第61話 色々と、けじめを

「えっ……!?」


 僕の答えに、睦美さんは静かな驚きを露わにしていた。

 小さな声で呻き、目を見開いて、どこか信じられないといった様子でこちらを見つめる彼女に対して、再び頭を下げながら僕は言う。


「信じていただけるかはわかりませんが、決してご両親が不在の間にいかがわしい行為をしようと思ってお邪魔させていただいたわけではありません。本当にまだ、付き合い始めて間もない関係で……そういったことを考えたこともないです」


「う、え? ひ、ひより……?」


 頭を下げたままの僕の言葉に、睦美さんが困惑した様子でひよりさんへと声をかける。

 僕の言っていることが……僕と付き合っているというのは本当なのかと、言葉にせずに問いかける母に対して、驚いていたひよりさんがはっとすると共に頷く。


「……さっき言えなくてごめん。でも、そうだよ。あたし……雄介くんと付き合ってる」


「えっ? ええ……っ!?」


 その答えを受けた睦美さんの表情に、明らかな動揺と失望の色が浮かんだ。

 娘が長年の付き合いがある幼馴染ではなく、自分も知らないぽっと出の男を選んだことに対するショックがありありと浮かんでいるその顔を見た僕の胸に、罪悪感が湧き出す。


 ひよりさんを想っての行動だったが、僕のこの判断が親子の間に溝を生んでしまったのではないか?

 事情については聞いていたのに、自分の勝手な判断で色々な気遣いを台無しにしてしまったのではないか……と罪悪感を覚えた僕であったが、今度はそんな僕を気遣うようにひよりさんが言う。


「……全部、ちゃんと話してなかったあたしが悪かったんだよ。うん、きちんと言っておくべきだった」


「言っておくべきだったって、何を……?」


江間あいつとあたしが付き合ってたってこと。それと、最近色々あって別れたってこと」


「!?!?!?」


 ひよりさんからその事実を告げられた睦美さんは、形容し難い恐ろしい表情を浮かべながら言葉を失った。

 多分、人間が雷に打たれたらあんな反応をするんじゃないかと、そう思わせるくらいに激しいショックを受けたであろう彼女は、明らかな動揺を見せながら口元を手で押さえ、言う。


「ちょっと、待って……色々あり過ぎて、理解が追い付かないの。付き合ってたのに、別れた? それで、新しい恋人を見つけた? どういうこと? なんでそうなってるの?」


「ちゃんと話すけど、玄関で立ちっぱなしでする話じゃないでしょ? 雄介くんを見送った後で話をするから……待ってて」


「はぁ、あぁ、んん……」


 魂が抜けた様子の睦美さんが、力なく頷く。

 そうした後、よろよろとした足取りでリビングの方へと向かっていく彼女を見送った僕は、不安な気持ちを抱えながらひよりさんへと謝罪した。


「……ごめん、先走っちゃった。余計な真似、だったよね……?」


「ううん、そんなことないよ。あたしのこと、気遣ってくれたんでしょ? ただの友達だって、あたしが嘘をつくのを嫌がってるのがわかったから、雄介くんはああ言ってくれたんだよね?」


 ひよりさんが僕の考えを理解してくれていたことは良かったが、この行動が本当に正しかったのかと疑問に思ってしまう。

 言う時は迷わなかったが、ショックを受けた睦美さんの様子やこの後、ひよりさんが彼女に事情を説明し……過去の傷を穿り返してしまうきっかけを作ってしまったことを考えると、少なからず後悔の念がこみ上げてきていた。


「……大丈夫だよ。いつかは話さなきゃいけないことだってのはわかってたことだもん。むしろ、放置し続けたせいでこうなっちゃったんだから、今度こそちゃんと話すべきだったんだよ」


 僕の後悔を感じ取ったであろうひよりさんが、笑顔でそう述べる。

 少しだけその言葉に心を救われた僕は、ためらいがちに彼女へとこう言った。


「僕も話し合いに同席するよ。全部をひよりさんに押し付けるのは流石に――」


「大丈夫! 心配してくれるのは嬉しいけど、話す内容は雄介くんのことより……江間のことになるからさ。付き合ってたことを黙っていたことも含めて、これはあたしのけじめだよ。だから、あたしがなんとかしなくちゃいけないんだ」


 そう言った後、僕へと腕を伸ばして抱き締めてきたひよりさんが、ぐっと力を込める。

 驚く僕に対して、彼女は落ち着いた声でこう言った。


「告白も、お母さんへの報告も、他にもたくさん……雄介くんには踏み出し続けてもらった。あたしだってそれに応えなきゃ、彼女としてやっていく資格がないもん。だから、任せて。ねっ?」


 そう言って離れたひよりさんへと、僕は頷きで答えを返した。

 はにかんだ彼女もまた、僕へと頷き返して……そうした後で、手を振る。


「今度、真理恵さんや弟くんたちに報告しに行くから! その日を楽しみにしててね!」


「あはは……うん、家族一同、楽しみにしてるよ」


 最後まで明るく話してくれたひよりさんに心を救われた気分になりながら、僕は彼女の家を後にした。

 まだ明るい、夕方になり切れていないが陽が傾きつつある空を見上げながら、僕は思う。


(迷ったり、悩んだりすることはある。だけど……あの笑顔を守るって、そう決めて僕は告白したんだ。だったら……その意思を貫こう)


 情けない自分がいることは間違いない。でも、自分がすべきことはわかっている。

 だったら、それに全力で取り組むべきだと思いながら……僕は、明日から自分がどうすべきかを改めて考えていくのであった。



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