転生草野球
南篠豊
第1話
春日井藍は異世界の魔王の生まれ変わりである。
俺がそれを思い出したのは七歳の誕生日、その朝だった。
「まひる。じつは、おれのぜんせはいせかいの魔王なんだ」
「ふうん? ねえアオちゃん、そんなことよりキャッチボールしよ?」
戸建て同士のおとなりさんの幼馴染、秋本真昼は俺の一世一代の告白を『そんなこと』と聞き流し、野球好きの父親に買い与えられたグローブと軟式ボールを両手に生えかけの前歯を見せて笑った。
深刻さが伝わらなかったな、まあ七歳だしなと、俺は一年後に告白をやりなおした。
八歳の真昼は一年かけて魔王の概念に多少通じたのか、「まおーかあ」と子供用のバットでとんとんと肩をたたいて言った。
「まおーかあ。まおーって球ははやかった? 160キロ出た?」
「え……わかんない。測ったことないし」
「なんでー? つまんなーい」
やっぱり伝わってねえな、と「いいから次投げてよアオちゃん。内角低めね!」なんて真昼に催促されてバッティングピッチャーよろしく球を投じながら思った俺は、今度はもう二年後に告白をやりなおした。
小学四年生になり、真昼は女子ながら少年野球団に入って一年が過ぎていた。男子どもに負けてなるものかと、練習が終わり夕飯を食べてから隣り合った庭で素振りをする真昼に三度目の告白をすると「久しぶりだなあそれ」とぼやきながら手を止めた。
「聞いてくれ。本当なんだ。とても信じられないかもしれないけど……」
「? なんで? 信じてるよ?」
真昼はきょとんとして、俺も一緒にきょとんとしてしまう。
「だってアオちゃん、昔から頭いいし。魔王? かはわかんなかったけど、人生二回目って思えば納得の要領の良さだし。トレーニング方法とかフォームのこととか栄養のこととか、いつもカントク達以上のアドバイスくれるじゃん」
「それはまあ、その気になれば調べる方法はいくらでもあるし……」
インターネット万歳だ。精査と取捨選択こそ必要になるが、専門家や元プロ選手などからの生きた情報を動画で得られるのはスポーツにおいて大きなアドバンテージ、というか利用しない方が損になる。
「だとしてもできないよ普通。すくなくともわたしはムリ。だからいつもアオちゃん頼み。えっへん」
「えばるなえばるな」
ティーシャツ姿でふくらみかけの胸をそらして言ってから、地面に立てたバットのグリップエンドに顎を置いてちょっと考え込む真昼。
「悪かったの? 異世界魔王ことアオちゃんの前世」
「そうだな。かなり悪かった」
「魔王って呼ばれてただけで実は世界のために超いいことしてた超いい人でしたー的なアレじゃなく?」
「全然。バリバリ俺様でめちゃくちゃ殺しまくる超悪い奴だった」
大真面目に答えると、真昼は「オレ様アオちゃん! 似合わな!」とケラケラ笑いながら素振りを再開した。マンションの内庭に風切り音が響く。
「なんかさあ、知らない本の話を聞いてる感じだよ、やっぱり」
「知らない本」
「うん。読んだこともないし読めもしないおはなしの、あらすじと感想だけ聞いてる、みたいな。だから別にいいんじゃない? って感じ。前が悪かろうが、今アオちゃんはアオちゃんだし。悪くないじゃん全然。……あ、でもノックでいつもキツイコースに打ち込んでくるところは悪い。超悪い」
「真昼、顎が上がってきてる。疲れてるなら休むのも練習のうちだよ」
「ほらそういうところも! めっちゃ悪い! 反省して!」
ぷんすかする真昼に俺はひそかに感心した。野球バカのくせに、真昼はこうやってたまに的を射たことを言う。
春日井藍の前世なんて所詮は違う世界、遠い過去の物語。信じなければイタイ妄想、信じたところで『だから何? そんなことより野球しようよ』で終わらせてしまえる物事にすぎないと。
万が一、そこにそれ以上の意味を見出せるヤツがいるとすれば、それは俺の前世を体験として知る者──つまり俺と同じ転生者に他ならない。
「ん? アオちゃん、何笑ってんの?」
「いやべつに。それより真昼、もう遅いしそろそろ切り上げよう。ストレッチを忘れないように」
「えーめんど……うう、じゃあアオちゃん手伝ってよー」
「はいはい」
ありえない話だ。仮に似たような境遇の者がいたとして、同じ時代に転生し、さらにそれと遭遇する可能性などゼロに等しい──
◎
──ずっと、そう思っていたのに。
「…………え、マジ?」
高校一年生の春。入学初日。
何百人という新入生が行きかう通学路、そのゴールとも呼べる校門前で、針の穴を射抜くような瞬間の重なりにそいつと視線がぶつかった瞬間に確信した。
ぽかんとした顔でつぶやいたその女──夏目勇那が、かつて俺を殺した勇者の生まれ変わりだと。
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