第五話:反省する陽翔
やっちまったなぁ。この先どうすりゃいいんだか……。
五、六時限目の授業の間、先生が黒板に書いた内容を書き写しながら、内心ずっと気落ちしてた。
いや、確かに美桜が困ってるのを、見過ごせなんてしなかった。
あいつがずっと悩んでたのを知ってるし。
だけど、幾らチビって言われてカッとなったからって、先輩相手にあの言い方はなかったろ。
高校デビュー二日目で、切れキャラ確立とか。
そりゃ、クラスメイトだってドン引きするだろって……。
◆ ◇ ◆
憂鬱な気持ちを引きずったまま、迎えた放課後。
最初の週の掃除当番は窓側の列。
俺も対象だったから、そこはしっかり当番としての仕事を果たし、やっと帰りの時間になった。
既にクラスメイトの大半が、入部するため部活に向かったり家路に着いていて、残っている生徒はほとんどいない。
勿論美桜も、早速できた女友達と教室を後にしていた。
「大瀬君って、何か部活に入るの?」
「ああ。帰宅部に」
「それは部活じゃないでしょ」
前の席の、えっと……確か、
俺が迷いなく質問に答えると、あいつは苦笑いを浮かべる。
眼鏡を掛け、綺麗に切り揃えた黒い短髪という、いかにも真面目を絵に描いたような外見。
昼休み中は他の男子と話してて、にこにこと話を聞いていただけの江本とはここまで全然話せてなかったんだけど。こいつが俺に怯える事もなく、こうやって気さくに話しかけてくれたお陰で、さっきまでの不安が少しだけ軽くなる。
「江本は?」
「僕は美術部に入ろうと思って」
「そっか。頑張れよ」
「うん。それじゃ、また明日」
「ああ」
鬱々とした俺なんかとは違う、屈託のない笑みを見て、微笑ましくなりながら江本を見送った後、俺は机の中の荷物を学生鞄に仕舞い、一人のんびりと教室を出た。
廊下には、まだ何人か生徒達がいて、楽しげに話したりしてる。
横を通り過ぎる間際。俺はそんな生徒達を横目でちらりと見ながら、小さくため息を漏らす。
やっぱ、俺くらい小さい奴なんて、女子ですらいないじゃないか。
別に同志を求めたいわけじゃない。ただ、このままいったら学校内身長ワーストワンもあるんじゃないか?
昨日の入学式は名前順だったから、そこまでチェックできなかったけど。この先あるであろう、全校集会辺りで結果発表か……。
「はぁ……」
さっきまでの憂鬱さとは別の憂鬱に、また自然とため息を漏らす。
ま、それで何か変わるわけじゃないんだけど。
廊下を一人歩いて行った俺は、昇降口の下駄箱で上履きから靴に履き替える。
……そういや、今日から一時間以上掛けて帰るんだよな。
朝は全力でダッシュし過ぎて、途中の街並みなんて見られなかったし。気分転換に、ゆっくり街並みでも見ながら帰るか。
そのまま昇降口を出ると、俺は通学路に出るべく歩き始めた。
校門までの綺麗に整えられた道は、既に西に傾き始めた太陽で、夕焼け色に染まり始めている。
ここから一時間以上って事は、家に着く頃には日が沈んでそうだな。
後で母さんに帰宅時間でもメッセージでもして──。
「ハル君」
……はっ!?
