第42話 自分だけの力で……

――コオリは目の前に横たわるオークの死骸を見て唖然とした。かつては殺されかけた相手だが、たった一発の氷弾で仕留めた。あまりの呆気なさに呆然としていると、バルルが声をかけた。



「どうだい?悪くない気分だろう。自分の強さを少しは理解したかい?」

「師匠……」

「あんたはもう非力な魔術師じゃないんだ。こんな恐ろしい魔物を倒せるほど立派に成長したのさ」

「格好良かった。流石は私の後輩」

「あ、ありがとう……」

「……なあ、俺達って護衛の意味あるのか?」

「それを言うなよ……」

「ま、まあ……解体は俺達に任せてくれよ!!」



護衛役として雇われながらトム達は役に立てなかった事に負い目を感じ、せめて魔物の解体を行って役に立とうとした。彼等の気持ちを汲んでバルルも彼等に解体を任せている間、コオリが編み出した「圧縮氷弾」に関して意見を告げる。



「それはそうと、あんたの新しい攻撃法には名付けた方がいいね」

「名前?」

「圧縮氷弾だっけ?もうちょっと呼びやすい名前の方がいいんじゃないかい?」

「私もそう思う」

「な、なるほど……考えておきます」



コオリはバルルとミイナの言葉に「圧縮氷弾」の代わりとなる名前を付けるように言われ、不意に彼は頭に思い浮かんだ言葉を告げた。



「氷硬弾……というのはどうですか?」

「また地味な名前になったね」

「でも、圧縮氷弾よりは短くていいと思う」



何となく思いついた名前をコオリは口にすると、バルルとミイナは賛成した。これからは「圧縮氷弾」改め「氷硬弾」と呼ぶ事にした。



「あんたの氷硬弾は強力だけど、撃ち込むのに多少の時間が掛かるね?」

「あ、はい。魔力を込めるのに時間が掛かっちゃって……」

「そういう事ならここでも思う存分に練習しな。学園内だと色々と周りを気にして魔法の練習も思うようにいかないだろう?」

「え!?」



バルルの言葉にコオリは不安を抱き、いつ魔物が襲われるか分からない場所で魔法の練習するのは危険過ぎるのではないかと思ったが、そんな彼にバルルは注意する。



「あんたをここへ連れてきたのは魔物との戦闘経験を積ませるためだよ。だから今回は実戦を積んで魔法の腕も磨きな」

「で、でも……」

「何をそんなに怖がってるんだい?あんたはもう既にオークをぶっ倒しているじゃないかい。後はファングの奴だけだよ」



コオリはバルルに言われて自分が倒したオークの死骸を確認し、既に自分の魔法は森の魔物に通じる事は証明されていた。この機会を逃さずに魔法の練習を行うのと同時に魔物との戦闘にも慣れるようにバルルはコオリに指示し、王都に戻らずにこのまま森の中で訓練を行う事を告げる。



「コオリ、ここから先はあんた一人で行動しな」

「えっ!?」

「待って、それはいくらなんでも……」



バルルの唐突な発言にコオリは驚き、流石のミイナも黙っていられずに口を挟もうとしたが、彼女を制してバルルはコオリに告げた。



「別に一人で森の奥まで行けとは言わないさ。散歩する感覚でそこいらを歩き回りな」

「お、おいバルル!!何を言ってるんだ!?」

「それだと俺達は何のために護衛を……」

「依頼人はあたしだ!!ここから先のあんた等の護衛対象はこいつじゃない、あたしだ!!だから口を挟むんじゃないよ!!」



護衛として雇われたトムとヤンはバルルの発言に慌てふためくが、そんな彼等をバルルは一喝し、改めてコオリに振り返って彼の両肩を掴む。



「あんたはもうここにいる魔物を倒せるだけの力は身に着けている。だから何も恐れる必要はない、他の人間の力を借りなくてもあんたは大丈夫さ」

「大丈夫って……」

「いいかい、魔術師にとって大事な事はどんな状況でも取り乱さない冷静さ、精神力、そして……最後まで諦めない根性だよ」

「こ、根性?」



急に精神論を話し始めたバルルにコオリは戸惑い、教師らしからぬ発言にコオリは混乱するが、バルルの意志は固くコオリに怒鳴りつけた。



「男なら覚悟を決めな!!それともあんたは一人では何もできない弱虫なのかい!?」

「ち、違います!!」



不安がるコオリに対してバルルは怒鳴りつけると、彼女の言葉にコオリは言い返す。他の者たちも心配した表情を浮かべるが、バルルはあくまでもコオリ一人の力で森の中を探索するように告げた。



