こんなんでいい日常

@oniremon

再起の6月。

6月9日(日)

━━━━━━昼



初夏というには、気温が低めで過ごしやすい休日の昼下がり。ここ数日は、短パンと半袖で過ごせるカラッとした陽気が続いていたから、むしろ、今日は肌寒くすら感じられる。

窓から見える空模様も、なんだか怪しい雰囲気を帯びていて、つい先程、選択物を外に干してしまったことを軽く後悔する。

濡れて重くなったバスタオルが、パタパタとなびいている様子をみるに、どうやら風も吹いてきたようだ。


午前中はまだ雲の隙間から青空が除いていたというのに、今では一面曇り空だ。枕元に置いておいたスマホで天気予報を確認すれば、このあと2時間ほど傘マークがついている。


やはり選択物を干すべきではなかったな、と思いながらも、何かをする気力もなく、ググッとひとつ伸びをしながら、寝返りをうって外の景色を背中へと追いやった。


それでもやはり、やらなければならないあれこれが、頭の中をいくつも過って、どうにもこのまま昼寝する気にはなれなかった。


それに、今寝てしまっては、夜に寝付けなくなってしまう。朝も9時ごろだったか10時ごろだったか、とにかくだいぶゆとりをもって、うつら、うつらと夢現を揺蕩いながら布団の中で丸くなっていたのだからなおさらだ。


仕方がないな、と溜め息を一つこぼし、心の中で10から0に向かって数を数える。そして、カウントが0になると同時に、一息にベットから起き上がった。

急に起き上がったせいか、頭に響く鈍痛と、軽い立ち眩みを感じたが、無視してソファに掛けてあるシャツを手に取る。


貴重な休日の時間を、暇を持て余して無駄に消費してしまうのは忍びない。こういう時にこそ、普段はやらないあれこれを片付けてしまうべきだろう。

それに、休日だからといって、日の光も浴びずに、一日中ベットに横たわっているのは、どうにも体によくないような気がする。

具体的に、なにがどうよくないのかは、正直なところよくわからないが、とにかく罪悪感がそれを許してはくれないらしい。


ひとまず部屋の中を見渡してみるものの、特にやることもない。


とりあえず外の選択物は中に取り込むとしても、部屋は片付いているし、軽い掃き掃除も午前中のうちに済ませていたので、見た目ばかりは綺麗だった。

朝食や昼食のあとの食器類も片付いている。かといって今からトイレや風呂を掃除するような気力もなかった。


さて、どうしたものか、と思案する。


ふらふらとキッチンの方へ歩いていくと、冷蔵庫の上に備え付けられた棚の上に、整然と並べられたペットボトルやら空き缶やらが目に留まった。


すでに棚の上のスペースは幾ばくもない。あと1本か、工夫をすれば2、3本置けるかどうかだろう。


あまり気乗りはしなかったが、これくらいしかやることもない。

諦めて大きめのリュックの中にペットボトルや空き缶を放り込む。他にも食品トレーなんかもあったが、こちらはまだそれほど量が溜まっているわけでもないので、今回はいいだろう。


ペットボトルや空き缶が中程まで詰まったリュックを背負うと、やれやれ、といった風に外にでる。

思った通り、外は少し強めの風が吹いていて、シャツ1枚で外を出歩くのは、あまりオススメできない日だったが、どうしても我慢できないというほどでもない。


駐輪場に出て、お気に入りの自転車に跨ると、近くのスーパーへ向けてペダルを踏み込む。距離にして2キロもない。文字通り、すぐそこ、という距離にあるスーパーだ。


途中、道端会議をしているおばさん達の「今日は過ごしやすくていい風が吹いてるわ」という会話を聞きながら、たしかにこのくらいならまだ"心地良い"の範疇に収まるかなと、そっと胸の中で呟いておく。


スーパーに着くと、リサイクルボックスにリュックの中身を放り込んで、時間潰しにそのまま店内を散策する。


この前よりキャベツが安いな、などと考えつつも、大してほしいものもないので、すぐに飽きて店を後にする。

一回りはしてみたが、時間にして5分もいなかったのではないだろうか。


しかし、このまま真っ直ぐ家に帰ってしまうのも、なんだかなぁ、という気がして、ついでついでとばかりに、少し遠くの本屋を目指しすことにした。

いつもよりも、自転時のギアが数段重いように感じたが、少しは体を動かさないと鈍ってしまう。


けれども、やはりというべきか、本屋にきたからと言って、特別何かほしいものがあるわけでもなかった。

いくらか気になる本は見つけられたが、だからといって、わざわざお金を払ってまで読みたいというほどでもない。


もう諦めて家に帰ってしまおうかと思ったが、せっかくここまで来たのだから、と、まだ満足できていない内なら自分が文句を垂れている。

文句ばかりは一丁前に吐き出すくせに、自分が満足する方法を教えてくれる訳でもない。いい加減に煽ても全く意味がない分、下手な彼女よりよほど気難しい。


さて、どうしたものか、と再び思案する。


特にやることもないし、やりたいことも思い付かない。もっと本気で探せば見つからないこともないとは思うのだが、思い付く限りのあれもこれも、実現するには気力が足りていない。

そもそも、格好ばかりは考えているようでいて、それすら気力が足りずにダラダラと機能不全に陥っている。


何事にも無気力で、それなのに何でもいいから(なんでもいいわけではない)何かしたい。


やる気があるのやら、ないのやら。

まったく、自分の欲望に忠実に生きることの、なんと難しいことか。

自分のことなのに、いやだからなのか、とにかくすっかり困り果ててしまっていた。


用済みとなった本屋の入り口の前で、愛車に寄りかかりながら、手隙の右手でスマホを遊ばせておく。

たったこれだけでも、今日の空模様と同じような、ドンヨリとした思考が少しばかりは冴えるような気がした。


休日のこの時間帯にはほとんど使う機会もないチャットアプリを開いて、無数にあるトークルームを上から順にぼんやり眺めながめていた。もう退屈すぎて死にそうだという時に、ふとひらめきを得たのがつい先ほどの出来事だ。