空を見ながら、一人歩き出した矢先。
背後から聞こえた、ずっと聞いていたい声に呼びかけられ、心臓が止まるかと思った。
内心を気取られないよう振り返った俺に、笑いかけてきたのは勿論……美桜だ。
「どうしたんだよ? みんなは?」
「あ、うん。今日は用事があるからって、断っちゃった」
てへっと笑う、あいつの表情がちょっと硬い。
付き合いが長いからこそ、隠している理由が見え見え。
この先の、嬉しくもあり複雑な気持ちにもなる未来は、ある程度わかってる。
とはいえ、露骨に避けるわけにもいかないもんな。
「で? 用事ってなんだよ?」
「それは……朝の寝坊で迷惑をかけたし、ハル君にお詫びくらいしないとかなって……」
「おいおい。目を泳がせて言うなよ。嘘だってバレバレだろ」
普段の勢いでそんな軽口を叩きそうになるのをぐっと堪えた俺は、代わりに学校帰り三度目のため息を
「そんなの気にするなよ。それより、中学みたいに近くないんだ。遅くなる前に、さっさと帰ろうぜ」
「……うん」
後ろから聞こえた、感情のはっきりしない美桜の返事。
どうせ、きっと何処かで昼の話をしてくるつもりだろ。
そんな先読みをしながらさっさと歩き出すと、あいつも後ろから付いてくる。
でも、中々並ぼうとしないし、何も話そうとしない。校門を出ても。住宅街に入っても。
やっぱり、他の生徒の目を気にしてるのか。
並ぶ事で身長差が強調されるのが、どうしても気になって仕方ないんだろう。
とはいえ、無理矢理並んで歩くのもな……。
どこか寂しさを感じながら、沈黙する代わりに足音だけさせて歩く俺達。西日は背後から俺達を照らして……って、あれ?
俺は歩みを止めず、自分の足元から伸びる影に目をやった。
並んでいるのは勿論、美桜の影なんだけど。
彼女が数歩後ろを歩いているせいだろう。互いに鞄を持たない方の腕の影が、時折自然に手を繋いでいるように重なる。
身長差もほとんどない、俺が望む理想的な姿を見せる二つの影。
……ったく。いいよな、
好きな
幼稚園の頃なんかは幼馴染って気持ちだけで、普通に手を繋げた事もある。
でも、今はそれももう無理だ。
理由は勿論、思春期になって恥ずかしいってのもある。でも、それだけじゃない。
俺達の身長差じゃ、手を繋いでも見栄えが悪過ぎだから。
俺と美桜と手を繋いだら、まるで子供が親に連れられる。そんな光景にしかならないんだ。そんなの、あいつだって恥ずかしいに嫌に決まってる。
そこにある理想の
俺の未練を重ねつつ、一気に影が増える下り階段を降りようとした瞬間。
「ま、待って」
やっと口を開いた美桜が小走りに脇を通り抜けると、俺より先に階段を三段ほど下り、こっちに振り返った。
段差のお陰で、夢にまで見たあいつを少し見下ろす身長差を得た俺。
その先にある美桜の表情は真剣……かと思ったら、ばばっと周囲や階段の下の方を見渡し、人目がないのを確認しだす。
学校から駅までの距離と高低差もあって、ほとんどの生徒がバスに乗って帰るのもあるし、俺が掃除当番だったせいで、帰宅時間がずれたのもあるんだろう。
運良くこの階段には、同じ学校の生徒どころか、近所の人もいない。
それを確認した美桜が、めちゃめちゃほっとした顔をする。
おいおい。
周りが気になるのはわかるけど、流石に考えなしで行動し過ぎだろ。
内心呆れつつも、あいつらしいどこか抜けた反応に、思わず笑みを浮かべていると、再び顔を上げた美桜と目が合った。
「どうしたんだよ?」
「あ、えっと……」
笑みを浮かべていたのは偶然。
だけど、ずっと話もせず歩いていたんだ。それなのに笑顔だった俺が、あいつにとっては予想外だったんだろう。露骨に戸惑ってるのがわかる。
ほんと。こういう態度がいちいち面白いし、俺の恋心をくすぐる。
どこかでその想いを捨てなきゃいけないってのに。
「話がないなら先に──」
「あ、ある! あるから!」
俺が動き出そうとしたのを声で制した美桜が、また真面目な顔をする。
そして、じっとこっちを見たあいつは。
「今日は、その……ごめん」
そう言って、ばっと頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます