第41話 リベンジ
「次の試験に何が出るのかはあたしも知らない。だけど、もしもあんたの心に恐怖を刻んだ魔物が現れた時、冷静に戦える自信あきるのかい?」
「それは……」
「恐怖と向き合え、そうしないとあんたは前に進めない」
バルルの言葉にコオリは身体が震え、その様子を見て他の者たちは彼が怯えているのだと思った。普通の子供なら怖がるのも無理もない話であり、この森でコオリは魔物に殺されかけた。そんな場所に急に連れて込まれれば緊張するなというのが酷な話だった。
「バルル、ここは危険過ぎる。魔物と戦うにしても他の場所があるだろう?」
「この森の魔物は昼行性だ、夜ならともかく昼間に入るなんて自殺行為だ」
「子供を連れて移動するのなんて無理に決まっている!!」
「うるさい、決めるのはあんた等じゃない……こいつだよ!!」
三人の冒険者の言葉にバルルは怒鳴りつけ、彼女はコオリの両肩を掴む。コオリはこの森で起きた出来事を思い返し、前回は逃げ回る事しかできなかった。リオンがいなければ今頃は死んでいたかもしれない。しかし、今は違う。
「大丈夫です。戦ってきます……いえ、必ず勝って帰ってきます」
「……よく言ったね、その意気だよ」
「コオリ、本当に大丈夫?怖いなら一緒に行ってあげる」
「おい、坊主……無理をするな。顔色も悪いぞ」
「いくらなんでもこの森は……」
「あんた達は黙ってな。何があろうとあたしが責任を取る、もしもやばい奴と出くわしたらそのときはあたしが何とかするさ」
「おいおい、それだと俺達の立場はどうなるんだ……たくっ、仕方ねえな」
コオリが森の中に入る決意を固めると、全員が馬車を降りて周囲の様子を伺う。ここから先は慎重に進まなければならず、とりあえずは馬車を安全な場所に移動させる必要があった。
同行していたトム達の話によると深淵の森に生息する魔物の殆どは昼行性らしく、夜を迎えると殆どの魔物は寝入ってしまう。そのためにコオリが前回乗り合わせた商団の馬車は夜間に森を移動しようとしていた。
この深淵の森は王都へ辿り着くための近道でもあり、夜の間ならば魔物に見つかる可能性も低い。前回にコオリを乗せた商団の馬車が見つかったのは運が悪かったとしか言えず、偶々目を覚ましていたオークに見つかった事になる。
(そういえば前の時は傭兵の人達がいたけど、あの人たちの武器は通じなかったな……トムさん達は大丈夫なのかな?)
オークが馬車の前に現れた時の事をコオリは思い出し、あの時は商団の護衛を行っていた傭兵団はオークに皆殺しにされた。最初に殺された傭兵の頭は鋼鉄製の剣で挑んだが、オークの腕に斬りかかろうとした時に刃が折れてしまった。
「あの……トムさん達はオークと戦った事はありますか?」
「ん?まあ、仕事で何度か戦った事はあるぞ」
「じゃあ、倒した事もあるんですね?どうやって倒したんですか?」
「どうやってと言われても……普通にこの武器で倒したが?」
トム達はコオリの質問に首を傾げ、コオリは鋼鉄製の剣を破壊する硬度を誇るオークを彼等がどうやって倒したのか気になった。この時にコオリは彼等が身に着けている武器が全員緑色の金属である事を思い出し、率直に尋ねてみる。
「どうして皆さんの武器は緑色なんですか?」
「ん?ああ、そういう事か。もしかして坊主はミスリル製の武器を見るのは初めてか?」
「ミスリル?」
「魔法金属の一種さ。そういえばあんたは田舎から来たと言っていたね、魔法金属の事は知らないのかい?」
「あ、えっと……そういえば前に聞いた事があるような」
魔法金属という単語にコオリは昔の事を思い出し、この世界では魔法の力を帯びた特殊な金属がある事を王都に向かう途中の馬車で傭兵から聞いたような気がした。魔法金属とは魔法の力を宿す鉱石を特別な方法で加工しなければ手に入らず、コオリが暮らしている地方では流通していない。
トム達が使用する武器はミスリル鉱石と呼ばれる特殊な鉱石を加工して作り出された魔法金属であり、名前はミスリルと呼ばれている。魔法金属の中でも比較的に加工しやすく、素材も手に入りやすいので世界で最も流通されている魔法金属だった。
「魔法金属の武器は普通の金属とは比べ物にならない硬度を誇るんだ。だから鋼鉄程度の武器が通じない魔物が相手でもミスリル製の武器なら通用するわけさ」
「へえっ……凄いですね」
「ああ、といっても魔法金属製の武器はとんでもなく高いからな、俺達もこの武器を揃えるのにどれだけ苦労したか……」
「だけど性能は確かだ。この斧は五年も使い込んでいるが、魔物を相手にしても壊れる事はなかった。普通の武器だとすぐに壊れちまうからな……だから魔物に対抗できるのは魔法金属製の武器だけなんだよ」
大抵の魔物は鋼鉄製の金属で作り出された武器では全く通じず、魔物に対抗するには魔法金属製の武器でなければ通用しない。それが冒険者達の常識であり、コオリの前で死んだ傭兵団は魔物を相手にしながら魔法金属製の武器を用意していなかった事が仇となった。
