第六話:陽翔が連れて行かれた場所

 先輩達と約束した、週末の土曜日がやってきた。

 スマホで時間を確認すると、あと十分くらいで午前十一時。

 残念ながら、天気は時折日が顔を出すものの、ちょっと雲が多くて微妙な感じだ。


 天気予報のアプリじゃ終日こんな天気だって言ってたけど、日が隠れている時はちょっと肌寒い。

 制服姿の俺は、たまに吹くそよ風にちょっと身を震わせながら、駅のシンボルでもある大きな木の下で先輩達の到着を待った。


 待ち合わせに指定されたのは、通学途中にある日野間ひのま駅前。

 近くに大型ショッピングモールがあって、この辺でもかなり活気があるエリアだ。

 両親ともちょこちょこ買い物に来たりするけど、一人だと中々足を運ばない場所。

 しかも、先輩達から何処に行くかをまったく知らされていないから、正直不安が大きい。


 心の不安をごまかすように、両手を頭の後ろに回し、空をぼんやり見上げる。

 ……そういや、最近の美桜、どこか変だったよな。

 ふと、ここ二日のあいつの事を思い出し、俺は神妙な顔をした。


 あいつからの誘いを受けた翌日。

 ちょっと考え事をしてるとは言ったあいつの態度は、別段普段通りだったと思う。

 だけど、その次の日の木曜から、急に元気がなくなった気がする。


  ──「ちょっと家の手伝いしてたら疲れちゃって」


 なんて、てへへって顔をした美桜の顔は、言葉通りの顔をしてた。

 だけど、同時にあいつが見せた苦笑いには影があった。


 俺だって、伊達に十五年幼馴染でいるわけじゃない。

 だから直感的にわかった。こいつは今、何かに悩んでるって。


 俺が誘いを受けた事に理由があるなら、翌日には何らか顔に出そうだよな。

 だから、こっちには関係ない事で悩んでいる──そう思いたいんだけど。時期的なものを考えると、どうしても俺に関する事じゃないかって勘繰ってしまう。


 もしかして、誘った矢先に別の予定が入って、俺と出掛ける話をキャンセルしたいのか?

 それならそれで仕方ないけど。美桜の性格なら、そういう時はささっと相談してくるような気がする。

 だとすると、俺に知られたくない事か。はたまた、俺に都合の悪い話か……。


 ……はぁ。止め止め。

 大きなため息を漏らした俺は、首を横に振る。

 本気であの誘いは嬉しかった。だけど、どうしてもこの身長のせいで、ネガティブな事を考えちゃうんだよな。そういうのは止めないといけないのに。

 まだ断られてないんだ。少しは希望を持てって。


 少しでも前向きになろうと、ぎゅっと手に拳を作る。

 同時に、雲の合間から日が差し、少し暖かな空気が俺を包んだ、その時。


「うわーっ。ハル君ちょー早いじゃーん!」


 という、太陽に負けないくらいの明るい声が耳に届いた。

 っていうか、本当にこの人は元気だよな。

 声の方を見ると、周囲より一際目を引く東野先輩と西原先輩が並んでやって来た。


 金髪をいつも通りにポニーテールにまとめた東野先輩は、少し大きめのトレーナーにミニのデニムスカート。

 対する西原先輩は、Tシャツの上にデニムジャケットと、スラッとしたデニムパンツ。

 この間みたいに化粧もしていて、かなりキメてる感じがする。実際、すれ違う男子が振り返るくらいだ。

 って、俺。こんな二人と歩くのか……。ま、まあ仕方ない。ちょっと緊張するけど。これも服装の為。我慢我慢。


「おはようございます。東野先輩。西原先輩」

「おっはよー!」

「おはよう。ハル君」


 挨拶をすると、東野先輩は大きく、西原先輩は小さく手を振り、二人とも笑顔で歩み寄ってくれた。


「ずいぶん早いのね」

「そこまでじゃないですよ。それより、お二人こそ早いですよね」

「そりゃー、先輩が遅刻したら、威厳なくなるじゃん?」

「そうね。まあ、そもそも雨音に威厳があるかは疑問だけど」

「あーりーまーすー! 今日のアイデアだって、あたしの提案だかんね!」


 皮肉交じりの西原先輩に、舌をべーっと出して反論する東野先輩。

 この二人の掛け合い、面白くってちょっと癖になるな。

 俺も自然と笑顔になると、東野先輩がふっと真面目な顔になった。


「ハル君」

「はい」

「一応言っておくけどー。この間『力になれるかわからない』って言った通り、今日のアイデアはダメ元。だからー、うまくいかなくっても、ガッカリしないでね?」

「大丈夫です。わざわざ俺のために時間を割いて協力いただいただけで、こちらも十分感謝してるんで」


 気遣いに感謝しているのは本当。

 だからこそ、笑みと共にさらっとそう返したんだけど。それを聞いた東野先輩は、こっちを見下ろしながら、またにこりと笑顔になる。


「ほーんと。ハル君ってば誠実ー。好きな子いなかったら、ほっとかないんだけどなー」

「そ、そういう冗談は止めて下さい! 流石に恥ずかしいんで!」


 い、いきなり何を言い出すんだって!

