第36話 教師との対立

「まあ、他の教師を納得させない以上はこの教室も借りる事はできないわけさ。面倒だけど、他の教師にあんたの実力を見せつけないといけないんだよ」

「実力、ですか?」

「ああ、要するに試験みたいなもんさ。教師たちも自分の目であんたが月の徽章を持つのに相応しい実力を持っているのかどうかを確かめたいのさ」

「……なるほど、それなら問題ない。コオリの魔法を見せれば納得するはず」

「そ、そうかな……?」



バルルの言葉にミイナは納得したように頷くが、当のコオリは他の人間の前で自分の実力を見せろと言われてもどうすればいいのか分からずに顔色を青くする。そんな彼の様子を見てバルルは苦笑いを浮かべた。



「別に緊張する必要はないよ。今のあんたなら大丈夫さ」

「そ、そんな事を言われても……僕、まだ魔法を一つしか使えないんですよ?」

「何言ってんだい。あんたの魔法は十分に役立つ事はあんた自身がよく知ってるだろう?」

「それはそうですけど……」

「……確かにコオリの魔法は凄かった。下級魔法とは思えないくらいに」



コオリは下級魔法の「アイス」しか扱えないが、それでも通り魔や誘拐犯の捕縛、二年生の魔拳士の中では一番の実力を誇るミイナを打ち破った。


半月にも満たない期間でコオリは魔力操作の技術を極めつつあり、最初は数センチ程度の大きさの氷の欠片しか作り出せなかった頃とは違い、今のコオリの魔法の性能は中級魔法にも迫りつつある。



「どうしてもあんたに自信がないのなら試験を辞退して月の徽章を返すという手もあるよ。その場合はあんたはセマカの教室に入る事になるだろうけどね」

「えっ!?でも、そんな事をしたら師匠が……」

「あたしの事は気にしなくていいよ。まあ、あんたにはまだ色々と教えたい事があったけど、無理強いは良くないからね……正直、今回の件はあたしとこいつの責任だからね」

「はうっ!?(←拳骨で頭を叩かれる)」



他の教師にコオリ達が目を付けられたのはバルルがミイナを追い掛け回してまともに授業を行わなかったからでもあり、その辺の事象を説明するのを行ったからである。


今回の一件はバルルが他の教師の信用を得なかったからこそ起きた問題であり、逃げ回ったミイナも悪いが一番の責任はバルルにはあるのは間違いない。しかし、コオリはバルルの元で勉強を教わりたいと思っていた。



(確かに師匠は訓練の時は殆どいなかったけど、それでも毎回適切な助言をしてくれた。俺が魔法をここまで使えるようになったのは師匠のお陰だし、だったら師匠のために頑張らないと!!)



弱気になりかける自分自身を叱咤する様にコオリは両手で頬を叩き、気合を入れ直してバルルに向き直る。コオリの様子を見ていたバルルは次に彼が言う言葉を予想して笑みを浮かべる。



「師匠!!俺、絶対に試験に受かってみせますから!!」

「……いいのかい?もしかしたら大怪我を負うかもしれないんだよ?」

「え、じゃあやめとこうかな……」

「おいこら!!さっきの威勢はどうしたんだい!?」

「……格好悪い。でも、そのノリは好き」

「じょ、冗談ですよ……」



覚悟を決めたはずなのにたった一言で弱気になったコオリにバルルとミイナは突っ込むが、それでも試験を受ける事は承諾する。一応は自分のために試験を受けてくれる事を告げたコオリのため、バルルは師として彼が試験を受けるまでの間、自分も全力で彼を強くするために協力する事を誓う――






――同時刻、学園長室ではマリアは机の上に並べた資料を纏めていた。彼女は資料の内の一枚を手に取り、その書かれている内容を見て笑みを浮かべる。



「……これは面白そうね」



マリアの机の上に並べられた資料は様々なに関する情報が記されており、どうして彼女が魔物の資料を集めたのかと言うと、今度行われるコオリの試験のために用意した物だった。