「さあ、もう十分離れただろう……クン、悪いけど馬車を頼むよ」
「お、おい!!俺だけ残すつもりか?」
「だからって全員が行くわけにはいかないだろう。あんたはここでお留守番してな、どうせすぐに戻ってくるんだからさ」
「たくっ……早く戻って来いよ」
森に潜む魔物に襲われない安全な距離まで離れると、バルルはクンに馬車に残るように指示する。そして他の者を連れて遂にコオリ達は森の中に入り込む。
以前の時は夜だったので視界が暗くて魔物と何時出くわすのか分からずに不安で仕方なかったが、今回は明るい時間帯だったのでコオリは少し安心する。
(やっぱり明るいと見やすいな……いや、油断禁物だ)
明るさのお陰で少しは気が晴れたコオリだったが、トムから言われた言葉を思い出す。この森に潜む魔物は「昼行性」であるため、夜間よりも昼間の方が活発的に行動している。つまり、夜の間よりも魔物に見つかりやすい危険な時間帯にコオリ達は森の中に入り込んでいる。
(何時でも魔法を使えるように準備しておかないと……)
今回はコオリは自分の杖と学園が支給する小杖を二つとも身に着けており、いつでも襲われた時に対処できるように杖を握りしめていた。そんな彼を見てバルルは注意を行う。
「コオリ、戦闘の時以外は杖は背中に戻しな」
「え、でも……」
「そんな風に握りしめたまま移動してたら汗が滲んでいざという時に杖を落とすかもしれないだろう。警戒するのは悪い事じゃないけど、あんたの場合は怯えすぎなんだよ」
「そうそう、俺達が傍にいるんだからいきなり魔物に襲われる事はないさ」
「魔物が近付いても俺達がすぐに見つけてやるよ」
「大丈夫、私もいる」
バルル達が緊張するコオリにそれぞれが声をかけ、皆の優しさにコオリは有難く思って杖を握りしめる力を緩めた。しかし、先行していたバルルが何かに気付いたように口元に人差し指を構える。
「しっ、静かにしな……大きな音を立てるんじゃないよ」
「見つけたのか?」
「ああっ……あそこの樹の裏に隠れているね。あたし達にはもう気付いているけど、隠れて様子を伺ってるね」
「えっ……」
バルルは鋭い目つきで自分達の前方に存在する樹を指差し、それを見たコオリは戻しかけていた小杖を慌てて構えた。コオリの位置からでは見えないが、間違いなく魔物が樹の裏に隠れているとバルルは確信していた。
彼女は冒険者だった頃に磨かれた直感で樹の裏に魔物が隠れていると見抜き、彼女と長い付き合いのトムとヤンはそれを信じて武器を抜く。二人は剣と斧を握りしめ、緊張した様子で前に出る。
「バルル、どうする?」
「幸いにも隠れている奴以外に気配は感じないね、なら都合がいい」
「おい、まさか……」
「コオリ、あんたの出番だよ。あたし達が樹の裏に隠れている奴を引き寄せる。その後はあんたの手で倒しな」
「は、はい……」
コオリはバルルの言葉を聞いて非常に緊張しながらも頷き、遂に自分に恐怖を植え付けた敵と再会する時が訪れた。コオリの様子を見てトムとヤンは不安そうな表情を浮かべるが、バルルとミイナはコオリに語り掛けた。
「あんたなら勝てる、落ち着いて戦えば負けるはずがない」
「コオリなら大丈夫、いざという時は私が助ける」
「あ、ありがとう……」
二人の言葉にコオリは少しだけ気が楽になり、緊張を解すために深呼吸を行う。やがてバルルはコオリの準備が整ったと判断すると、足元に落ちている石をいくつか拾い上げる。
バルルの行動にコオリは不思議に思うと、彼女は石を木の裏に向けて次々と投げ込む。石が地面に落ちる音を利用し、誰かが樹の裏に近付いているように聞こえなくもない。
(まさか、音で魔物を引き寄せようとしている?こんな方法もあるのか……)
やがてバルルが拾い上げた石を全て使い切ると、最後の石が落ちた途端に樹の裏に隠れていた茶色の毛皮に覆われた怪物が姿を現わす。
――プギィイイイイッ!!
その鳴き声を聞いただけでコオリの身体は震え上がり、生まれて初めて彼が目にした魔物が姿を現わす。樹の裏に隠れていたのは「オーク」であり、普通の熊ならば一撃で殴り殺せる程の怪力を誇る怪物が遂に出現した。
オークは石が落ちる音を足音と勘違いし、誰かが自分が隠れている樹に迫ってきたと勘違いして姿を現わした。しかし、実際には誰も樹の傍に近寄っておらず、少し離れた場所に立っているコオリ達に気付いて困惑する。
「プギィッ……!?」
「今だよ、やりな!!」
「はいっ!!」
バルルの掛け声に合わせてコオリは慌てて杖を構えると、オークに狙いを定めて魔法を発動させた。杖の先端に魔力を集中させ、一角兎の時のように無駄に魔力を消費しないように気をつけながら魔法を発動させる。
(あの時とは……違う!!)
コオリは過去の出来事を思い出し、あの時に味わった恐怖と無力感を打ち破るために魔力を杖に込め、圧縮氷弾を撃ち込んだ――
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