 俺がおろおろしながらそんな言葉を返した直後、彼女は少し寂しそうな顔をする。


「ふーん……。やっぱー、あたしじゃ不満なんだ?」


 な、なんで東野先輩は、ふざけてこんな顔をするんだって!

 からかうにしても迫真の演技すぎないか!?


「だ、だから、その。そういう意味じゃないですけど! 俺は、その……美桜が……」


 冗談とも本気とも取れる反応に困り果てていると、少しの沈黙の後。


「ぷっ」


 っと吹き出した東野先輩がまた笑顔になり、西原先輩を見た。


「ね? ね? どうだった?」

「彼の愛は感じられたし、良かったんじゃない? ハル君。ご馳走様」


 西原先輩もくすくす笑ってるけど……俺、また嵌められたのかよ……。

 顔を真っ赤にして小さくなっている俺に、「ごめんごめーん」って謝ってきた東野先輩。

 そんな中、西原先輩がふっと真面目な顔をする。


「さて、ハル君。今日の事を改めて話をするけれど、まずは歩きながら話しましょっか」

「はい」


 先輩達が歩き出したのを見て、俺も彼女達に並んで歩道を歩き出した。


「えっとねー、行くのは勿論、オーダーメイドもやってるお店なんだけどー。そこって、女子用のブランドのお店なんだよねー」


 え?


「えっと、もしかしてそれって、俺に女物の服を着ろって事──」

「ないない! そんなんで美桜ちゃんが喜ぶわけないじゃーん。まー、実際やったら、ハル君が新たな性癖に目覚めちゃうかもしれないけどー」


 東野先輩が流石に肩を竦めたけど、そりゃそうか。

 俺だって、そんな格好で美桜の前に立ちたくはないし。


「雨音の作戦はね。そのお店で男子用の服を作ってもらえないか、お願いしてみようって事なの」

「え? そんな事って可能なんですか?」

「わからないわ。だから、期待し過ぎないでほしいのよ」

「だからー、半分ダメ元って感じなわけ」


 冴えない顔の西原先輩。東野先輩も何時もの明るい笑みじゃなく、どこか申し訳無さそうな顔をしてる。


 初めて出会った時は、随分わがままな人達だなって思ってたけど。何だかんだでお人好しなんだな。先輩達は。

 俺は、優しい先輩達を見上げながら、自然と笑みになる。


「先輩達。そんな顔をしないでください。俺も元々ダメ元で二人に聞いてみたくらいですし、そう簡単じゃないってわかってます。それでもこうやって時間を割いて協力いただけてるだけで、本当にありがたいですよ」

「そう言ってもらえると、こっちも気が楽になるわ。ありがとう」

「ま、ハル君の美声を聴かせてもらった分、ちゃーんと頑張るかんね!」


 こっちにほっとした顔を見せる西原先輩と、力こぶを作るかのように腕を上げた東野先輩。


「はい。よろしくお願いします」


 そんな二人に頭を下げた俺は、彼女達の案内に従い歩いて行った。


      ◆   ◇   ◆


 彼女達に連れられて向かった先は、ショッピングモールの一階。

 女性向けアパレルブランドが多く出店するフロアの一角にある、やや大きめのお店だった。


 壁にシックなフォントで書かれている店名は、えっと……『Standingスタンディング Tallトール』、か?

 正直、女性物のブランドなんて全然知らないんだけど、周囲の店よりお客さんが多いし、きっと人気のブランドなんだろう。


「ここですか?」

「そ。あたし達憧れのブランドのお店だよ。やっぱ品揃えもいいしー、可愛い服も多いよねー」

「こら。今日はハル君の方優先だよ」


 東野先輩が店内の服を見て目をキラキラさせていると、呆れた西原先輩が制するように苦言を呈する。


「ごめんごめーん。でもー、話が終わったら少し見て帰ろ? 雫もそろそろ夏コーデ、気になるっしょ?」

「まあね。そのためにも、まずは話をまとめないと」

「そうだねー。あー、ちょっと緊張してきた」


 すーはーと大きく深呼吸する東野先輩。西原先輩も流石にちょっと表情が硬い。

 店員さん……多分、店長さんになるのかもだけど。大人と交渉するって、確かに大変そうだしな。

 ……俺の為に動いてくれるんだ。いざとなったら、こっちもちゃんと話せるようにしとかないと。


「……よしっ。じゃ、行くよ。雨音。ハル君」

「ええ」

「はい」


 内心緊張しだした自分を必死にごまかしながら、俺は先輩達と一緒に、店へと入って行ったんだ。

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