第24話 最悪な一日は最後まで最悪(仁秀視点)

「あ~、クッソ。マジで最悪だ……!」


 本当に今日は最悪の一日だった。何もかもが上手くいかないし、頭にくることばかりだ。


 朝、ひよりに飯の誘いを断られたところからケチが付いた。

 途中で尾上の奴が口を挟まなければ、きっとひよりも誘いを断らなかったはずなんだ。


 あいつが空気を読まずに俺たちの話し合いに入ってきたせいでこうなったんだと思いながら、俺は忌々しい尾上を呪う。

 本当に……あいつのせいで、今日という一日が最低最悪なものになっちまった。


 今日はひよりと一緒に遊びに行くはずだったから、当然部活もサボるつもりだった。

 だけど、尾上の邪魔が入ったせいでひよりとの約束が取り付けられなくて、仕方がないから部活に出て、二奈やバスケ部の連中を飯に誘おうと思ったんだ。


 でも俺は朝からずっとイライラしてて、練習に出るつもりもなかったから気持ちの切り替えが全くできてなくって……練習中も精彩を欠いた動きばかりしてしまった。

 おかげで顧問の田沼に散々キレられて、そのせいでイライラがもっと増して、また変なプレーをしちまって……と、負のループに突入した俺は、マジで最悪な姿をみんなの前で見せ続ける羽目になった。


 俺に注目してる女バスの子たちも田沼に叱られる俺を見ていたし、マネージャーである二奈も俺の情けない姿を見て、呆れていたみたいだ。

 近々、新入部員たちが自分たちの力をアピールするチャンスである練習試合が組まれているのに、こんなんじゃベンチにも入れないじゃないか。


 ここで格好いい姿を見せて、レギュラーどころかスタメンの座も二奈のハートも新しい女の子のファンもゲットしようとしていたのに、その計画が台無しだ。


 しかも、話はここで終わらない。そんなふうに怒られ続けながらもどうにか部活を終えた俺は、二奈やバスケ部の仲間を誘って飯に行こうとしたんだけど、誰も乗ってくれなかった。


 部活の連中からは「今のお前と飯食いに行ったらぐだぐだ愚痴を聞かされるのは目に見えてる。そんなの、絶対楽しくないし飯がマズくなる」と言われたし、二奈も「今日は都合が悪い」って言ってさっさと帰ってしまった。

 本当に薄情な連中だ。未来のエースが調子悪そうにしてるんだから、恋人や友人としてケアくらいするべきだろ。

 

 それでまあ、仕方がないから一人で飯を食おうかとも思ったんだけど、練習の疲れと叱られまくったことでストレスが溜まってたせいか、行こうと思っていたラーメンを食べる気力が湧かなかった。

 他に何を食べるかの候補も思いつかなくって、仕方がないからコンビニで弁当を買って帰ってきたんだけど、レンジで温める時に中のソースとかからしを取るのを忘れてたせいで大爆発を起こして、クソマズく仕上がったコンビニ弁当を貪っている真っ最中ってわけだ。


「あ~……マジで最悪だ。それもこれも全部尾上のせいだろ……!」


 からしが飛び散った白飯を食いながら、全ての元凶である尾上への恨み言を呟く。

 俺が今、最悪な気持ちでクソマズい弁当を食べているのも、全部あいつのせいだ。


 というより、ひよりもひよりだっつーの。いい加減子供じみたヒステリーはやめて、素直になれってんだ。

 尾上と名前で呼び合ったりするのも、俺へのあてつけにしてはやり過ぎだろ。本当、やることがガキ過ぎる。


「ああっ、クソマズいっ! もういいや、こんなもん!」


 ひよりと尾上への怒りと弁当のマズさにイライラの限界を迎えた俺は、半分くらい残っている弁当をゴミ箱へとダンクした。

 それでも全くすっきりできなくて、むしろ苛立ちが強まってくることを感じていた俺の耳に、外からの話し声が聞こえてくる。


「え……? 今の声、ひよりか……?」


 俺とひよりの家は隣同士。距離が近いから、外にいるあいつの声が聞こえてくることもある。

 これまで何度も聞いてきたあいつの声が外から聞こえてきたことに驚いた俺は、思わず時計を見て、時間を確認してから呟いた。


「なんであいつ、こんな時間に外にいるんだ? もうとっくに帰ってるはずなのに……?」


 ひよりは帰宅部だから、俺みたいに部活動で帰る時間が遅くなることはない。普段なら、もうとっくに家にいる時間のはずだ。

 そのひよりが、こんな時間に外にいる。何かを話しているような声が聞こえたような気がした俺は、ハッとすると共に指を鳴らしながら立ち上がった。


「そうか! ひよりの奴、俺に料理を作ってきたんだな!」


 ひよりがこんな時間に外に出る理由なんて、一つしかない。俺を訪ねるために家を出たんだろう。

 聞こえてきた声はきっと、家を出る時にひよりのお母さんに何か言った時の声だ。


 やっぱりあいつもなんだかんだで俺と仲直りしたかったんだろう。そのためにわざわざ手料理を作って、晩飯に困っている俺に渡しに来た。

 本当に素直じゃないが、まあそういう回りくどいところもかわいいし、彼氏として許してやる度量を見せないとな!


