魔法猫と魔女見習い
蔦屋式理
Memories.1 親愛なる貴女と暖炉の横で
「エルヴァン」
あなたが私の名前を呼びながらやさしく頭を撫でる。
私はあなたの膝の上で丸まって、その優しい手つきを存分に味わいながら目を閉じた。
ある冬の日、まだ寒さが続く夜に私たちは暖炉の前で二人でゆったりと過ごしている。
連日の研究や依頼をこなす日々。
目まぐるしい日々も彼女と一緒なら楽しいが、時にはこういった時間も必要だ。
私の毛並みに触れる、彼女の息遣い、暖炉の薪がぱちぱちと燃える。それだけが世界の音。
静かな夜だ。
「ねえ」
呼びかけに私は瞼を開けて見上げると、彼女は微笑みながら私を見つめていた。
青い二つの瞳に長いまつ毛、凛々しくも慈しみ深い顔は見る
出会ってから数十年、彼女の容色は変わらない。生まれながらに高い魔力を持ち、ある一定から不老になるのが『アレム』の魔女という種族。
ゆえに長い時間を生き、多くの別れを経験している。人間でいう20代と変わらない顔つきだが、その表情はどこか達観していて、一目で只者ではないことを感じ取れる。
「エルヴァンは私と出会って、過ごしてきて、良かったなって思てる?」
唐突に投げかけられた質問に私は目を丸くした。
今更な問いかけだ。
私はなぜ彼女がこのような質問をしたのかがさっぱりわからなかった。
彼女は私にとって、命の恩人であり、師匠であり、友人であり、最愛の主人。
それは態度と言葉で散々示してきた。
「当たり前じゃない。あなたがいなかったら私はあなたと冒険することもこんな時間を過ごすこともなく、普通の猫として死んでいたでしょう」
思い浮かべるは出会いの時。
まだ普通の猫で言葉もわからなかった私は餓死しかけていた。そんな私を拾って使い魔にしたのが彼女だ。
いつの日かにあの時なぜ助けたかと問うたが、ただ使い魔が欲しかったときにたまたま見つけたからと彼女は答えた。
そういった気まぐれで使い魔にした私に、彼女は寝床と十分な食事を与え、言葉を教え、魔法を教え、名前もくれた。命を助けてくれただけではなく、たくさんのものをくれた彼女に対する恩は計り知れない。
「私はあなたと一緒に過ごせて幸せよ」
今更な問いに、でもだからこそ私は真摯に答える。
その青い瞳をしっかりと捉えながら、はっきりと伝えると彼女は嬉しそうに微笑んだ。一瞬複雑そうな表情を浮かべたが、すぐにいつもと同じに戻る。
「それならよかった。ええ、それならいいの」
満足そうに言って彼女は私を撫でた。
心地よさに私は喉を鳴らす。
しかし、こうやって問われてしまうこと自体が私にとって遺憾であるのも事実だった。
私は世界一幸せだ。
それを日頃から伝えてきたつもりだった。
だから、確かめるように聞かれたことが少し悔しかった。
「私がいなくなっても、エルヴァンは私のことを忘れないでいてね」
「いなくなるなんて。あなたは不老じゃない。使い魔の私の方が先に死んじゃうわよ」
「ふふ、たしかにそうね」
それから、再び静かな夜が訪れた。
私たちは気づかないうちに眠ってしまう。
これは私にとって何気ない、幸せな日々の一幕だ。
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