そうして、モダンな雰囲気の焦茶色のドアを半開きにして、そこからちょこんと顔を覗かせてる少女のことを尋ねて今に至る。


困ったような、あるいは、やれやれ、といったような表情をしている。


さらさらした細い髪を左右に結って、キラリと何かが首もとで光ったかと思えば、ハートのストラップのついたチョーカーを付けているようだ。

普段着なのか、胸元の空いたグレーのシャツに、ナイロン生地の黒のショートパンツと黒のパーカーを合わせて、下には薄手のストッキングを履いていた。


ラフというか、なんというか。

とにかく、どこにも出かける気はなかったのだろう。そんな恰好をしている。


突然の訪問で困らせてしまっただろうか。


少しばかり申し訳ないとは思いつつも、それでも予想通り迎え入れてくれた少女に、軽い安堵と感謝の念を心の中でそっと伝えることにした。






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【ありさ】「また来たっすか?先パイ。だる…」


『いいじゃんか!俺もここくらいしか来るところがないんだよ笑』


【ありさ】「先パイ、こんなとこしか来るとこないとかうけるっすw でも部屋は散らかってるんで足元だけ気をつけて」


『部屋の掃除くらいしろよ笑』

『なんなら俺がやってやろうか?笑』

『…その代わり下着とか落ちててもしらんよ?笑』


【ありさ】「いや、先パイに掃除とか頼まないっすw 普通に恥ずいんで自分でやるっすよ」


『了解!…まあ、期待しないでおくわ笑』


【ありさ】「はいはい、どうせ期待されてないっすよ」


『そういえば明日は雨らしいけど学校いく?』


【ありさ】「たぶん行かないっすね、雨だと余計だるいし…」

【ありさ】「先パイは行くんすか?」


『笑…もはや潔いよ』

『うーん…まあ、多分?朝起きてから3時間くらい悩むだろうけど…』

『誠に遺憾ながら不本意ながら仕方なく…結局、行くんだろうなぁ〜涙』

『明日の授業はちゃんとノートとってないとテストがきついからなぁ〜、、できるだけ休みたくない笑』


【ありさ】「大変そうっすね…テスト頑張ってくださいっす」

【ありさ】「朝起きるだるいけど、先輩なら大丈夫じゃないっすか?笑」


『よくよく考えたら無理だわ…うん。1人で頑張れない。頑張れるなけわい。』

『あーこんなときかわいい後輩と一緒に登校できたら頑張れるんだけどなー(棒』


【ありさ】「えぇ…その手には乗らないっすよ」

【ありさ】「いつも通り1人で頑張ってくださいっす」


(うん?…「"いつも通り1人で"」え?ケンカか?ケンカ売られてる?………まあ、事実なんだけどな)


『ちっ…さすがは俺の後輩、、この程度じゃビクともしないか…笑 むしろ安心したわ笑』


【ありさ】「先パイ、なんかうけるっすね」

【ありさ】「元気そうでよかったっす」


『俺はお前との会話が1番楽しいからな笑』

『これからもそのジャブみたいな返しを頼む!』


【ありさ】「そっすか…まあ、暇なときは話し相手くらいにはなるっすよ」


『そりゃどうも!笑…じゃ!また暇なときは頼むな〜笑』


【ありさ】「了解っす」

【ありさ】「いつでもどうぞ」



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「暇なとき」と言いつつ「いつでもどうぞ」とはこれ如何に。だが、よくよく考えてみると、彼女からすれば、休日だろうと平日だろうと、さほど変わらず、それなりに時間があるのだろうと思い至って、それ以上、深く考えるのをやめた。


なんにせよ、 今ばかりはそんな彼女に、なんとも言えない嬉しさすら感じてしまう。そんな自分に気がつき、少しばかり驚いて、良心がなにやら抗議の声をあげてはいるが、けれども、なにやら照れ臭くさくて、結局、自嘲気味にフッと鼻で笑ってしった。


たった数分の、僅かな言葉のキャッチボールでも、たったそれだけのことでも、こんな日も悪くはないなと、そう思えた。


相変わらず空は灰色に染まってはいるが、少しは雲が薄くなったかもしれない。

この後の雨予報を思い出して、さっさと家に帰ろうと踏み込んだ自転車のペダルは、先程よりも軽かった。


-終-




-------------------------《おまけ》-----------------------



『よお。おきてる…?』


【あずさ】「一応、起きてるっすけど、だるいっすねー」

【あずさ】「また寝れないんすか?」


『まあ、そんな感じ…てか、そっちこそ寝れてないじゃん笑』


【あずさ】「うけるw まあ、夜更かしはいつものことっすからね」

【あずさ】「先パイも無理しないでくださいね」


『お互い様なや笑…そっちこそ体壊すなよ?』

『俺としてはそっちの方が心配だよ笑』


【あずさ】「先パイ…なんか優しいっすね」

【あずさ】「ありがとっす」

【あずさ】「自分も気をつけるっす」


『後輩に優しくするのは先輩としてあたりまえだからなぁ〜笑』

『お互い気をつけるとするか!笑』

『夜遅くに悪いな!汗』

『そんじゃおやすみ!早く寝ろよ〜!』


【あずさ】「先パイ、ほんとにありがとうっす」

【あずさ】「おやすみなさい」

【あずさ】「自分も早く寝るようにするっす」



-終-


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