ちっちゃくてデカくて可愛いのに二股されてた七瀬さんを勘違い元カレから奪って幸せにする

烏丸英

浮気された七瀬さんと現場を見てしまった僕

第1話 クラスメイトの修羅場に遭遇してしまった

「どういうこと? 詳しく説明してよ!」


 ――僕、尾上雄介おがみ ゆうすけがそんな声を聞いたのは、短期バイト終わりにハンバーガーショップで持ち帰り用の商品を待っていた時だった。

 張り詰めた緊張感と怒りを同居させたその声に思わず振り向いた僕は、視線の先にいた人物を目にしてハッと息を飲む。


 店の一角にあるテーブル席にいたのは、この春から通っている高校のクラスメイトである七瀬ななせひよりさんだ。

 身長150㎝にも満たない小柄さとかわいらしい顔立ち、そこに子供っぽさを感じさせる明るい雰囲気とそれらに反したプロポーションを誇る彼女は、一部の男子たちの間で人気を博している。


 しかし今、七瀬さんはショートボブに切り揃えられた黒い髪を乱しながら、険しい表情を浮かべながら、高校の同級生である江間仁秀こうま よしひでと向かい合って座り、剣呑な雰囲気で何かを話していた。


 趣味が悪いとは思いつつもあの二人が何を話しているか気になってしまった僕がこっそりと聞き耳を立てて会話を盗み聞きし始める中、七瀬さんは震える声で江間を問い詰めていく。


「他の女と付き合ってるってどういうこと? 浮気してたって、そういうこと!?」


「まあ、うん……そんな感じ」


 うわぁ、とつい小さな声が口から漏れてしまった。

 どうやらあの二人は付き合っていたようだ。そんな中、江間の浮気がバレて修羅場に突入した、ということだろう。


 まだ高校に入学して間もないとはいえ、そんな雰囲気なんてこれっぽっちも感じさせなかったのにな……と、二人が周囲に上手くごまかして付き合っていたことに驚く中、トーンダウンした七瀬さんが江間に質問を投げかける。


「……柴村さんとはいつから付き合ってるの?」


「去年の夏くらいから、かな……」


「去年の夏って……! あたしと付き合い始めたのと同じ時期じゃん!? どういうこと? あっちはあたしと付き合ってること、知ってるの!?」


「えっと、うん。ひよりと付き合ってることは伝えてたんだけど、二番目でもいいからって何度も告白されて、それで――」


「二股かけてたんだ? 半年以上、あたしを騙し続けてたんだね?」


 七瀬さんの声の震えの種類が変わった。

 さっきまでは怒りによる息切れで声を震わせていたが……今はショックのあまり、茫然自失としている感じだ。


 そりゃあショックだろう。恋人が、一年近く自分のことを騙し続けていたんだから。

 出来心でちょっと浮気したとかではなく、完全に確信犯として彼女を裏切り続けていた江間に対して、無関係な僕ですら怒りを覚える中、七瀬さんがぼそりと呟く。


「……仁秀がモテるってことはわかってた。高校に入ってからも色んな女の子からアタックされてたし、他に好きな人ができたってだけなら受け入れられたよ。だけど、こんなの酷過ぎるよ……!!」


「で、でも俺、ひよりのこと嫌いになったわけじゃないっていうか、柴村さんとどっちが上って決められてるわけじゃないっていうか、なんていうか、その……」


「……なに? バレたけどこれからも二股を受け入れて、このままの関係を続けてくれって言いたいの?」


 七瀬さんの声に怒りの感情が戻る。彼女の言う通りで、二股がバレたというのに恋人関係を壊さないでほしいだなんて虫のいい話が通用するわけがない。

 既に商品を受け取っていたが、どうしても二人の話が気になってしまった僕が店の中で息をひそめる中……江間が信じられないことを言い始めた。


「その、あのさ……実はなんだけど、俺、柴村さんにその……もらったんだよね」


「……は?」


「受験が終わって、春から同じ高校に通えることになったお祝いってことで呼び出されてさ。それで――高校生になったら、もっとすごいことさせてあげるって言われたんだ。ひよりだって、柴村さんに負けたくないだろ?」


