第2話 七瀬さんから話を聞いてみよう

「……そっか、聞かれちゃってたんだ。恥ずかしいな……」


「ごめん。良くないことだってわかってたんだけど、つい……」


「いいよ。人が集まる場所であんな話をしてたあたしたちが悪いんだからさ。でも……悪いと思うのなら、少しだけ話を聞いてもらってもいい?」


「……僕で良ければ、好きなだけ付き合うよ」


 日が沈み、暗くなり始めた公園のベンチに座りながら、僕が差し出したハンバーガーをヤケになって食べていた七瀬さんが弱々しい笑みを浮かべながら言う。

 くしゃり、と包み紙を握り締めながらの彼女の言葉に、罪滅ぼしの意味も含めて僕が付き合うことを告げれば、七瀬さんは少しだけ嬉しそうにしながら、話をし始めた。


「……仁秀あいつとはさ、幼馴染だったんだ。幼稚園から今の今までずっと一緒で、ぼんやりと好きになって……それで、中三の夏にあたしから告白して、付き合い始めたんだよね」


「中三の夏っていうと、部活を引退した頃だね」


「そう。バスケ部だったあいつが地区大会で尾上くんの学校に負けて、引退が決まったその日に告ったの」


 ニヤリ、と笑った七瀬さんが僕を見やりながら言う。

 正直、彼女が僕が中学時代にバスケ部に所属していたことを知っていたことに驚いたが、僕も試合で対戦した江間や彼の応援に来ていた七瀬さんのことを覚えていたから、そんなものかなとも思った。


「あいつ、チームのエースだったからさ、負けたことに責任感じて、わんわん泣いてたんだ。それを見て、支えてあげなくちゃって思った。ずっと一緒に居て、恋心みたいなものもあったからさ。でも、あいつは――」


 自分の告白を受け入れ、恋人という関係になっておきながら……他の女子とも付き合っていた。

 その夏から一年近く自分を騙し続けた江間に対して、七瀬さんは怒りを通り越して絶望しているようだ。


 幼馴染として長い時を過ごし、自分から告白して恋人になった男がそんなクズだったと知ってしまったら、ショックを受けて当然だろう。

 僕が思っている以上に苦しんでいる七瀬さんになんと声をかけるべきかわからずにいる間に、彼女は話を続けていく。


「……ちょっと前からおかしいとは思ってたんだよね。なんかよそよそしくなったのにボディタッチが増えてきたからさ。それでこの前、用事があるって一人で帰ったあいつの後をつけてみたら……同じクラスの柴村とイチャイチャしてんの。バレたら恥ずかしいからってあたしとは手もつながなかったくせに、柴村が腕に抱きついても何にも言わないでデレデレしちゃって……!」


「それで今日、江間を呼び出して問い詰めたんだね」


「……うん。で、あの様。開き直られた上に馬鹿みたいなこと言われてさ……なんだよ、顔と胸はあたしの方がいいって。それしか頭にないのかっつー話だよね? 付き合った頃からあいつは、それしか考えてなかったのかな……?」


「……ひどい話だね。聞いてただけの僕も、江間を許せなかった」


 恥を承知で、もっと早くに話に割って入るべきだった。そうすれば、七瀬さんがここまで傷付くこともなかっただろう。

 江間も許せないが、彼を許せないと思いながらもあと一歩が踏み出せないでいた自分自身にも同じくらいの怒りを抱いている僕が、やるせなさに拳を握り締める中、七瀬さんが呟く。


「……許してあげれば良かったのかな?」


「えっ……!?」


「まだ早いって思ってたし、もっと大人になってからそういうことをするべきだって思ってた。でもさ……少しくらい許してあげてれば、こんな惨めな思いをせずに済んだのかなって、そう思うんだ。あいつの言う通り、あたしってば顔と体はいいんだしさ。これを餌にすれば、仁秀も――」


「そんなこと言っちゃダメだ。いや、思うのもダメだよ」


 体を許していれば、こんなことにはならなかったのか? そんな七瀬さんの言葉を、僕ははっきりと否定する。

 驚いてこちらを見る七瀬さんの目を見つめながら、僕は自分の想いを彼女へとぶつけていった。


「七瀬さんの言うことは間違ってない。そういうことは、軽々しくするものじゃないはずだよ。それに、体で繋ぎ止める関係だなんて、恋人でも何でもないじゃないか」


「……そっか、そうだよね。そんなことして好きになってもらっても、それは本当の恋人とは言えないよね。尾上くんの言う通りだ」


「そうだよ! むしろ、ラッキーだって思おうよ! 今はそうは思えないかもしれないけど、高校に入学してすぐに江間の本性がわかったおかげであいつに無駄に時間を取られずに済んだんだからさ!」


「あはは! 確かにその通りだ! 逆にあいつの言いなりになって好き勝手やらせてたら、一生後悔するところだったもんね! それに……こうして凹まされたおかげで、ハンバーガーも奢ってもらえたしさ!」


 ニヤッと笑った七瀬さんがベンチから立ち上がると共に、近くのゴミ箱へと丸めたハンバーガーの包み紙を放り投げる。

 綺麗な放物線を描いてシュートが決まったことに「よしっ!」とガッツポーズをして喜んだ彼女は、僕へと向き直ると口を開いた。


「ありがとね、尾上くん。あなたのおかげで、ちょっと吹っ切れたよ! ハンバーガーのお金、返さないとだね!」


「いいよ、僕が好きでそうしたんだしさ。七瀬さんが元気になってくれたなら、それでいい」


「……ありがとう。すっごい凹んだし恥ずかしかったけど、尾上くんがいてくれて良かった。そうじゃなかったらあたし、どうなってたかわからないよ」


 恥ずかしそうにはにかみながら、七瀬さんが僕へとお礼を言う。

 僕なんかの言葉で少しでも元気が出たならば良かったと、彼女の様子を見て僕は胸を撫で下ろした。


「そろそろ帰らなきゃ。これ以上、暗くなったら大変だもん」


「じゃあ、送っていくよ。まだちょっと、心配だしさ」


「おおっ、優しいね~! それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな!」


 そうして、僕は七瀬さんを家の近くまで送っていった。

 去り際に「また明日、学校で」と手を振ってくれた彼女は吹っ切れた笑顔を浮かべていて……それを見て、ようやく本当に安心できた僕も、笑顔で帰路に就くのであった。

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