第51話 お揃いの物を贈り合おう

 ――広場で休憩した後はレストランエリアに行って昼ご飯を食べ、ここまでの感想を和やかに話した。

 そうしながら時間を見計らい、注目のイベントであるイルカショーを鑑賞して……それも楽しみ終わった頃には、時刻は夕方へと差し掛かろうとしていた。


 名残惜しいが、そろそろ水族館を後にしなければならない僕たちは今、ショップエリアでお土産を物色している真っ最中だ。

 家族とチケットをプレゼントしてくれた鉢村さん、熊川さんの二人へのお土産を探す僕たちは、お店を歩きながら話し合う。


「あんまり捻らず、お菓子とかでいいよね? 真理恵さんたち、甘いものとか苦手じゃない?」


「大丈夫だよ。むしろ、家族全員お菓子は大好きだから」


「オッケー! じゃあ、この辺のクッキーとかから選ぶ感じでっと……!」


 流石は水族館のお土産エリアというべきか、お菓子一つとっても様々な種類の物が並んでいる。

 その中からイルカのイラストが描かれた缶に詰められたクッキーを選んだ僕たちは、それを買い物かごに入れると改めてお店を回り始めた。


「ひよりさんは、何か欲しいものとかあるの?」


「う~ん、そうだなぁ……あっ!」


 きょろきょろと店の中を見回していたひよりさんの目が、ある一点で止まる。

 彼女が海の動物のグッズが並べられているエリアの中でも一際目を引く、ピンクのイルカのぬいぐるみを見ていることに気付いた僕は、そこに近付くと共にひよりさんへと言った。


「これ、欲しいの? だったら、プレゼントしようか?」


「えっ? そんな、わ、悪いよ……!」


「いいって。ゴールデンウイーク中のバイト代も入るし、懐に余裕があるからさ」


 先月一生懸命働いたおかげで、バイト代も結構な額が入ることになっている。

 だから、気にしないでくれと僕が言えば……ひよりさんは少しもじもじとした後、こんな提案をしてきた。


「じゃあさ……そのぬいぐるみは雄介くんに買ってもらうことにして、あたしもこっちのぬいぐるみを雄介くんにプレゼントするってことでどう?」


「えっ?」


 そう言いながら、ひよりさんがピンクのイルカの隣に並べられていた青いイルカのぬいぐるみを掴む。

 それで軽く口元を隠し、上目遣いで僕を見つめながら……ひよりさんは、少し恥ずかしそうにしながらこんなことを言ってきた。


「その、ぬいぐるみが欲しかったっていうより、雄介くんとおそろいの何かが欲しいなって思っててさ……でも、キーホルダーとかだと学校のみんなに見つかった時にからかわれちゃうから、家に置ける物がいいかなって」


「あっ……! それでぬいぐるみが目についたってこと?」


「うん、そう。雄介くんが嫌じゃなければだけど……どうかな?」


 不安そうに僕を見つめながら、ひよりさんが問いかけてくる。

 いじらしかったり、かわいらしかったりするその姿に心を射抜かれた僕は、できる限りの平静を装いながら大きく頷いた。


「もちろん、いいよ。むしろ大歓迎!」


「本当!? やった~っ! じゃあ、このイルカちゃんたちをプレゼント交換する、ってことで!」


 僕の答えを聞いてぱあっと表情を明るくしたひよりさんが嬉しそうに声を弾ませながら言う。

 本当に嬉しそうで安堵した表情を浮かべる彼女を見つめつつ、再び頷いた僕は、家族や友人たちへのお土産と一緒に二匹のイルカのぬいぐるみをかごの中に入れ、会計へと進んでいった。


「えへへ~……! ありがとう、雄介くん! ぬいぐるみ、大切にするね!」


「こっちこそありがとう。僕も大事にするよ」


 会計を終え、袋の中に買った物をしまいつつ、お互いにイルカのぬいぐるみをプレゼント交換した僕たちが笑顔で話し合う。

 ピンクのイルカをぎゅ~っと抱き締めて笑う彼女とそう言葉を交わしながら、僕は自分に贈られた青いイルカを見つめ、小さく微笑んだ。


「この子、どこに飾ろうかな? 押入れの中にしまっておくのも可哀想だし、いい場所を用意してあげないと……」


「あははっ! 男の子の部屋だし、ぬいぐるみを置くスペースとかも思い付かないよね! でも、雄介くんなら大事にしてくれるって信じてるから!」


「そりゃあ、ね。ひよりさんからのプレゼントだし、お揃いとして買った物だしさ。大切にするに決まってるよ」


 にま~っ、と僕の答えを聞いて嬉しそうに笑ったひよりさんがさらに腕に力を籠め、イルカのぬいぐるみを抱き締める。

 ここまで喜んでくれるのならばプレゼントして良かったし、僕も彼女とお揃いの物を買えて良かったと思う中、大きく片腕を上げたひよりさんが口を開く。


「さあ、あとは帰る最中にラーメンだ! 締めとしては最高だよね!」


「ふふっ! はしゃぐのはいいけど、うっかりぬいぐるみにスープをこぼしたりしないでよ?」


「わかってるって~! まあ、そうなったらそうなったで家に帰ってから一緒にお風呂に入ればいいだけだしね~! 雄介くんから貰ったバスボムも残ってるし、ラーメンの臭いを上書きしてやるのだ~!」


 どこまでも楽しそうにはしゃいだ後、ひよりさんが大きく上げた右腕を僕の方へと伸ばす。

 彼女が何を期待しているかを悟った僕はそっとその手を取ると、微笑みながら言った。


「……じゃあ、行こうか」


「うんっ!」


 歩幅を合わせ、手を繋いで、味わった楽しさに胸を弾ませながら僕たちは水族館の出口へと歩いていく。

 一緒に居られる時間の終わりが近付いていることへの寂しさがわずかに胸をよぎったが……買ったばかりのぬいぐるみたちを見た僕は、その寂しさがどこかに消えていく感覚に笑みを浮かべながら、ひよりさんと歩き続けるのであった。


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