第38話 ギルドマスター

白銀級冒険者のバッジを見せると受付嬢は即座にギルドマスターに報告を行い、すぐにコオリ達はギルドマスターのいる部屋へ案内された。部屋の中には筋骨隆々の巨人族のが立っており、それを見たバルルは笑みを浮かべる。



「よう、久しぶりだね姐さん。元気にしているかい?」

「バルルか、久しぶりだな」

「ど、どうも……初めまして」

「……どもども」



この巨人族の女性が王都の冒険者ギルドのギルドマスターを勤め、彼女とバルルは昔馴染みだった。久しぶりの再会ではあるがギルドマスターは無表情のままソファに座るように促す。



「そこに座れ、すぐにお茶を用意させよう」

「ついでにお茶菓子も頼むよ。安い奴じゃなくて高い奴ね」

「相変わらずだな、用意させよう」

「あ、あの……僕はいいです」

「……私もさっき食べたばかりだからいらない」



バルルはソファに座ると両隣にコオリとミイナも座り、ギルドマスターはベルを鳴らすと部屋の中にギルドの職員が駆けつける。彼女は人数分のお茶とバルルが頼んだ分の茶菓子を用意するように促す。


職員がすぐに机の上にお茶と御茶菓子を並べると、改めてコオリ達はギルドマスターと向かい合う形で座り込む。巨人族の女性を見るのはコオリは初めてだが、その圧倒的な威圧感は男性の巨人族にも勝る。



「相変わらずあんたは怖い顔してるね、うちのガキどもが怖がってるじゃないかい」

「余計なお世話だ。それよりもその二人は……まさか、お前の子供か?」

「違うに決まってるだろ!!弟子だよ、弟子!!ほら、名前を名乗りな!!」

「ど、どうも……コオリと申します」

「……ミイナ」



ギルドマスターの言葉にバルルは憤慨し、二人に自己紹介を行わせる。二人の名前を聞いたギルドマスターは子供が相手でも礼儀正しく頭を下げて自分も自己紹介を行う。



「この王都の冒険者ギルド「白虎」のギルドマスターを務めているランファだ」

「ランファはあたしと幼馴染でね、こう見えても同い年なんだよ」

「え、そうだったんですか!?」



バルルの言葉にコオリとミイナは二人を見比べ、年齢はどちらも30代だと思われるが、ランファは体格が大きいせいで迫力を感じさせる。ずっと無表情のままなので感情が読み取りにくく、そのせいで余計に近寄りがたい。



「こう見えてもこいつは子供好きだからね、だからそう怖がることはないよ」

「は、はあっ……」

「それでバルル、急に来た用件はなんだ?まさか冒険者に戻るつもりに……」

「よしてくれよ、あたしはもう引退したんだ」



ランファが言葉を言い終える前にバルルは否定し、自分は冒険者に戻るつもりはない事を伝えた。そんな彼女の返答にランファは少しだけ寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに元の無表情に戻ってしまう。



「そうか、それなら今日は何しに来た?ただ顔を店に来たわけじゃないんだろう?」

「まあね、単刀直入に言うけどうちの弟子達を魔物と戦わせたいから協力してほしい」

「……どういう意味だ?」



バルルの言葉にランファは一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、すぐに目つきを鋭くさせる。彼女の気迫が増したせいでコオリは無意識に震え、ミイナも猫耳と尻尾を伏せて怯えた猫のように縮こまる。



「見た所、その二人はまだ成人年齢ではないだろう。お前の弟子というぐらいなのだから鍛えてはいるんだろうが、それでも魔物と戦わせるのは危険過ぎる」

「それがどうしたんだい。あたしらだってこいつらと大して変わらない年齢で魔物と戦っていただろう?」

「昔とは規則が違うんだ。今では成人年齢に達していない者は冒険者にはなれないんだ」

「そういえばそうだったね。だけど、あんたが協力しようとしなかろうとこっちのコオリは近いうちに魔物と戦う事になってるんだよ」

「……どういう意味だ?」

「こっちも色々と事情があってね……一から話すよ」



どうしてもランファの協力を得たいバルルは包み隠さずに自分達の状況を伝える。バルルは自分が魔法学園の教師として雇われている事、学園長からコオリとミイナの面倒を見る事を頼まれた事、そして現在は他の教師に目を付けれてコオリがどうしても試験を受けなければならない事を伝えた。


話を最後まで聞き終えるまでランファは黙っていたが、事情を知ると彼女は心底呆れた表情を浮かべる。バルルが自分の元に訪れた理由を知った彼女は少し怒った様子で口を開く。



「つまり、お前は自分の不始末を弟子に解決させようというのか」

「人聞きが悪いね……でも、その通りだね。今回の一件はあたしの責任だ」

「そんな、別に師匠のせいじゃ……」

「私が逃げ回ったせいでもある……だから私もちょっとだけ責任がある」

「いや、あんたはもうちょっと責任を感じてほしいんだけどね。けど、あたしが周りと上手くやっていればこんな事にはならなかったのは事実だよ」



他の教師にバルルが目を付けられたのは彼女は授業を行わずにミイナを追い掛け回していたためであり、その辺の事情を他の教師に上手く伝えていれば問題は起きなかったかもしれない。しかし、今更後悔しても遅く、バルルは自分のために試験を受ける事を決めたコオリのためにランファに協力を求める。



