー! ほらーっ! ハル君も早く早くー!」

「あ。は、はい」


 戸惑う西原先輩の背を押し、強引に彼女と歩き始める東野先輩。

 これには案内してくれた店員さんも、くすくすっと小さく笑っている。


 ほんと。そんなに嬉しそうな反応をしたら、迫真の演技すら意味をなさないだろって……。

 自然と肩を竦めた俺は、東野先輩にどやされる前に、彼女の後に続きバックヤードへと入って行った。


      ◆   ◇   ◆


 短い廊下を進んだ先。『Reception room』と書かれた部屋のドアをノックした店員さん。


「はい」

「社長。店長。お客様をお連れしました」


 へ? 社長?

 店長ならわかるけど、社長って?

 俺が困惑し先輩達を見ると、二人も驚いた顔をしている。


「社長って……もしかして……」


 なんて東野先輩も呟いて──あれ? もしかしてって事は、二人はその人を知ってるのか?


「ありがとう。入ってもらって」

「はい。失礼します」


 俺達の困惑なんて関係なしに、部屋の中からした女性の声。

 その指示に従い、ドアを開けた店員さんが、俺達を見た。


「どうぞ。お話は中で」

「ありがとうございます」


 ペコリと会釈し、先に部屋に入った先輩達に続き、中に入ろうとした瞬間。


「あーっ!」

「ぶほっ!」


 急に止まった東野先輩の背中に、俺の顔がめり込んだ。


 な、なんだ? 急に大きな声を出して。

 ぶつけた鼻を押さえつつ、慌てて距離を空け二人を見ると、彼女達は部屋の奥を見て驚いている。

 ただ、二人がちょうど壁になっていて、俺の身長じゃそっちを見る事ができない。

 こういう時、この身長が恨めしくなるな……ってのは置いといて。一体、奥に誰がいたんだろう?

 そんな俺の疑問に答えるかのように、西原先輩が驚きの声を口にした。


「もしかして、本物のYUKINOさんですか!?」


 YUKINOさん?

 知り合いってわけじゃなさそうだけど。有名人なんだろうか?


「あら。私を知っているの?」

「JKなら誰だって知ってますよー! スタトルの社長であり、新進気鋭の人気ファッションデザイナー! JKの心を掴む服を沢山デザインしている、あたし達の憧れの的ですもん!」


 東野先輩が部屋の奥に向かい、興奮気味にそう話すと、奥からくすくすと笑い声がした後。


「そこまで言ってもらえるなんて光栄ね。ありがとう」


 そんな優しい声が聞こえた。


「さて。まずはお話を聞きましょうか。こちらにどうぞ」

「はい! 失礼しまーす!!