バルルの件で他の教師から抗議を受けた以上、マリアは学園長の立場として教師全員が納得する問題の解決法を提示する。その内容は月の徽章を与えられたコオリの実力を他の教師にも確認させ、彼が月の徽章を持つのに相応しいかどうかを確かめてもらう。


月の徽章の生徒は学園内にも数人とおらず、しかも一年生の内に月の徽章を持っているのはコオリ一人である。彼の場合は入学前に世間を騒がせた通り魔を捕まえたという事で特別にマリアは月の徽章を渡したが、バルルはそれを利用して教室を一つか仕切った。


事の切っ掛けはマリアがコオリに月の徽章を与えた事が原因かもしれず、だからこそ彼女も問題解決のために動く。そして彼女が考え出した問題解決の方法とは教師にコオリの実力を計る試験を行わせる事だった。



「……次の試験が楽しみね」



机の上に置かれた魔物の資料は彼女が用意した物ではなく、今度の試験でコオリの実力を計る教師たちに用意させた資料である。彼等がどうして魔物の資料を用意したのかと言うと、コオリが受ける試験に魔物が関わるのが理由である。


教師たちが集めた魔物の資料を調べ上げたマリアは考えた末、彼女は試験に相応しいと判断した魔物の資料を手に取った――






――コオリが受ける試験の内容に関してはバルルには伝えられていないが、彼女はマリアとは昔からの付き合いであり、彼女が考えそうな事は既に予想していた。



「先生はあんたに課す試験は魔物と戦わせる事だろうね」

「ま、魔物!?」

「……でも、魔法学園では生徒と魔物を戦わせる授業は二年生になってからのはず」

「そんな授業があるの!?」



バルルの言葉に驚き、更にミイナの話を聞いてコオリは唖然とする。魔法学園では魔物と生徒を戦わせる授業がある事も驚きだが、一年生に課す試験としては流石に危険が大き過ぎる。普通に考えれば有り得ない話なのだが、月の徽章の生徒の場合は話は別だという。



「月の徽章を持つ生徒の殆どは試験の時、魔物を倒して高評価を得てるんだよ。つまり、魔物ぐらい倒せる実力を持っていない生徒を月の徽章を持つに相応しくはないわけさ」

「そんな無茶苦茶な……」

「そう無茶でもない。学園の上級生なら魔物と戦う授業もたくさん受けている」

「そ、そうなんだ……」

「待ちな、あんたは受けてないだろ!!ずっと授業をサボってんだからね!?」

「……ぷいっ」



バルルの指摘にミイネは顔を反らす中、コオリは森の中で魔物と対峙した時の出来事を思い出す。あんな恐ろしい生物に今回は自分一人で戦わされる事に不安を抱くが、あの頃と違って今のコオリは戦う力を十分に身に着けている。森の中ではリオンに守られてもらっていたが、今のコオリならば彼の力を借りずとも魔物を倒す実力は身に着けているはずである。


しかし、魔物と戦うと言ってもマリアがどの魔物をコオリと戦わせようとしているのかまでは分からない。それに今回の試験は他の教師が選んだ魔物の中からマリアが選んで戦わせるため、この時点ではバルルもコオリがどんな魔物と戦うのかは知る由もない。



「あんたは魔物を見た事はあるんだよね?」

「はい……でも、オークとファングだけです。僕が暮らしていた村は魔物は出なかったので……」

「平和で羨ましい。私の生まれた場所はそこら中に魔物が居て危険だった」

「オークとファングか……どっちも今のあんたなら大した敵じゃないね」

「えっ!?そうなんですか?」



バルルの見立てではコオリの実力ならばファングもオークも倒せない敵ではないらしく、その言葉にコオリは驚く。前に遭遇した時は一方的に追い掛け回されていた相手だが、今のコオリの下級魔法ならば勝ち目は十分にある。