「いいかい、この森を一人で行動できるぐらいの強さがなければ試験なんて合格できないと思え。でも、逆に言えばこの森を抜けられればあんたは試練を突破できる力を持っている事を証明される……多分」

「多分!?」

「と、ともかく……あんたは自分だけの力でこの森を抜け出しな!!あたし達はここであんたを待っている。言っておくけど魔物を一匹も倒さずに戻って来きたら承知しないからね!!」

「コオリ……もしも何かあったら私を呼んで。すぐに助けに駆けつけるから」

「う、うん……ありがとう」



バルルは一方的に告げるとコオリの背中を押して森の中に入らせ、皆に見送られながらコオリは森の中にたった一人で踏み込む――






――しばらくの間は森の中を歩き続けると、とりあえずは魔物を探す事にした。常に周囲の警戒は怠らず、何時でも魔法を撃ち込める準備を行う。



(さあ、何時でも掛かってこい!!)



魔物が巣食う森の中がどれほど危険なのかはコオリもよく知っており、今回はリオンのように自分を助けてくれる存在はいない。自分一人の力でコオリは魔物と戦って勝たなければ皆の元には戻れない。


杖を力強く握りしめながらコオリはしばらく歩くと、森の中に流れる川を発見する。そして川の傍には始めて見る魔物の姿が見かけられた。



「フゴッ、フゴッ……!!」

「っ……!?」



コオリの視界に映し出されたのは馬鹿でかい巨大な猪であり、普通の猪よりも一回りは大きく、しかも牙の形が槍のように尖っていた。異様な形状の猪を見てコオリは冷や汗を流し、口元を抑えながら近くに茂みに隠れた。



(何だあの馬鹿でかい猪……魔物なのか!?)



先ほど倒したオークよりも巨体の猪を見てコオリは混乱し、どうするべきか考える。まだ猪の魔獣(獣型の魔物の別称)はコオリには気づいておらず、小川の水を飲んでいる。攻撃を仕掛けるならば今が好機だが、不意打ちで倒せるとは限らない。


今ならば気付かれる前に逃げる事もできるが、ようやく見つけた魔物を倒さずに引き返す事に躊躇する。幸にも魔獣はまだコオリの存在に気付いておらず、不意打ちを仕掛けるのならば絶好の機会だった。。



(もう少し近づければ……)



氷硬弾を撃ち込む準備を整えながらコオリは魔獣に接近しようとした時、足元に落ちていた小枝に気付かず踏んでしまう。



「フゴォッ!?」

「しまった!?」



小枝が折れた音が響き渡り、その音に気付いた魔獣が振り返る。魔獣はコオリを見た瞬間に鼻を鳴らし、何の躊躇もなくコオリに目掛けて突っ込んできた。




――フゴォオオオッ!!




魔獣は一直線にコオリに目掛けて突進すると、魔法で迎撃しようとしたがあまりの迫力に気圧され、反射的に横に飛んで避けてしまう。



「うわぁっ!?」

「フガァッ!!」



コオリが避けると魔獣は勢いを止めずに彼の後方に存在した岩にぶつかると、この時に槍のように尖った牙が岩石にめり込み、その光景を見たコオリは牙の鋭さと硬度に冷や汗を流す。


もしもコオリが避けていなければ、彼の身体は魔獣の牙に貫かれて確実に死んでいた。その事を理解するとコオリは汗を流し、一方で岩石に牙が食い込んだボアは必死にもがく。



「フゴォオオオッ!?」

「ぬ、抜けないのか?なら、今のうちに……!!」



自分から岩に突っ込んだせいで牙が岩石にめり込み、そのせいで抜け出せなくなった魔獣を見てコオリは距離を取る。やがて魔獣は牙を抜く事を諦めたのか、逆に力を込めて岩石その物を破壊する。



「フガァッ!!」

「うわっ!?」



牙がめり込んだ状態で魔獣は力を込めて岩を押し込み、そのまま途轍もない怪力を発揮して岩を破壊する。その力はオークをも上回り、それを見たコオリは逃げ切れないと判断して戦闘態勢に入った。

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