「………」


 何を言っているんだと、本気で思った。遠巻きに見ているだけでも、七瀬さんの心が急激に死んでいくことがわかる。

 恋人に二股されて、騙され続けて、しかも浮気相手とそういうことをしたという報告を受ける彼女は今、深く傷ついているだろう。


 だけど、だからといってここで僕が話に割って入ったらそれはそれで面倒なことになるんじゃないかと、もう話を聞きたくないであろう七瀬さんを助けに入るべきかどうか僕が迷っている間に、江間は彼女の心にトドメを刺し始めた。


「そ、そこまでショックを受けるってことは、ひよりもまだ俺のこと好きなんだろ? だったらさ……胸くらい、揉ませてくれよ」


「……はぁ?」


「柴村さんとのあれはその場の空気に流されてつい、って感じでさ。でも、俺は本当はひよりの方が好きなんだよ! ひよりもかわいいと思うし、胸も大きいしさ! だからその、ちょっとエロいことをさせてくれよ! 俺に捨てられたくなんかないだろ!? なあ!?」


 ――人って、本気で怒ると冷静になれるんだなと、僕は己の身を以て理解した。

 同時に、今、あそこで最低なことを言っている男に、自分がどれだけ酷いことをしているかを理解させなければと、心の底から思う。


 本当に最低の開き直りだ。その上で、暗に顔と体にしか興味がないという旨の発言をするだなんて、腐っているとしか言いようがない。

 それが浮気した男が、傷付いている彼女に向けての言葉かと……そう、僕が二人の下に向かって言おうとした時だった。


「なあ、頼むって! 本当に一回だけでいいからさ――ぶべっ!?」


 ばしゃっ、とテーブルの上に乗っていたカップの蓋を外した七瀬さんが、その中身を江間へと浴びせかける。

 紫色のジュースと氷を浴びて、着ているシャツをびしゃびしゃにしながら同じ色に染めた江間が目を丸くする中、顔を上げた七瀬さんが絞り出すような声で言った。


「最低……っ!!」


「あっ……!?」


 ぽろぽろと静かに涙をこぼしながら、それでもギリギリのところで決壊しないように必死に自分を抑えている七瀬さんには、それが限界だったのだろう。

 数々の想いを、無念を、怒りと悲しみ、そして絶望をにじませた一言を呟いた彼女は、そのまま一目散に店を飛び出していってしまう。


「ひ、ひより……!」


 江間は彼女に手を伸ばしていたが、追いかけるつもりはないようだ。

 というより、周囲から何事かと目を向けられて、恥ずかしくなって動けなくなっているように見える。


 彼が七瀬さんを追おうがそうでなかろうが、僕のやることに変わりはない。今の彼女を放っておくことなど、できるはずがなかった。

 飛び出していった彼女を追いかけ、必死にその小さな姿を探した僕は、近くの公園の入り口で蹲っている彼女を見つけ、叫んだ。


「七瀬さんっ!!」


「えっ? あ、尾上、くん……?」


 ただでさえ小さな体をさらに小さくして、蹲りながらすすり泣いていた七瀬さんが驚きに顔を上げながら僕を見やる。

 居ても立っても居られずに追いかけてきてしまったが、この後どうするのかを考えずにいた僕は目を赤くした七瀬さんの姿を見て、視線を逸らしながら呻いた後――


「あ、あ~……ハンバーガー、食べる?」


 ――そんな、情けない話の切り出し方をしたのであった。


―――――――――――――――

既に一章は書き終わっているので、毎日複数話投稿します。

本日は三話投稿まで投稿予定です。よろしければお気に入り登録して、読んでやってください。

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