第39話 一角兎

「ランファはいるかい!?」

「きゃっ!?あ、貴女は昨日のオーガさん!?」

「誰がオーガだい!?そういうのはいいからギルドマスターに会わせてくれ!!今すぐに!!」

「ちょ、師匠……落ち着いて」

「どうどう」

「あたしは馬かい!?」



バルルは冒険者ギルドの受付で大声を上げ、建物内に居た冒険者達は何事かと顔を向ける。コオリとミイナは彼女を落ち着かせようとした時、丁度良くギルドマスターのランファが現れた。



「バルル、騒ぐんじゃない。私はここにいるぞ」

「そこに居たのかい!!昨日の件はどうなってるんだい!?」

「ちょ、ちょっと!!貴方、いくら知り合いだからってギルドマスターになんて口の利き方を……」

「いいんだ、ここは任せてくれ」



ランファに詰め寄ろうとするバルルを見て受付嬢は注意しようとしたが、それを制したのはランファだった。彼女はバルルの肩を掴み、まずは落ち着くように告げる。



「ここで騒ぐな、話はちゃんと聞いてやるから場所を変えるぞ」

「……すまない、取り乱したね」

「ど、どうも」

「どもども」



コオリとミイナはランファに頭を下げると、彼女は頷いて3人をギルド長室まで連れていく。その様子を受付嬢は不満そうな表情を浮かべて見送った――






――部屋に到着するとバルルは事情を話し、三日後にコオリが試験を受ける事になった事を話す。予想よりも大分早く試験が決まった事で彼女は焦り、ランファの元に訪れた事を話す。



「というわけで三日以内にコオリに実戦経験を積ませないといけなくなったんだよ。こっちの都合で悪いんだけど、早いうちに護衛を引き受けてくれる奴を紹介してくれないかい?」

「ふむ……」

「無理を言っているのは分かってる。でも、こっちも時間はないんだよ。頼む!!この通りだ!!」

「し、師匠!!」

「そこまでするなんて……」



バルルはランファに対して頭を下げると、それを見たコオリとミイナは驚いた表情を浮かべる。しかし、コオリは自分のために頭を下げてくれたバルルの心意気を感じ取り、自分も頭を深く下げて頼み込む。



「お願いします!!どうか力を貸してください!!」

「……私からもお願い」

「お前達……顔を上げてくれ。これだと私が悪者みたいだろう」



自分の前で頭を下げてきたバルル達に対してランファは困った表情を浮かべ、彼女はそもそも三人を連れ出したのはギルドで騒いだことを注意するためでなく、用件を果たしている事を伝えるためだった。


ランファはベルを鳴らすと外に待機していた男性の職員が駆けつけ、彼にランファはある冒険者達を連れてくるように指示を出す。それから数分後、ギルド長室にコオリたちも見知った顔ぶれが訪れた。



「よう、バルル!!昨日ぶりだな!!」

「あ、あんたら!?どうしてここに!?」

「へへへ、お前が困っていると聞いてな」

「仕事を早めに終わらせて帰ってきたんだよ。それで俺達の力が必要だって?」



コオリ達の前に現れたのはバルルとは古い付き合いの冒険者三人組だった。ちなみにこの三人組の名前は「トム」「ヤン」「クン」であり、全員が銀級冒険者でもある。


冒険者集団の隊長リーダー格を務める「トム」は剣士、斧を扱う「ヤン」は3人の中で一番の腕力を誇り、最後の「クン」は槍の使い手である。まさかバルルも彼等が仕事を引き受けてくれるとは思わずに驚く。



「あんたら……いいのかい?迷惑をかける事になるけど」

「へへ、気にすんなよ。同期の好だ」

「それとも俺達の実力じゃ不安か?」

「言っておくが俺達も成長してんだぜ?今ならオークの群れだって退治できらぁっ!!」



力自慢のヤンは自分の斧を軽々と振り回し、他の二人も各々の武器を手にしてバルルに見せつけた。そんな彼等の行動にバルルは苦笑いを浮かべ、一方でランファの方は昔の同期が集まった事に懐かしそうな表情を浮かべる。



「この三人ならば護衛を十分に務められるだろう。お前とも仲が良いから緊張する事もないし、一緒に仕事をしてきた事もあっただろう?昔のように力を合わせてこの子達を守るんだ」

「ランファ……気を遣ってくれたのかは嬉しいけど、できればもうちょっと真面目な奴等を紹介してほしかったね」

「おいおい、そりゃないぜ!?」

「お前が困ってるからこっちだって無理をして前の仕事を終わらせてきたんだぞ!!」

「たくっ、そういう所は相変わらずだな!!」

「冗談だって……感謝するよ」



バルルの言葉に三人は文句をつけるが、彼女も本気で言っているわけではなく、むしろ見知らぬ冒険者に頼るよりも、昔からの知り合いである彼等ならば信頼して仕事を任せられた。改めてバルルは三人に感謝を示すために握手を行い、迷惑をかけたランファに頭を下げた。



