第六話:勇気を振り絞る美桜

「ハル君」

「ん?」


 ハル君に声をかけると、彼がこっちを見上げてくる。

 あたしの緊張が伝わっちゃってるのか、少し真顔で。


 そんな顔されると、余計に緊張しちゃうんですけど……。

 で、でも、もう引けないし。

 こうなったら、やるしかないもんね。


「え、えっと。ハル君って、その……ゴールデンウィークって、何か予定ある?」

「ゴールデンウィーク?」

「う、うん……」


 こっちの真剣な問いかけに、ハル君がきょとんとすると、首を傾げる。

 何でそんな事を聞かれたんだ? って空気がプンプンするけど、大丈夫かな……。


「一応、家族で旅行に行く予定になってる」

「え? ゴールデンウィークに?」


 嘘!?

 思わず目を丸くしたあたしに、彼は現実を突きつけるかのように小さく頷く。


「そりゃあ、連休だし。親だってそういう時だからこそ、予定を立てるもんだろ」

「まあ、確かに……」


 なんて、表向きは納得して見せたけど、内心すごくがっかりしてた。

 確かに納得いく理由。だけどここ数年、この時期にハル君一家が旅行に行った事なんてなかったじゃん。

 折角勇気を出して、スケジュールを聞いてみたのに……。

 思わずハル君の両親を恨みそうになるけど、流石にそれは自分勝手。


 はぁ……。

 今日はもう駄目かな。色々タイミングが悪いし。


「とは言っても、旅行は三日から五日の予定だから、六日だったら空いてるけど」

「そっかー。そうだよねー。予定あるんじゃ仕方ないもんねー」

「ん? だから、六日なら空いてるけど。数日空いてないと駄目なのか?」

「そんな事はないけどさー。ハル君も予定入ってるんだし──」


 ──あれ?

 今ハル君、予定空いてるって言った?

 思わず彼を見下ろすと、ジト目でこっちを見てる。


「そうか。ま、お前がいいってなら、この話はなし──」

「ありますあります! ありますから!」


 そっぽを向こうとしたハル君を必死に引き留めると、がしがしと頭を掻いた彼がちょっとだけ苦笑いした後、真面目な顔でこっちを向いてくれた。


「で。どんな用事だよ?」


 あたしの事を気にかけてくれてる、彼の凛とした表情。その格好良さに見惚れそうになるけど、今はそれどころじゃない。


「あ、うん。えっと……その日なんだけど。その……一緒に……お昼でも、食べない?」

「……は? お昼? お前の家でか?」

「違う違う! その……どこか、外で……」


 勇気を出してみたけど、緊張で歯切れが悪いあたし。

 ハル君はそんな答えを聞いて、ちょっと不思議そうな顔をして首を傾げる。


「理由は?」

「……その、前に先輩達の件で助けてもらったのが、ずーっと引っかかってて。だから、せめてお礼に、あたしがご飯でも奢ってあげたいなぁって……」


 あたしの心底真面目な理由に、ハル君はじーっとこっちを見たまま。

 こんな理由じゃ気を遣って断られるって思ってたし、だからこそ何とか説得しなきゃって意気込んでたから、予想外の張り詰めた空気と沈黙に、余計緊張が大きくなる。


 ……あー。やっぱ無理!

 視線を逸らす口実にペットボトルを口に運んだあたしは、一気に中のジュースを飲み干す。

 でも、それでも顔の火照りは冷めなくって、結局目を泳がせたまま顔を逸らした。


「あ、あー。えっと、ついでに買い物に行って、荷物持ちしてくれたら嬉しいかなーとか。そんな事は思ってないよ?」


 空気を変えたくって、そんな冗談で真面目じゃないってアピールをしちゃったけど……こんな事言われて、ハル君は嫌な気持ちになったらどうすんの!?


 ヤバッと思いつつ、ちらちらと横目で様子を伺っていると、彼はまたくすっと笑い、あたしから顔を背けた。それがどこか小馬鹿にされたようにも見えて、あたしはちょっとだけムッとする。


「な、何よー?」

「いや。いいぜ。お前が構わないなら」

「……え?」


 嘘!? 本当に!?

 突然の言葉に、喜びより驚きが勝っちゃって、ちょっと実感が湧かない。


「おい。何でそっちが驚くんだよ?」

「だ、だってー。ハル君、前日まで旅行なんでしょ? 帰って来て疲れてない?」

「ただの旅行みたいだし。別に大丈夫だろ」

「でも、荷物持ちだよ?」

「は? そっちが本題かよ。ま、いいけど。どうせ暇だし」


 やっぱりこっちを見てくれないハル君。

 声は普通だし、嫌そうって感じはしないけど……。


「えっと、本当に? ほんとーに、大丈夫?」

「ったく……。だからいいって言ってるだろ。断られたかったのかよ?」


 ゔ……しまった。

 あたしがはっきりしないから、ハル君が呆れてるじゃん。


「ご、ごめん! そんな事ないから! じゃ、じゃあ、五月六日、空けておいてくれる?」

「ああ。わかった」


 缶コーヒーを勢いよく飲み干したハル君が、立ち上がるとリュックを背負い、こっちを見下ろしてくる。

 あたしの大好きな笑顔を咲かせて。


「さて。あまり遅くなるといけないな。そろそろ帰るか」

「そうだね。ジュース、ご馳走様」

「ああ」


 外灯に照らされるハル君も、やっぱり格好良いな。身長が低いのなんて関係なく。

 本当はこのまま彼をもっと見てたかったけど、これ以上不審な態度をとったら、また怪訝な顔されちゃうもんね。

 

 鞄を手にして、ひょいっと立ち上がったあたしを見たハル君が、ゆっくりと歩き出す。

 道に出るまでにある、所々の暗がり。普段だとちょっと薄気味悪いとか思っちゃうけど、今はそんな事なんて全然ない。

 だって、今あたしの心には、じわーっと喜びが広がっていってるから。


 ……デートの約束、取り付けられたんだよね。

 勿論、ハル君がこれをデートなんて考えてないのくらい、流石にわかってる。

 あたしが気落ちしたのを見て、元気付けるために付き合ってくれてるんだってわかってる。


 それでも、あたしは嬉しい。

 自分の力で、やっと恋に前向きになるきっかけを作れたから。

 まあ、半分は結菜達のお陰でもあるけど。


 でも、登下校とかご近所付き合いとは違う、ハル君と二人っきりの時間なんて久々だよね。

 多分、初詣を除けば、中学一年生の二学期くらいが最後じゃなかったっけ。

 あの頃は頑張ってハル君の気を引こうって、随分ファッションにも気合い入れてたけど、最近はこの身長のせいで全然だもんなぁ……って、あれ? そういえば……。


「あーっ!」

「おわっ!? な、何だよ!?」

「ご、ごめん! ちょっと虫が飛んできて。あはははっ」


 あたしの奇声に驚いた彼に、思わず苦笑いしながら必死にそうごまかす。


 うわぁ……。まだまだ問題山積みじゃん。どうしよう……。

 歩きながら、ある現実に気づいたあたしは、思わず内心頭を抱えながらも、家に着くまでの間、何とか平然を装ったの。

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