 社長と思われる声に促され、二人が部屋の奥に入って行く。それに続いて俺も部屋に入ると、手前の一人掛けソファーの所に、二人の女性が立っていた。


 一人は、店に並んでいたような服で着飾った女性。

 もう一人は、はっきりとブランド物っぽいレディーススーツを着こなしている女性。

 多分、スーツの女性が社長のYUKINOさんって人かな。今までに見た事はないけど、なんか華やかなオーラがあるし。


「ハル君は真ん中ね! 早く早く!」

「あ、はい。失礼します」


 東野先輩に促されるまま、俺は部屋の奥の長ソファーの真ん中に座り、左右に東野先輩と西原先輩が腰を下ろす。

 それを見届けると、前の二人もそれぞれのソファーに腰を下ろした。


 店長の方は物腰柔らかそうな笑みを浮かべているんだけど、YUKINOさんはさっきまでの和やかな会話から一転。じーっと真剣な顔でこっちを見ている。

 何かを見定められてるみたいで、ちょっと緊張するな……。


「ええ、まずは店長である私から、今回のお話について確認させてもらいますね」

「お願いします」

「はい! お願いしまーっす!」


 こっちの緊張を他所に、店長の言葉に元気な返事をする先輩達。

 っていうか、東野先輩の元気すぎる声に、前の二人がくすくすっと笑ってるじゃないか。

 でも、おかげで少し空気が和んだし、これは先輩様々かな。


「まず、このお店が女性服ブランドの店なのは知っていますよね?」

「はい!」

「そんなお店に、急に男子服のオーダーメイドを依頼したいっていう理由を、伺ってもよろしいですか?」

「はい! ハル君が着る服に困っててー。それで、ここにお願いしに来ました!」


 表情は真剣ながら、元気に理由を話す東野先輩だけど……流石に端折りすぎじゃないか?

 俺が思わず眉間に皺を寄せると。


「雨音。それじゃ説明不足でしょ。私が説明するわ」


 西原先輩も同じ気持ちだったのか。彼女を制し、代わりに話し始めた。


「彼は高校生なんですが、見ての通り身長が低くて、私服に困っているんです。ですが、彼の住んでいる所を見ても、男子服のオーダーメイドを行っているお店もなくって。それで、女性服でオーダーメイドも扱っている、こちらにご相談に伺ったんです」


 西原先輩の説明を聞いて、改めて店長とYUKINOさんがこっちを見る。

 来た時点でもわかってると思うけど。今だって、俺の左右には百六十センチくらいある先輩達が座って、こっちの方が背が低いってのは明白。


「身長は百四十五センチ……ってところかしら」

「そうですね」


 YUKINOさんが顎に手を当てながら、口にした身長はドンピシャ。

 見ただけでわかるとか。やっぱり、プロのデザイナーさんは違うんだなぁ。


「ちなみに、このブランドで承っている、女性服のオーダーメイドの価格は知っていますか?」

「あ、いえ。すいません。そこまでは。雨音は?」

「ぜんぜーん。でもー、スタトルだからそれなりにお高いかなーって思ってますけど。合ってますか?」

「そうですね。物にもよりますけど、女性服の上下セットで安いセットでも、七、八万は」

「えーっ! そんなにするんですかー!?」

「はい。オプションなども指定すると、十万を下らない事もありますし」


 最低七、八万、か。やっぱり結構するんだな。

 そりゃ、両親もげんなりしてたわけだ。


 先輩達は流石に驚きすぎて、それ以上の言葉がでない。

 まあ、市販品しか買ったことがないんじゃ相場もわからないだろうし、二人が知っているくらいの有名ブランド。この価格も納得かな。


「もし男性服をオーダーメイドした場合、どれくらい価格が上乗せされますか?」


 敢えてそう口にすると、店長が少し驚いた顔をする。


「ええっと……。こういったオーダーをお受けした事がないので推定ですが、デザイン料だったりも含めると、もう数万は……ですよね? 社長」

「そうね。特にあなたの場合、サイズも普段の男性の規格に合っていないから、完全なオーダーメイドになる可能性が高いわ。一着揃えるのも相当よ?」


 俺の質問に、真摯に答えてくれたYUKINOさん。

 数十万の買い物なんて、勿論今までにしたことなんてない。一応貰ってたお年玉やお小遣いを貯めてはあるけど、足りる気がしないな……。


「世の中には、ネットオーダーのお店なんかもあると思うのだけど。そっちを利用しない理由は?」

「できあがりまで、自身の目で確認できないのが不安だったからです」

「これだけ高いのだから、諦める選択もあると思うのだけど。それでも買いたいの?」


 YUKINOさんの言葉の裏には、身の丈にあってないって意味が籠もってると思う。


 確かに、たった一着じゃフルシーズン着こなすなんて無理。

 それこそすぐ夏になるわけで。美桜とのデート一つのために、貯金をはたいてまでする買い物じゃない。そう言われたって仕方ないくらいの話だと思う。


 だけど……それでも、俺はこう答えたんだ。


「……はい。可能であれば、このお店にオーダーメイドをお願いしたいです」

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