第47話 ひよりさんは今日も可愛い

「とうちゃ~く! いや~、駅を出てすぐのところに目的地があるっていいね!」


「確かに。遊びに行くのも帰るのも楽だもんね」


 中間テストを無事に終えた翌日の土曜日、僕とひよりさんは鉢村さんたちからプレゼントされたチケットを手に、水族館に遊びに来ていた。

 水族館とは言ったが、僕たちが遊びに来た『夏風オーシャンパラダイス』は魚たちが展示されているアクアリウムの他に小さめの遊園地やショッピングモールにレストラン街なども併設されており、海洋レジャー施設と言った方が正しいと思う。


 わざわざその名を冠した駅が作られることからも盛況っぷりが感じられる『夏風オーシャンパラダイス』だが、今日はありがたいことにそこまで人は多くないようだ。

 ある程度はゆっくりと落ち着いて楽しめそうだと話しながら中に入った僕たちは、早速メインである水族館へと向かっていく。


「水族館はもちろんだけど、アトラクションも楽しみだよね! そのために動きやすい格好にしてきたんだし、今日はたっぷり遊んじゃうぞ~っ!」


 そう楽し気にはしゃぐひよりさんが言う通り、今日の彼女はとても動きやすそうな格好をしている。

 ヘアゴムと色を合わせた袖口がフリルになっている黄色のブラウスに白のミニスカートの下からスパッツを合わせた彼女の格好は、活発さとかわいらしさを両立した今日のデートにぴったりの服装だと僕も思う。


 ……のだが、僕としては気になる部分もあったりする。

 それを口にするわけにはいかない僕であったが、ひよりさんはそんな僕の考えを見抜いた上で弄ってきた。


「どうよ、これ!? 胸元広めの谷間が見える格好にしてみました! 雄介くん的にも眼福でしょ!?」


「ああ、うん。言わなくていいから」


「あっ、雄介くんはお尻派だったね! 割とこう、スパッツ越しのお尻ってのもフェチズムがあっていいと思うんだけど、お尻好きとしての意見はどう!?」


「お尻好きじゃないから。特にそういうことについての意見もないから」


 そう言いつつ、開いている胸元から覗く谷間やスパッツに包まれている大きなお尻をアピールするひよりさんへとツッコミを入れる。

 意識していないと言えばうそになってしまうのだが、流石にそんなセクハラじみた目で彼女を見るつもりはない。思っていることといえば、ただ純粋に今日もかわいいなということくらいだ。


「まあ、その……今日もかわいいよ。おしゃれしてきてもらえて、嬉しいって思ってるから」


「ありがとう! 雄介くんにそう言ってもらえて嬉しいよ! でも、目を見ながら言ってもらえるとあたし的にはもっと嬉しかったりするんだけどな~?」


「……善処します」


「むっふっふ~……! 雄介くんってば、今日もかわいいんだから……!!」


 ひよりさんを褒めるために言った言葉が、ブーメランのように返ってきた。

 いつかはかわいいではなく格好いいと言ってもらえるようにスマートな対応ができる男になろうと思う僕であったが、そんなことができるようになる自分の姿が想像できずに複雑な表情を浮かべつつ、僕たちは水族館に入ってすぐのところにある長いエスカレーターに乗る。


 気を取り直した僕はひよりさんと話をしていたのだが……何かを思いついたであろう彼女はニヤリと笑うと、とんっ、と音を響かせながら一つ上の段に乗り、僕の前に立ってみせた。


「よっ、と……! どうだ!? これで雄介くんとの身長差が縮まったぞ~!」


「あはは。うん、近くなったね。でも、まだ僕の方が大きいけどさ」


 得意気に胸を張りながらのひよりさんの言葉に笑みを浮かべながら、まだ彼女の顔が自分より下にあることを指摘する。

 そうすれば、少しむくれたひよりさんが僕へとこう言ってきた。


「むぐぅ……! そうやって調子に乗っていられるのも今のうちだぞ!? もう一段上れば、流石に雄介くんの身長を超えられるはず――」


「あっ! ちょっと待って!」


「ふえっ!?」


 怒りながらもう一段上へと足を伸ばしたひよりさんを慌てて止める。

 うっかり彼女の手を握ってしまって、その突然の行動に驚いて素っ頓狂名声を上げながら振り向いたひよりさんに見つめられる中、僕は照れ臭さを感じながらも思ったことを言った。


「……あんまり、離れないでよ。折角、久しぶりの二人きりなんだからさ」


「んっ……!」


 僕のその言葉に、ひよりさんが驚きを加速させたように目を見開く。

 握りっぱなしになっている僕たちの手を見つめ、再び僕へと視線を向けた彼女は、上目遣いになりながらからかうような口調で言った。


「へ~? 雄介くんは思わず手を掴んじゃうくらい、あたしに離れられるのが嫌だったんだ~?」


「うん……そうみたい。自分が思ってたより、ひよりさんと話す時間が短くて寂しかったのかも」


「んん~っ! 褒める時はぎこちないのに、そういうことは正直に言えちゃうのはずるいって……! ドキドキさせられっぱなしじゃん……!!」


 上目遣いに僕を見つめるひよりさんの頬が、ほんのりと赤く染まる。

 恥ずかしそうだけどそれ以上に嬉しそうな笑みを見せ、声を弾ませる彼女に見つめられながらエスカレーターを降りた僕は、うっかり掴んでしまった手を放そうとしたのだが……そこで、ひよりさんが口を開く。


「手……放しちゃうの?」


「っっ……!」


 力を緩めた僕に対して、逆に少しだけ力を込めて握り返してくる小さな手の感触といじらしいその言葉に心臓が大きく鼓動を鳴らす。

 物足りなさそうに、残念そうに、何かを期待しているように僕を見つめてくるひよりさんと少し見つめ合った後、息を吐いた僕は微笑みを浮かべながら言った。


「……今日は、このまま回ろっか」


「んっ……! うんっ!!」


 そう僕が応えれば、ひよりさんはとても嬉しそうに笑いながら大きく頷いてくれた。

 改めて彼女の小さな手を優しく握れば、彼女もまたそれに応えるように力を籠め、僕の手を握り返してくる。


「えへへ……! ふ、ふふっ……!」


 嬉しそうに……本当に嬉しそうに、ひよりさんは笑みを浮かべていた。

 そんな彼女を見つめる僕の視線に気付き、こちらへと顔を向けてきたひよりさんの目を真っすぐに見つめながら、僕は言う。


「……うん。やっぱり、ひよりさんはかわいいね」


「あぅ……! 前言撤回。そんなに見つめながら褒めないで……!!」


 僕の言葉に顔を真っ赤にしたひよりさんが、ぱたぱたと空いている手で顔に風を送って熱を冷ましながら言う。

 そうしながらも彼女がもう片方の手に力を込めて僕の手を握り返してくれていることが、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。


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