第四話:感動する美桜

「美桜はもう断ってます。これ以上無理強いは止めてあげて下さい」

「な、何よ。あんた」

「同じ中学の大瀬陽翔です」


 東野先輩の言葉に、表情を変えずに答えるハル君。


「た、確かに小杉さんは一旦断ったかも知れないけど、それはまだバレーの魅力を知らないからで──」

「それは先輩達の事情です。気が変われば美桜が自分から入部届を持って行きますし、これ以上の話は止めましょう」


 部外者であるハル君の言葉に気分を悪くしたのか。

 先輩達が少しムッとする。


「あのさー。別にチビのあんたに話なんてしてないわけ。あたし達は、美桜ちゃんと話をしてるの」


 間違いなく苛立ちを隠せない東野先輩。

 西原先輩はそこまでじゃないけど、勿論不満げな顔。

 でも、そんな先輩の言葉を聞いた次の瞬間。


「先輩達のしている事は、会話じゃなくっていじめだろ!」


 ハル君は突然、二人を一喝した。

 あまりに大きな怒声に、先輩達も、周囲のクラスメイトも目を丸くする。勿論あたしも。


 一気にクラスを沈黙させたハル君。

 でも、そんなの関係なしに、彼は怒りに任せ話し続けた。


「先輩達はわかってない! こいつは別に、好きでここまで大きくなったんじゃないんだぞ! 身長のせいで中学でも悪口とか言われて、めちゃくちゃ悩んで、めちゃくちゃ辛い思いだってしたんだよ! それなのに、部活で有利ってだけで無神経に誘ってたら、こいつは劣等感でより嫌な気持ちになるんだぞ? より傷つくんだぞ? そんなこいつの気持ちも考えずに、断ってる奴に無理強いなんてするな! それでも会話するのなんて、いじめと何ら変わらない!」


 捲し立てるように一気に話しきったハル君が、怒りの形相のまま荒い呼吸を繰り返す。

 周囲のみんなは予想外の彼の反応に、目を丸くしたまま。先輩達も思うところがあったのか。バツが悪そうに俯いちゃってる。


 ……ハル君……。

 決して空気が良いとはいえない、こんな昼休みの教室の中。

 あたしはきつい言葉の中にある、中学の時と変わらない優しい言葉を聞いて、一人じーんときちゃってた。


 だって、あたしの悩みを知ってくれて、あたしの心を代弁してくれたんだよ?

 こんな事を言ったら、きっと周りの空気を悪くしたり、みんなに怖がられちゃうかもしれないのに。

 好きな人にここまでしてもらったら、そりゃ嬉しくだってなるじゃん。

 ちょっと目が潤んできて、泣きそうになっちゃってるし。


 ……って、今は泣く所じゃない。

 中学の時にも似たような事があったけど、あの時は泣いちゃって何も言えなかった。

 でも、今回はちょっと違う。あたしは今、無理に部活に誘われただけ。

 だから、ちゃんとあたしの口から言わなくっちゃ。折角ハル君が、その機会をくれたんだから。


「先輩」


 立ち上がってそう呼びかけると、先輩達が顔を上げこっちを見る。

 少し緊張した私は一度だけ深呼吸すると、二人の視線から目を逸らさず、改めて自分の想いを語り始めた。


「ハル君の言う通り、私はこの身長にコンプレックスを持ってます。だから、この身長なら部活で活躍できるって言われても、全然嬉しくないんです。部活で活躍して目立つって事は、私はやっぱり大きいんだって、より強く感じちゃうので。……だから、私は部活に入りません。ごめんなさい」


 大きく頭を下げ謝った私。

 少しの間、あたし達は沈黙が続いたんだけど。


「えっと、こっちこそ、ごめん」


 先にそう言ってくれたのは、東野先輩だった。

 頭を上げると、彼女は申し訳無さそうな顔をしてる。

 じっとが東野先輩を見ていると、西原先輩もあたしに声を掛けてきた。


「確かに、ちょっと考えなしだったかも。小杉さんの気持ちも考えず、話を進めちゃってごめんなさいね」

「こちらこそ、期待に沿えなくてすいません」

「いいのよ。確かに、そこの彼が言う通りだし」


 あたしの返事に西原先輩が自嘲気味に笑う。

 と、顔を上げた東野先輩が、ハル君を見た。


「えっと、ハル君だっけ?」

「はい」

「さっきは、チビとか言ってごめん。ちょっと、気をつける」

「わかりました」

「あと、美桜ちゃんの件も。ごめん」

「いえ。お二人が部活を頑張ってるからこそ、美桜を誘いたかったって気持ちもわかってるんで。これからも、部活を頑張ってください」

「あ、うん。ありがと」


 東野先輩の言葉に、ハル君は真面目にそう返すと、ペコっと頭を下げて自分の席に戻って行く。

 さっきまで怒ってたから、まさか応援されるなんて思ってなかったと思う。

 予想外の言葉に、先輩達がちょっと驚いた顔をして顔を見合わせてたもん。


 でも、こういう気遣いまで見せながら颯爽と去っていくハル君って、やっぱ格好良いよね。惚れ直しちゃう。


 彼の後ろ姿に見惚れていると、先輩達が話し始めた。


「雨音。そろそろ行こうか。お昼休みの邪魔になるし」

「そうだねー。あ、女子のみんな。興味あったらバスケ部に入ってねー!」

「そういう抜け駆けは止めてってば。バレー部も部員募集してるから、良かったら見学に来てね」

「結局雫も宣伝してんじゃーん」

「そりゃね。それじゃ、お邪魔しました」

「まったねー!」


 あの、妙に緊張した空気から一変。まるで漫才のように掛け合いをしながら、先輩達は何事もなかったかのように教室から去って行った。


 ……っていうか、疲れたぁ。

 昼休みが休憩になってないじゃん……。

 自然と胸をなでおろしたあたしは、そのまま席に座ったんだけど。


「あの、小杉さん。何かごめんね。さっき色々聞いちゃって」

「確かに無神経だったよね。ほんとごめんなさい」


 って、一緒にご飯を食べてた女子達が、申し訳無さそうに口々にそう謝ってきた。

 みんなも、ハル君の言葉に感化されたのかな。

 そんな変化がちょっと嬉しくって、あたしは素直に笑顔を見せる。


「ううん。大体最初はみんな色々聞いてくるし。慣れてるから」

「そっか。でも、ちょっと気をつけるね」

「うん。そうしてくれたら嬉しいかも」

「わかった」


 みんなの表情が安堵の笑みに変わって、内心あたしもほっとした。

 正直に話をしたら、敬遠されちゃうかなって思ってたし。


 ただ。ハル君の方はというと……。


「大瀬。お前って小さいくせに、度胸あるんだな……」

「あのなぁ。さっきの話、チビの俺にも当てはまるからな」

「あ……わ、悪い……」

「まあ、いいけど。ったく……」


 なんて、他の男子が少し気後れするくらい、ちょっとまだピリピリしてる。

 結局お昼ご飯を食べ終える間、ハル君はと周囲の男子の関係はギクシャクしてて。

 これで友達ができなかったりしたら、あたしのせいかも……なんて、ちょっと不安になっちゃったの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る