第五話:落ち込む美桜

 買い物を済ませてスーパーを出た私達は、夜の商店街に戻ると家に向かい歩き始めた。

 あたし達の空気は、スーパーに入る前より悪くなった気がする。


「なんかごめんね。あたしが付いてったばっかりに……」

「別にいいって。気にすんなよ」

「う、うん……」


 落ち込むあたしに、優しい言葉を掛けてくれるハル君。

 でも、全然こっちを見てくれない彼の姿が、あたし達の距離感をはっきりと感じさせた。


 でも、仕方ないよね。

 あたし達は幼馴染なんだし、彼は辱めにあった被害者だもん。


 きっと、ハル君は勘違いしてる。

 あたしが恋人と勘違いさせて、迷惑をかけたと思ってる。


 ……でも、ごめんね。

 あたしは別な意味で、強く後悔してるだけ。 


 もうっ! あたしの馬鹿!

 突然の事だったし動揺したよ? でも、何であたしはあそこで全力で否定して、幼馴染を強調したのよ!

 少しは好きだって、匂わせるチャンスだったじゃん!


 妙花の占いの通り、本屋でハル君を見かけて凄くびっくりした。

 ここまで当たるの!? なんて思ったけど、お陰で手に入れた折角の機会。これを逃しちゃ駄目だって、勇気を出してスーパーまで付いて行ったのに。


 桂おばさんのせいで、全部台無しじゃん。

 ……ううん。おばさんは関係ない。全部あたしのせいだ。


 あの時、冗談交じりに話を合わせる事だってできたじゃん。


  ──「えへへっ。そう見えますー?」


 照れ笑いしながら、こんな一言を言えたら、随分展開は違かったと思う。

 ハル君はきっと否定するけど、あたしが明るく受け入れるくらいの余裕ある反応ができたら、少しは意識してもらえたかもしれなかった。


 それなのに、はっきりと全否定しちゃって。


  ── 「恋人じゃありません!」


 なんて、口にする必要なかったじゃん……。


  ──「そうなの? 陽翔君」

  ──「そうですよ! 幼馴染だから仲はいいですけど。本当にそれだけですから!」


 彼も言い切ってた。あたし達は、幼馴染なだけだって。

 それってつまり、あたしはそれ以上の関係になりたいけど、ハル君はきっと違うって事だよね……。


 気持ちが萎え、しゅんっとしながら歩いているうちに、商店街を抜けて住宅街に入るあたし達。

 周囲の明かりは随分と減って、途中の街灯と家々の窓の明かりくらい。

 さっきまでと比べて、随分暗くなっちゃった。今のあたしの気持ちくらい。


 もうしばらく歩いたら、家に着いちゃうのに、結局あたしはいつもと同じまま。

 何も進展させられなかったじゃん。


「はぁ……」


 自然に漏れたため息は、自分への呆れた気持ち。

 自然に俯いたのも、憂鬱な気持ちのせい。


 もう……。

 あたしの馬鹿。意気地なし。


「美桜」

「……何?」


 とぼとぼ歩いているあたしに、ハル君が声を掛けてくる。

 それで我に返ったあたしは、足を止め隣の彼を見た。

 目が合ったハル君は、握った手の親指だけを立て、何かをツンツンと指し示す。


 え? 何だろう?

 ……あ。気づいたらもう、近所の公園の側まで来てたんだ。

 もう。あたし、ここまで何してたんだろ……。


「ったく。酷い顔してるな」


 気落ちして、思わず奥歯を噛むあたしに掛けられた、嘲笑にも似たハル君の言葉。

 でも、どこか優しいその声に釣られ、あたしはまた彼を見てしまう。


 こっちの視線を無視して、ハル君があたしの前を横切ると、すぐ側にある自動販売機に歩いて行き、迷う様子も見せず飲み物を買い始めた。

 何枚かの硬貨を入れ、流れるようにボタンを順に押す。その度に聞こえるゴトンという重い音。

 彼はそのまま取り出し口から、一本の小さめのペットボトルを手に取り、こっちを向く。


「ほら」

「え? あっ! っととっ」


 ハル君が突然、こっちにペットボトルを投げたのを見て、あたしは慌ててそれに手に取ろうとする。

 一、二度お手玉しながら何とか受け取ったのは、あたしの大好きな桃のジュースだった。


「奢ってやるから。ちょっとそこで休んでこうぜ」


 自動販売機から缶コーヒーを取り出したハル君はそう言うと、あたしの返事も聞かずに、人気のない公園へと入って行く。


 どうしたんだろ? 家はもうすぐなのに……。

 きっと何時もなら、ハル君ともう少しいられるって喜んでる。

 でも、さっきの事で気落ちしちゃって、素直にこの状況を喜べないまま、あたしはただ彼に続いて歩いて行くだけ。


 先を歩いていたハル君は、外灯に照らされたベンチまで行くと、ドカリとベンチに腰を下ろし、端にリュックを置いた。


 ちゃんと空いている 、広めに取られた隣のスペース。

 あたし、座っていいのかな……。

 どうにも踏ん切りがつかなくって、ベンチの前で立ち尽くしていると。


「座れよ。立ってたら疲れるだろ?」


 きっと、あたしの気持ちを察したんだと思う。

 ハル君が普段通りにそんな優しい声を掛けてくれたから、何とか「うん」って返事をして、あたしはゆっくりと彼の脇に腰を下ろした。


 少しだけ、ハル君の顔が近くなる。身長差があり過ぎるからこそ、こんなささやかな瞬間で嬉しくなっちゃうのは、あたしがハル君を好きだからに他ならない。

 さっきまで、素直に喜べなかったくせに。あたしってほんと現金だ。


 暗い公園の中で、外灯に照らされるあたし達。

 こっちがベンチに座ったのを確認した彼が、カシュッっという独特の音を立てプルタブを開けると、そのまま目を閉じ上を向いて、一気にコーヒーを飲み始めた。

 ゴクッゴクッていう音って、何か男らしいよね……なんて、あたしが惚けながらハル君を見ていると、ふと目を開けた彼と目が合った。


「……おい。何見てんだよ」


 缶を口から離し、こっちに白い目を向けてくるハル君。

 って、やばっ! 見惚れてたとか言えないじゃん!


「え? あ、う、ううん。ハル君って、一気にコーヒー飲み干しちゃうのかなーって」


 慌ててアドリブでごまかしたあたしに、ハル君が少しだけ眉間に皺を寄せる。


 ゔ……う、嘘だってバレた!?

 内心ヒヤヒヤしながら含み笑いを向けると、彼は呆れ顔を見せながらも、それ以上詮索はしてはこなかった。

 コツンと音を立て缶をベンチに置いたハル君が、再びこっちを見上げてくる。


「美桜。覚えてるか?」

「え? 何を?」

「昔、あのスーパーでよく、遠足のおやつを買っただろ?」

「あー。うん。買ったねー。勿論覚えてるよ」


 ハル君との想い出だもん。忘れるわけなんてない。

 小学生の頃、遠足の前には両親からお小遣いを貰って、ハル君と一緒にあのスーパーに行っておやつを買いに行ってたの。

 当時からあたし、マーベラスチョコっていうアーモンドが入ったチョコが好きで、毎回それを買ってたっけ。


  ──「お前って、いっつもそれだよなー」

  ──「い、いいじゃん! 好きな物は好きなの!」


 なんて、ハル君によく呆れられたりもしたけど。買ったおやつをお互いに見せ合いっこしたりもして、今思い出しても、あの時間はすごく楽しかったなぁ。

 当時の頃を懐かしんでいると、ハル君が話を続ける。


「だったら覚えてるよな? あの頃から桂さん、あそこでバイトしてたの」

「あ、うん」


 それも覚えてる。

 いつも私達に良くしてくれて、試食のお菓子をくれたりもしたよね。


「いいか? あの頃から……いや。生まれた頃から、あの人はずーっと俺達を見てきたんだ。そりゃ、あんな反応したって仕方ないだろ。許してやろうぜ」


 あたしを責めるでもなく、桂おばさんを責めもしない。勘違いしたままのハル君の笑顔と優しい言葉。


 やっぱり勘違いしてる。

 でも、同時にわかっちゃった。

 彼はこっちの様子を伺って、あたしを元気にしようとしてくれるって。


 ……ほんと。

 あの頃から、ずっと変わらないんだから。


「そうだよね。桂おばさんだって、悪気があったわけじゃないもんね」

「そういう事」


 じわーっと、胸に広がる喜び。そのせいで頬が緩みそうなのをごまかすため、あたしはハル君に貰ったペットボトルの蓋を開け、ジュースを軽く一口流し込む。

 喉を通る冷たいジュースが、頭と心を冷やし、あたしが変なにやけ顔にするのを抑えてくれる。

 そして同時に、改めて自身の想いを思い出させてくれた。


 ……やっぱりあたし、ハル君が好き。

 ハル君とずっと一緒にいたい。

 あたし、こんなみ大きくなっちゃったけど。

 いっつも迷惑ばかり掛けてるけど。

 やっぱり、ハル君といたい。


 流石にここでいきなり告白なんて、そこまでの勇気なんてない。

 だけど、この機会を無駄にしちゃ駄目だ。


 勝手なお節介とはいえ、結菜達に手助けしてもらったから、こうやって気持ちを再確認できた。

 だから、少し。ほんの少しでもいいから、あたし達の関係を進展させなきゃ。


 ペットボトルの蓋を閉めながら、自分の心も引き締めたあたしは、飲み物を両手に持ったまま、彼に真剣な顔を向けた。

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