第43話 Lets,1on1!
「雄介くん、頑張ってね! 応援してるよ~!」
「ちぇ~! いいよな、お前は。かわいい彼女からの声援があってさ~!」
「ひよりさんは彼女じゃないよ、ただの友達」
軽口を叩き、不満そうに口を尖らせている遊佐くんだが、手を抜いている様子は一切見受けられない。
ボールを持った状態から何度かフェイクを入れつつ、僕を抜き去るチャンスを伺っている。
不用意にドリブルはせず、1on1で非常に大事な最初の一歩をどう使うかを考えながらプレイしているであろう彼は、決して油断できない相手だ。
腰を落としたディフェンスの姿勢を取りつつ、遊佐くんの様子を静かに伺っていた僕へと、苦笑を浮かべた彼が言う。
「やばいな。普通の試合だったらこの時点で五秒ルールで俺の負けだわ」
「細かいことは気にしないで楽しもうよ、遊びなんだからさ」
「へへっ……! そんじゃあ、お言葉に甘えて――行きますか!」
そう言いながら笑った遊佐くんが、大きく一歩踏み込む。
僕がディフェンスしている反対サイドへとドリブルをしながら駆け出した彼は、迷いのない動きで真っすぐにゴールへと突き進んでいく。
ここまでのフェイクが頭の中に残っていた僕は、その動きに一瞬ついていくのが遅れてしまったが……遊佐くんの動きを予想した上でそのルートに体を入れ込むことで、どうにか彼をゴールに近付けることを阻止した。
「マジかっ!? ぜってぇ抜けたと思ったのに!」
驚きながらレッグスルーでドリブルをする手を変えた遊佐くんは、ゴールに近付いてのレイアップシュートは諦めたようだ。
こうなると身長がある分、僕の方が有利……足を止めてのジャンプシュートを余儀なくされた遊佐くんは、僕との身長差を覆すためにやや後方へと飛びながら放つフェイダウェイシュートを打つのだが、惜しくもボールはリングに当たり、弾かれてしまった。
「くっそ~っ! 逃げちまった~!」
「難しいよね、フェイダウェイって。僕も昔練習したけど、全然上手くならなかったよ」
「えっ? 尾上はそんだけ背が高いんだから、わざわざブロックを躱すシュートとか練習する必要ないだろ?」
「いや、同じポジションのNBA選手ですごく格好いいフェイダウェイの使い手がいたから、憧れでつい……」
「おっ!? それってもしかしてドイツ出身の選手か!? 片足フェイダウェイの!?」
「遊佐くんも知ってるんだ? 少し前に引退しちゃったけど、全盛期のプレイは本当にすごかったよね!」
攻守を交代しながらフェイダウェイシュートをきっかけに遊佐くんとの話を弾ませた僕は、趣味の合うクラスメイトとの出会いを喜んでいた。
しかし、今は勝負の真っ最中。遊佐くんの攻撃を防いで勝利のチャンスを得た僕へと、熊川さんたちが声援を送ってくる。
「よ~し! チャンスだよ、尾上くん! 勝ってひよりにいいところを見せちゃえ~!」
「ここでシュートを決められたら、後でご褒美にチューしてもらえるかもよ!」
「しないから! 応援はしてるけど、そんなことしません! 雄介くん! 野次は気にしないで、頑張って!」
「……悪いな、尾上。正直、俺はお前と仲良くなれると思ったんだが……彼女持ちの男に負けたくねえって気持ちがそれを勝った!! かかってこいや! 絶対に止めてやるからよ!」
「い、いや、だからひよりさんとは別に付き合ってないんだって……」
「説得力が皆無! 事あるごとにイチャついておいて、その言い分が通じると思うなよ!?」
フレンドリーな感じから一変、血涙を流さんばかりの勢いで闘志を燃え上がらせる遊佐くんの様子に若干圧されてしまった僕は、乾いた笑いを漏らした。
そうしながら、その威圧感とは真逆に少し間を空けてディフェンスする彼を見た僕は、遊佐くんの考えを理解する。
(なるほどね、そう来たか……)
普通、ディフェンスというのはできる限り相手に近付くというのがセオリーだ。