「姐さん、迷惑をかけて本当にすまなかった」

「気にするな……いや、今度良い酒を持ってきてくれ。そうしたら許してやる」

「ああ、約束するよ」

「おう、俺達の分も忘れずにな!!」

「うるさいね、あんた達には金を払うんだからそれでいいだろう!?」

「「「あはははっ!!」」」



こうしてバルルは古い知り合いの冒険者を護衛として雇い入れる事に成功し、早速だが彼女はコオリに魔物との実戦経験を積ませるために急いで準備を行う――






――護衛として三人の冒険者を雇ったバルルは馬車を貸し出している商人の元に訪れ、全員が乗れる馬車を借りて王都の外に出向く。ちなみに御者はトムが行い、彼は馬車の扱いに慣れていた。



「凄いですね、馬車を運転できるなんて……」

「ははは、馬や馬車を操る技術を身に着けている冒険者なんて珍しくはないさ。俺達は仕事の都合で遠くに離れる事もあるからな、だから自分達で馬や馬車を用意する事も多い。御者を雇うよりも自分達で運転する方が金の節約になるからな」

「へえ、勉強になります」



馬車を運転するトムの話を聞いてコオリは冒険者は魔物を退治するだけではなく、様々な技術も身に着けならなければならない事を知る。尤も金がある裕福な冒険者はいちいち自分では運転せず、御者を雇っているらしい。



「金のない冒険者ならともかく、金に余裕がある奴は御者を雇うけどね。自分が運転する場合は長旅になると疲れるし、特に一人で活動する奴は大変だね。いざという時に魔物や盗賊に襲われた時、疲れていたら碌に戦えないだろう?」

「言われてみれば……」

「だから基本的に冒険者は俺達みたいに他の奴と組んで行動するのが多いんだ。一人よりも大人数で行動した方が色々と便利だからな」

単独ソロで行動する奴は自分の実力に自信がある奴か、あるいは報酬を独り占めにしたい奴だけだな」

「そうなんですか……」



王都の冒険者は基本的には殆どの人間が他の冒険者と組んで行動をしており、単独で活動を行う冒険者は滅多にいないらしい。単独の場合だと仕事の負担は大きいがその分に一人で報酬を独り占めに出来る。一方で複数人で活動している冒険者は報酬は分配されるが、その分にお互いに協力し合って単独では行えない作業もできる。


移動中の間もコオリはトム達から色々な話を聞き、冒険者に関する知識を深めていく。冒険者はコオリも興味がある職業であり、もしも自分が魔法学園を卒業できない事態に陥った場合はバルルのように冒険者になろうかとも密かに考えていた。



「あの……冒険者になるには条件とかあるんですか?」

「おっ?坊主も冒険者になりたいのか?でも、残念だな。冒険者になるには年齢制限があるんだ」

「昔は十五才でも冒険者に慣れたんだが、今は制度が変わって十八才からじゃないと冒険者の試験が受けられないんだ」

「そうなんですか?」

「それに冒険者になるには試験を受ける必要がある。筆記試験では魔物に関する知識が試されるし、実技試験は現役の冒険者が相手をして実力を計る。昔よりも試験内容は厳しくなってるから冒険者になるのはあまりお勧めしないぞ」

「そ、そうですか……残念です」

「安心しな、冒険者なんぞならなくてもあたしがあんたを立派な魔術師に育ててあげるよ」



冒険者の条件は昔よりも厳しくなった事を知ったコオリは残念に思うが、そんな彼を励ますようにバルルが肩を叩く。そんな話をしているうちに馬車は目的地へ辿り着いた。



「よし、ここら辺でいいだろう。馬を止めるぞ」

「え、ここで止まるんですか?」

「ああ、ここから先は危険だからな……」



馬車が停止したのは大きな丘の前であり、ここから先は徒歩で移動する事になる。馬車を放置できないので見張り役としてヤンが残る事が決まり、他の者は丘を登って周囲の光景を確認する。



「よく見ておきな、今からあんたが戦う相手はこいつらさ」

「こ、これは……!?」



隣に立つバルルの言葉にコオリは驚愕の表情を浮かべ、彼が目にしたのは草原のあちこちを飛び回る兎のような姿をした魔物だった。



「キュイイッ!!」

「キュイキュイッ」

「キュキュッ?」

「う、兎?」

「……可愛い」



コオリ達の視界に映し出されたのは可愛らしい兎のような魔物であり、普通の兎と違う点は額の部分に角があった。オークやファングと比べると全く怖くはなく、むしろあまりに可愛らしい外見に気分がほっこりとしたミイナがぼそりと呟く。


オークやファングのような恐ろしい姿をした魔物と戦うと思っていた。しかし、実際にコオリの前に現れたのは兎のように可愛らしい魔物である事に彼は戸惑い、そんな彼を見てバルルは笑い声をあげる。



「あはははっ!!こいつらの名前は一角兎といってね、魔獣種(獣型の魔物)の中でも一番危険度が低いのさ。最初に戦う相手はこいつらで十分さ」

「一角兎……」

「可愛いからペットにしたい。コオリ、一匹捕まえてきて」

「そいつは止めておきな、ああ見えても魔物だから油断すると大変な目に遭うよ。さあ、ここから先はあたしとあんただけで行くよ」



戸惑うコオリを引っ張ってバルルは丘を降りると、一角兎なる魔物が戯れる草原へ足を踏み入れる。コオリは一角兎の外見を見て本当に自分がこんな可愛らしい姿をした魔物と戦うのかと増々混乱する。

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