「もっと自信を持ちな、あんたは強くなったんだよ。今のあんたの魔法なら魔物が相手でも十分に通用するさ」

「そ、そうなんですか?」

「自信を持っていい、それに魔物なら私も何度か倒した事がある。確かに厄介な相手だけど、コオリなら問題ない」

「そ、そうかな?」

「たくっ、どうやらまだ自分の力に自信が付いていないようだね……仕方ない、それなら今から試験の予行演習を行おうか?」

「えっ!?今から?」

「何をするの?」

「あたしの知り合いに頼んで手ごろな魔物を用意させて戦わせるんだよ。安心しな、何かあってもあたしが守ってやるからさ。ほら、着いてきな」



バルルの言葉にコオリとミイナは顔を見合わせ、彼女が何処に連れていくのかと不思議に思う――






――バルルがコオリとミイナを連れて廊下に出ると、この時に一人の教師が彼女の前に立ちはだかる。その教師はコオリも見知った顔であり、三年生の担当教師を勤める白髪の男性だった。



「むっ……バルル、今日は学校に来ておられたのでしたな。私はてっきり、本日も外で遊び惚けていたと思ってましたよ」

「あん?あんた……誰だい?悪いね、ここへ来たばかりでまだ教師全員の名前を憶えてないので」

「くっ……それが年配の人間を相手する態度か!!」

「ちょ、ちょっと師匠……」

「…………」



白髪の教師はバルルの態度に怒りを露わにするが、バルルは不貞腐れた態度を貫き、そんな彼女をコオリは落ち着かせようとした。しかし、教師はコオリの方を見てある事に気付く。



「む、君は……そうか、君が例の噂の少年か。通り魔をにも捕まえて学園長に気に入られたと聞いているぞ」

「偶然とはなんだい、こいつは実力で危険な殺人鬼を捕まえたんだよ」

「ふんっ……セマカ先生から話は聞いているぞ。この年齢で魔力操作の技術は中々らしいが、魔力量が少ないらしいな」

「あ、えっと……そうみたいです」



魔力量が少ないと言われてコオリは眉をしかめるが、紛れもない事実なので教師の言葉は認めるしかない。そんな彼に白髪の教師は小馬鹿にした様に告げる。



「そういえばバルル先生も若い頃は魔力量が少なく、それが原因で魔法学園を退学したそうとか……全く、お似合いの教師と生徒ですな」

「……喧嘩を売ってるのかい?」

「いえいえ、そんな事は……では、授業をほったらかしにして遊び惚けるのはほどほどにした方がいいですぞ。それと……もあまり学園長には迷惑を掛けないように」

「……分かってる」



教師は最後にコオリ達を小馬鹿にしたような態度を取る一方でミイナにだけは何故か視線すら合わせず、急ぎ足で廊下を立ち去っていく。そんな彼に対してコオリは怒りを抱き、バルルは睨みつけ、ミイナも鼻を鳴らす。



「何ですか、今の失礼な人……」

「三年生の担当教師さ。名前は確か……忘れちまった」

「私は知っている。教師の中でも生徒に一番人気が低い「タン」という名前の教師」

「ああ、そういえばそんな名前だったね」



自分を小馬鹿にした態度を取ったタンに対してコオリは不満を抱くが、今のコオリに大切な事は試験に合格する事である。


コオリが行う試験は他の教師の前で行うため、当然ながらタンも参加するはずだった。そこでコオリは自分の事を魔力量が少ないという理由で小馬鹿にした彼を見返すため、何としても試験に合格する事を誓う。



「師匠、俺……絶対に試験に合格します」

「その意気だよ。あんたなら大丈夫さ」

「私も応援する。あの白髪頭ににゃふんと言わせて」

「ぎゃふんじゃなくてにゃふんなの!?」



バルルとミイナはコオリが試験に合格するように応援し、二人の期待に応えるためにもコオリはまずはバルルの知り合いの元へ向かう――

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