プレッシャーをかけ、思うようにパスやドリブルをさせないようにしつつ、スティールを狙う……しかし、それはあくまで基本的な話で、こういった形のディフェンスもある。
相手との間に少しだけ距離を作ることで、オフェンス側の動きに対応できるようにする。
パスやドリブルといった選択肢にプレッシャーをかけることはないが、最初の一歩で抜き去られてしまうこともない。簡潔にいえば、ローリスクローリターンのディフェンスだ。
実際、選択肢としては悪くない。1on1ではパスを出す相手はいないのだからそこにプレッシャーをかける必要はなく、僕のドリブルを誘った上でそれをスティールするという遊佐くんの判断は自分の強みを十分に活かしたものだ。
身長は僕が上だが、クイックネスでは彼に軍配が上がる。それを理解しているからこそ、安全圏を作った上でこういったディフェンスの形を取ったのだろう。
だが……このディフェンスには、一つだけ致命的な弱点がある。
それを理解している僕は、ドリブルを始めるのを待っているであろう遊佐くんへと笑みを浮かべながら口を開いた。
「遊佐くん……忘れてない? さっき話した選手は、このシュートも得意なんだよ」
「は……?」
驚く彼の前で構えを取った僕は、その場から一歩も動かずにジャンプするとシュートを放った。
ほぼフリーの状態で放った僕のシュートは綺麗な放物線を描くと、スパッ、という心地良い音を響かせながらリングの中に吸い込まれていく。
「おまっ……!? スリーも打てるのかよ……!?」
「フェイダウェイは上手くならなかったけど、こっちは自信あるんだ。意外だったでしょ?」
僕のようなビッグマン、それもインサイドでプレイするポジションの選手は遠距離からのシュートは苦手としている……という、遊佐くんの思い込みを突いた急襲。
相手にくっ付かないでディフェンスをするということは、シュートに際してもプレッシャーがかけられないということ。その弱点を理解していた僕は割と成功率の高いスリーポイントシュートという選択肢を取り、勝負に勝たせてもらった。
「うぉぉ……! 今のシュート、めっちゃ綺麗じゃなかった!?」
「よくやった、尾上! 俺たちの仇を討ってくれてありがとう! それはそれとして、女子からの声援は羨ましいぞこの野郎!」
盛り上がる遠距離からのシュートを決めての決着は、僕たちの勝負を見守ってくれていたクラスのみんなを大いに湧かせたようだ。
やんややんやの大歓声が響く中、遊佐くんと一緒にコートを出た僕へと、ひよりさんが声をかけてくる。
「やったね、雄介くん! スリーポイントもすごかったし、全部格好良かったよ!」
「ひよりさんが応援してくれたおかげだよ。すごく励みになった、ありがとう」
「えへへ~! かわいかったでしょ? 勝利の女神のスマイル!」
興奮気味にそう言った後、頬を指差しておどけたひよりさんが弾けるくらいに明るい笑みを見せる。
その笑顔に少しばかりドキッとする僕とひよりさんを交互に見た遊佐くんが、納得いかない様子を見せながら口を開いた。
「おい、尾上。なんだっけ? ひよりさんと僕はただの友達、だっけ? 嘘吐け! 明らかに距離感がおかしいだろうが! 完全に恋人のそれじゃねえか!!」
「いや、本当だって。僕たちは別に付き合ってなんか――」
「無理がある! その感じで恋人じゃないは無理! くそぉ! 許せねえ! もう一度コートに戻れ! 今度こそ叩きのめしてやらぁ!!」
踵を返し、再びバスケットコートに戻ろうとする遊佐くんを、クラスのみんなが半笑いになりながら止める。
止めないでくれと叫ぶ彼と他のみんなとのコントじみたやり取りを見守りながら、僕とひよりさんはくすくすと笑い合い、それからも楽しい時間を過ごすのであった。
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