(ったく、やっぱり尾上の前だから素直になれなかったんだな。あいつさえいなければ、ここまで苛立つこともなかったのに……!)


 尾上が口を挟まなければ、あの場でひよりと約束をして、カラオケで遊んだ後でラーメンを食べて、仲直りをして、普段通りの日常が戻ってきていた。

 あいつのせいで面倒なことになったし、苛立つ羽目にもなったが……まあ、ひよりの手料理が食べられるのだから良しとしよう。


 マズいコンビニ弁当のせいで全く腹が膨れていなかった俺は、ベストタイミングで空腹を満たしてくれる手料理をひよりが持ってきてくれることを期待していたのだが……何故か数分経っても、家のチャイムが鳴ることも、ひよりが訪ねてくることもなかった。


「おかしいな……? 俺の聞き間違いか……?」


 ひよりの家から俺の家までは、十秒もかからずに来ることができる。

 さっき声が聞こえてから二、三分は経っているし、十分過ぎる時間が経っているはずだ。


 俺が聞いたと思った声は空腹が作り出した幻聴だったのか? あるいは、やっぱり素直になれなくて玄関前でひよりがもたついているのか?

 よくわからなくなった俺は、様子を窺うために二階に上がると、こっそりと窓から外の景色を確認する。


 ここからなら家の前の通りの様子がよく見えるはずだと、そう思いながら外を確認した俺は、信じられないものを目にして愕然とした。


「ひ、ひより……? なんで尾上と一緒に……!?」


 窓の外から見えたのは、家の前で尾上と話すひよりの後ろ姿だった。

 さっき聞こえてきたのは間違いなくひよりの声であったと理解した俺であったが、同時にどうして尾上がひよりの家の前にいるのかという疑問が浮かんでくる。


 まさか……今までひよりは、あいつと一緒に居たのか? こんな時間まで、あいつと過ごしていたのか?

 もしそうだとしたら、クラスの奴らと集団で遊びに行った帰りといった感じだろうか? まさかとは思うが、二人きりで今まで過ごしていたわけじゃないよな?

 ひよりは今、尾上と何を話している? どんな顔で話をしているんだ? 後ろ姿しか見えないから、ひよりの様子が全然わからない!


「どんだけ話をしてるんだよ? さっさと帰れよ……!」


 もう数分、ひよりは尾上と話し込んでいる。俺の勘違いならいいが、声の聞こえたタイミングから考えてもそれは間違いない。

 まさかとは思うが、尾上の奴、このままひよりの家に上がるんじゃないだろうな? あの非モテ、調子に乗ってんじゃねえよ!


「あっ……!」


 そんなことを考えている間に、気が付けば尾上はひよりとの話を終え、あいつの家から去っていった。

 ひよりは大きく手を振って時折振り返る尾上のことを見送っていて、その様子を見ていた俺は尾上がひよりの家に乗り込まなかったことに安心すると共にその場に崩れ落ちてしまう。


「最悪だ。最悪だ。最悪だ……!!」


 マジで意味がわからない。気が付いたらひよりは尾上と名前で呼び合うようになっていて、こんな時間まで一緒に過ごして、家まで連れてきた上に長々と談笑するような関係になっているだと?

 これも俺への当てつけなのか? 俺にあいつと仲良くしている姿を見せつけて嫉妬させようっていう、ひよりの計画なのか?


 ぶるぶると震えながらもう一度外を見た俺は、もうそこにひよりの姿も尾上の姿もないことに気付き、再び崩れ落ちる。

 あれは現実の出来事だったのだろうか? もしかしたら、腹が減った俺がストレスのせいで見た、幻だったのかもしれない。


「そうだ、そうに決まってる……! あんなのが現実であるもんか。全部、ただの幻覚だ……!!」


 たった一週間くらいでひよりと尾上がそんな関係になっているはずがない。あれは全部、俺の見間違いだ。

 ひよりはもうとっくに家の中にいて、まだぷりぷり俺に対して怒ってるんだろう。でも、もう少しすれば大丈夫。あいつも機嫌を直すはず。


 そう自分に言い聞かせながら、これが現実だと思いながら……それでも、俺は不安を抱え続けている。

 最低最悪以下のこの気分はそう簡単に拭い切れないことを本能的に感じ取っていた俺は、立ち上がる気力すら湧かずにしばらくそのまま床にへたり込み続けるのであった。


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