「このまま試験を受けるとなるとこいつはぶっつけ本番で魔物と戦う事になる。それだけは避けたいから、今のうちにこいつに魔物とのをさせておきたい」

「……言いたい事は分かった。だが、魔物と戦う以上は危険を伴うぞ」

「それは知っている。だけど、このまま何もしなくてもこいつが魔物と戦う事に変わりはないんだ」

「…………」



ランファはバルルの話を聞いて黙り込み、このまま自分が協力しなければコオリは試験の時に魔物と戦う事になる。魔物と遭遇したのは以前にもあったが、あの時はリオンに守られていてコオリ自身は戦闘には参加していない。


バルルとしては試験の前にコオリに少しでも魔物との戦闘経験を積ませ、試験本番の時に彼が少しでも緊張しないように挑ませてやりたかった。試験で初めて魔物と戦うとなればどんな人間でも緊張してしまい、本来の実力を発揮できない。


相手がただの人間ならばともかく、魔物との戦闘となると命の危機に晒される。勿論、試験の時は教師も監視するので本当にコオリが危ない目に遭いそうならば教師も助けてくれるだろう。だが、が起きないとも限らない。



「頼むよ。あんたとあたしの仲じゃないか」

「……私にどうしてほしいというんだ」

「別に難しい事じゃないよ、このギルドでは新人の冒険者の訓練用に危険度が低い魔物を飼育しているだろう?そいつをコオリと戦わせてほしいんだよ」

「つまり、訓練用の魔物をその子と戦わせたいという事か?」



冒険者ギルドにバルルが来た目的はコオリに訓練用の魔物と戦わせ、この場所ならば腕利きの冒険者も勢揃いしているので訓練中にコオリが危険な目に遭ってもすぐに助け出せる。そう考えた上でバルルは冒険者ギルドに訪れたのだが、ギルドマスターとしてランファは一般人を魔物と戦わせる事に賛成はできない。



「駄目だ、ギルドが管理する魔物はあくまでも冒険者の育成のために飼育している。部外者に魔物と戦わせる事はできない」

「そこを何とかできないのかい?」

「無理だ。もしも一般人に魔物と戦わせたと知られればギルドの沽券に関わる。すまないが訓練用の魔物を戦わせる事はできない」

「……はあっ、やっぱりそういうと思ったよ」



バルルはランファの返答を予想していたのか彼女は落胆した表情を浮かべ、その様子を見てコオリは不安を抱く。このままでは自分は試験本番の時に魔物と初めて戦う事になると思いかけた時、ランファは顔を上げてある提案を行う。



「だが、その子が魔物と戦う方法は他にもある」

「本当かい!?」

「ああ、但しこの方法は危険が大きい。絶対に安全とは言い切れない……それでもやるか?」



ランファの言葉にバルルは顔を上げるが、対面に座るランファは今までにないほどに真剣な表情を浮かべていた。そんな彼女の気迫に気圧されながらもバルルは話を聞く。



「まずは話を聞かせてくれるかい?その後に判断するからさ」

「そうか、なら方法を教えよう。お前がその子を魔物が生息する地域まで連れて行き、として雇う」

「あっ……なるほど、その手があったね!!」

「え、どういう意味ですか?」

「……?」



話を聞いたバルルは意表を突かれた表情を浮かべ、二人の話を聞いていたコオリとミイナは具体的にどうするつもりなのかを尋ねる。するとランファの代わりにバルルが説明を行う。



「要するに冒険者を護衛として雇って、あんたを魔物が現れる地域まで連れて行くんだよ。そうすれば魔物が襲ってきた時はあたしや冒険者があんたを守る事ができるし、あんた自身も魔物と戦う事ができる。そう言いたいんだろう?」

「ああ、だがこの方法は非常に危険を伴う。いつどこで魔物が現れるかもしれず、最悪の場合は魔物の群れに襲われる可能性もある。絶対に冒険者が守る保証もない。それでもやる覚悟はあるか?」

「……あたしを誰だと思ってるんだい?こう見えても白銀級まで上り詰めた冒険者だよ。ガキの一人や二人、冒険者なんか居なくても守り切れるさ」

「大した自信だな……だが、冒険者は必ず同行させてもらう。そんな話を聞いた以上、私も放ってはおけないからな」



ランファはバルルの言葉を聞いて早速手続きを行い、彼女を依頼人にさせて冒険者の護衛依頼を行うように促す。バルルはランファの言う通りに従い、自分が護衛を依頼するという名目で冒険者ギルドに仕事を頼む。


色々と手続きや依頼を引き受けてくれる冒険者を探すのは時間が掛かるらしく、今日の所はバルル達は学園に戻る事になった。依頼を引き受けてくれる冒険者が決まるまではコオリ達は大人しく待つ事しかできなかった――






――翌日、バルルの元に連絡が届いた。但し、連絡と言っても冒険者ギルドからではなく、学園長から試験の日程が決まった事を伝えられる。試験を開始する日は三日後と決まった。


三日後までにバルルはコオリに何としても魔物との実戦経験を積ませなければならなくり、冒険者ギルドからの連絡を待っていられずにコオリとミイナを連れて乗り込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る